弁護士法人M&A総合法律事務所
HOME / 判例 / 元代表取締役の海外投資・貸付けの経営判断と任務懈怠責任―東京地方裁判所令和5年9月19日判決

元代表取締役の海外投資・貸付けの経営判断と任務懈怠責任―東京地方裁判所令和5年9月19日判決

公開 2023年9月19日

▶ 取締役の善管注意義務違反に関する御相談

海外投資を主な事業とする会社が、全株式を譲り受けた新しい株主の下で、元代表取締役の在任中の7つの投資・貸付けの案件について、取締役の善管注意義務・忠実義務に違反したとして損害賠償を求め、あわせて、案件を紹介した顧問のコンサルタントにも共同不法行為による連帯責任を求めた場面の判例です。東京地方裁判所令和5年9月19日判決は、海外投資には一定のリスクが伴うことを前提に、損失が生じたことだけでは経営判断が著しく不合理であったとはいえないとして、7案件のうち5案件について元代表取締役の責任を否定しました。

他方で、会社の資金を使いながら元代表取締役の個人名義で海外の建物の区画を購入し、会社のための権利保全の措置を講じなかった投資と、破産した会社の元代表者個人に対し、弁済期を定めず、回収の具体的なめどのないまま行った貸付けの2案件については、判断が著しく不合理であったとして任務懈怠を認め、元代表取締役に5,442万1,225円の支払を命じました。顧問のコンサルタントについては、投資等を指示したと認めるに足りる証拠がないとして、請求を棄却しています。

本記事では、取締役の経営判断がどのような場合に「著しく不合理」とされたのか、その分かれ目となった事情を、案件ごとに整理します。役員の責任を追及する会社の側にとっても、善管注意義務違反を主張される取締役の側にとっても、判断の枠組みを具体的に確認できる裁判例です。

Contents
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要
    1. 顧問のコンサルタントの構想の下で設立された資産運用会社
    2. 顧問のコンサルタントによるコンサルティングと案件の紹介
    3. 経営者の交代と、元代表取締役・顧問のコンサルタントへの提訴
  4. 事案の経緯
  5. 問題とされた7つの案件
  6. 当事者の請求と主要な主張
    1. 資産運用会社KRNの請求
    2. 主な主張の対立
  7. 結論を左右した争点
  8. 裁判所の判断の枠組み
    1. 損失が生じたことだけでは、経営判断の著しい不合理は推認されない
  9. 案件ごとの判断(争点1)
    1. 案件3(マレーシアのコンドミニアムの金銭信託)―任務懈怠を否定
    2. 案件4(称号の取得費用の負担)―任務懈怠を否定
    3. 案件5(元代表取締役の個人名義での区画の購入)―任務懈怠を肯定
    4. 案件6(ミャンマーの自動車輸入販売業者への投資の信託)―損害を否定
    5. 案件7及び8(ミャンマーの不動産事業の信託)―任務懈怠を否定
    6. 案件12(破産会社の元代表者への貸付け)―任務懈怠を肯定
    7. 争点1の小括
  10. 顧問のコンサルタントの責任の判断(争点2)
    1. 元代表取締役の責任が否定された案件は、共同不法行為の前提を欠く
    2. 案件5―投資の指示も、売り付けも認められない
    3. 案件12―貸付けの決定に関与していても、それだけでは責任を負わない
  11. 主文及び結論
  12. 判断の射程
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
    3. 役員の責任をめぐる紛争に備えて会社・取締役が確認しておきたいこと
  13. よくあるご質問
    1. 投資で会社に大きな損失が出た場合、取締役は必ず損害賠償責任を負いますか。
    2. 会社の資金で取締役個人の名義の資産を取得した場合、どのような問題がありますか。
    3. 回収の見込みが低い相手への貸付けは、取締役の責任になりますか。
    4. 取締役に投資案件を紹介した顧問やコンサルタントにも、責任を追及できますか。
    5. 株式を譲り受けて経営者が交代した後、会社は前の経営者の責任を追及できますか。
  14. 関連する記事と御相談のご案内

裁判例の基本情報

裁判所 東京地方裁判所民事第8部
裁判日 令和5年9月19日
事件番号 平成29年(ワ)第17154号
事件の種類 損害賠償請求事件
裁判の形式 判決
審級 第一審
結論 元代表取締役に対する請求を一部認容(5,442万1,225円及び遅延損害金の支払を命じ、その余を棄却)。顧問のコンサルタントに対する請求は棄却。主文第1項について仮執行宣言あり
上訴の状況 控訴の有無及び確定は確認できていません

この表は、判決本文の冒頭及び主文の記載に基づいて当事務所が作成したものです。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いた「原告」「被告」及び英字の符号も、そのままでは使わず、次の表記に置き換えています。判決本文を引用する部分でも同じ表記に置き換え、その旨を示しています。

本記事の表記 立場
資産運用会社KRN 原告。投資家等から資金を集めて海外での事業やファンドに投資する業務を主に行っていた株式会社
元代表取締役MTS氏 被告。資産運用会社KRNの設立時から平成28年6月30日まで取締役兼代表取締役を務め、その間、唯一の株主でもありました
顧問のコンサルタントHGW氏 被告。資産運用会社KRNで「顧問」と位置付けられ、自らが経営する会社を通じてコンサルティングを提供し、投資案件を紹介していました
現代表取締役SKT氏 平成28年6月30日に元代表取締役MTS氏から全株式を譲り受け、同日、代表取締役に就任した人物
コンサルティング会社GDK 顧問のコンサルタントHGW氏が業務執行社員兼代表社員を務めた合同会社。資産運用会社KRNからコンサルティング料を受け取っていました
海外法人PLX 資産運用会社KRNがコンサルティング料を支払った先の一つである海外の法人
ファンド販売会社WNF 海外ファンドの仲介・販売等を目的とする会社。平成24年に破産手続開始決定を受けました
WNFの元代表取締役KWS氏 ファンド販売会社WNFの唯一の取締役兼代表取締役。案件12の借主で、後に自らも破産しました
関係会社RFG 資産運用に関するコンサルティング等を目的とする会社。顧問のコンサルタントHGW氏が設立時に取締役兼代表取締役に就任し、同年に辞任しています。案件12で資産運用会社KRNとともにKWS氏に同額を貸し付けました
関係会社TQA 資産運用に関するコンサルティング等を目的とする会社。案件12で資産運用会社KRNとともにKWS氏に同額を貸し付けました
不動産開発会社MDV 案件5で、ホテル部分と住居部分からなる建物を建設していたマレーシアの会社
ホテル運営会社HOP 案件5で、購入した区画を5年間賃借する契約の相手方となったマレーシアの会社
自動車輸入販売業者WTN氏 案件6で、信託金の投資先とされたミャンマーの自動車輸入販売業者
不動産事業会社MKB 案件7及び8で、資産運用会社KRNが信託した金銭でミャンマーの土地の購入と建物の建設を行う受託者となった会社

案件の番号(案件3から案件8まで、案件12)は、判決が別紙の番号に従って付けた呼び方に合わせています。別紙そのものは判決本文に掲載されていません。

事案の概要

顧問のコンサルタントの構想の下で設立された資産運用会社

判決の認定によれば、顧問のコンサルタントHGW氏は、平成20年頃に勤めていた投資会社で元代表取締役MTS氏と知り合いました。HGW氏は、平成22年頃、複数の会社を設立して自らが選んだ人物にその経営を委ねるという構想を立て、MTS氏に資産運用会社KRNの設立を持ち掛けました。MTS氏はこれを受け入れ、HGW氏から提供された500万円を出資金とし、HGW氏が知り合いの行政書士に作らせた定款の案を了承して、平成22年6月29日に資産運用会社KRNを設立しました。この出資金500万円は、入金の直後に払い戻され、そのままHGW氏に返還されています。

資産運用会社KRNの株式は、設立時の500株と、その後の平成26年6月20日の500株、同年12月11日の4,000株のいずれもMTS氏が引き受け、MTS氏は資産運用会社KRNの一人株主でした。設立時には取締役会は置かれておらず、MTS氏が唯一の取締役(代表取締役)でした。平成27年9月1日に、現代表取締役SKT氏を含む7名が取締役に加わっています。

顧問のコンサルタントによるコンサルティングと案件の紹介

資産運用会社KRNは、顧問のコンサルタントHGW氏の経営する会社とコンサルティング契約(以下「本件コンサルティング契約」といいます。)を締結しました。本件コンサルティング契約では、投資家等から資産運用会社KRNに投資として入金された金額の6%をコンサルティング料として支払うこととされ、資産運用会社KRNは、コンサルティング会社GDKに1,704万円、海外法人PLXに723万円などを支払いました。

HGW氏は、資産運用会社KRNに対し、投資家から預かった資金の60%以上をファンド等の運用に用いること、人件費及び社会保険料の総額を20%以下にすること、新規事業の立上げ等の重要事項を事前に報告して了承を得ることなどを求め、MTS氏は、毎月、月次目標金額とその達成率を報告し、月次試算表を提出していました。HGW氏は、自らが設立等に関与した複数の関係会社に同じ案件を紹介し、複数の関係会社が一つの案件に資金を出し合って投資することもありました。

平成25年5月末時点の月次試算表には、投資家等からの預り金が4億7,000万円、投資等の運用に充てている金額が2億0,469万3,734円と記載され、その中には本件で問題とされた案件のほか、HGW氏が紹介したものでない案件も多数含まれていました。

経営者の交代と、元代表取締役・顧問のコンサルタントへの提訴

元代表取締役MTS氏は、平成27年12月、HGW氏との関係を解消しようと考え、本件コンサルティング契約の打切りと共同出資している案件の整理を申し入れました。そして、平成28年6月30日、資産運用会社KRNの全株式5,000株を現代表取締役SKT氏に5,000万円で譲渡し、取締役及び代表取締役を辞任しました。

その後、HGW氏は、自らが資産運用会社KRNの株主であると主張して訴訟を起こしましたが、別件の訴訟で、東京地方裁判所は令和3年1月28日にHGW氏が株主であるとは認められないとして株主権確認の請求を棄却し、東京高等裁判所も同年12月9日に控訴を棄却しました。

資産運用会社KRNは、平成29年5月24日、MTS氏とHGW氏を被告として本件訴訟を提起しました。当初は16の案件について計4億4,192万0,337円の連帯支払を求めていましたが、9つの案件について請求を取り下げ、7案件についての3億0,204万5,473円に請求を減縮しています。

なお、判決によれば、MTS氏は当初は訴訟代理人を選任して応訴しましたが、代理人の辞任後は新たな代理人を選任せず、本人としても主張立証をせず、期日にも出頭しませんでした。HGW氏は、当初は自らが株主であるとして現代表取締役SKT氏の代表権を争い、訴えの却下を求めていましたが、別件訴訟の判決の確定後、その主張と答弁を撤回しています。

事案の経緯

時期 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による)
平成20年頃 顧問のコンサルタントHGW氏と元代表取締役MTS氏が、勤務先の投資会社で知り合う
平成21年1月30日 ファンド販売会社WNFの設立(KWS氏が唯一の取締役兼代表取締役。HGW氏は「顧問」として業務に関与)
平成22年6月29日 資産運用会社KRNの設立(HGW氏が提供した500万円を出資金とし、入金直後に払い戻してHGW氏に返還)
平成23年1月11日 コンサルティング会社GDKの設立(HGW氏が業務執行社員兼代表社員)
平成23年8月頃 HGW氏がファンド販売会社WNFを退社
平成24年7月13日 ファンド販売会社WNFが破産手続開始決定を受ける
平成24年9月27日 案件3の金銭信託契約(マレーシアのリゾート地のコンドミニアム)。同月28日から平成25年4月19日にかけて3,200万円を送金
平成24年11月18日 案件6の金銭信託契約(ミャンマーの自動車輸入販売業者への投資)。翌19日に500万円を送金
平成24年11月25日 案件4の海外事業開拓・コンサルティングサービス提供契約。翌26日から平成25年5月30日にかけて740万円を支払う
平成24年11月28日 HGW氏が、弁護士とともに、ファンド販売会社WNFの破産管財人に対し、HGW氏や資産運用会社KRN等が無関係であると説明
平成25年3月26日 資産運用会社KRN、関係会社RFG及び関係会社TQAの3社が、それぞれKWS氏と金銭消費貸借契約を締結(案件12)。同月頃から同年12月頃にかけて各2,509万6,667円を貸し付ける
平成25年5月 案件5の区画の購入をHGW氏の名義で申し込み、申込金と初回の分割金をHGW氏の名義で支払う
平成25年8月7日 案件5で、MTS氏の名義で区画の購入契約を締結(同時期に賃貸契約も締結)。同月から12月にかけてMTS氏の名義で分割金を支払う
平成25年9月27日 案件7の出資金として991万6,000円を支出
平成26年1月22日から同年7月29日まで 案件8の出資金として総額1億4,416万9,000円を支出
平成26年4月2日 KWS氏が自己破産の申立ての準備に入る
平成26年6月24日 案件7の出資金として500万円を支出
平成27年2月13日 KWS氏が破産手続開始決定を受ける
平成27年12月 MTS氏が、HGW氏に本件コンサルティング契約の打切りと共同出資案件の整理を申し入れる
平成28年2月9日 MTS氏が、弁護士を資産運用会社KRNの代理人として、HGW氏に案件の権利関係の確認等を求める通知書を送付
平成28年6月30日 MTS氏が全株式を現代表取締役SKT氏に5,000万円で譲渡し、取締役及び代表取締役を辞任。SKT氏が代表取締役に就任
平成28年9月13日 HGW氏が代理人を通じて、案件6の解約手続を進めていること等を回答
平成28年10月 HGW氏が資産運用会社KRNの株主権を主張して訴訟を提起(別件訴訟)
平成29年5月24日 資産運用会社KRNが本件訴訟を提起
令和3年1月28日 別件訴訟で、東京地方裁判所がHGW氏の株主権確認の請求を棄却する判決
令和3年12月9日 別件訴訟で、東京高等裁判所がHGW氏の控訴を棄却する判決
令和5年6月6日 資産運用会社KRNの訴訟代理人弁護士らが、MTS氏から事情を聴取したとする事情聴取書を作成
令和5年9月19日 東京地方裁判所が本判決を言い渡す

問題とされた7つの案件

判決が認定した各案件の内容と、資産運用会社KRNの支出額は次のとおりです。

案件 内容(判決の認定による) 支出額
案件3 HGW氏を受託者とする20年間の金銭信託。HGW氏が5社から信託された金銭でマレーシアのリゾート地に建設予定のコンドミニアム7室を購入し、5室を一括賃貸する 当初信託金3,200万円(このほか修繕積立金等)
案件4 HGW氏がマレーシアの州君主から授与される称号(Dato)を取得するための資金の一部を負担する。形式は、HGW氏がマレーシアでの事業開拓・調査・コンサルティングを提供する契約 740万円
案件5 MTS氏の名義で、不動産開発会社MDVが建設する建物の1区画を購入し、ホテル運営会社HOPに5年間賃貸して賃料を受け取る 3,174万3,462円(送金手数料を含む)
案件6 HGW氏を受託者とする1年間の金銭信託。ミャンマーの自動車輸入販売業者WTN氏に投資して運用する 当初信託金500万円
案件7 不動産事業会社MKBを受託者とする信託。ミャンマーでアパート2棟を建設する 991万6,000円及び500万円
案件8 同じ信託で、ミャンマーでホテルないしコンドミニアムを建設する 1億4,416万9,000円(送金手数料を含めて1億4,419万0,407円)
案件12 破産したファンド販売会社WNFの投資家(破産債権者)の救済策として、WNFの元代表取締役KWS氏個人に貸し付け、貸付金をWNFの破産財団に直接送金する 2,509万6,667円

案件12の金銭消費貸借契約では、使途をWNFの破産債権者への按分弁済のために破産財団に提供することに限定し、利息を年3%とし、弁済期を定めないこと等が合意されていました。

当事者の請求と主要な主張

資産運用会社KRNの請求

資産運用会社KRNは、元代表取締役MTS氏に対しては会社法第423条第1項に基づき、顧問のコンサルタントHGW氏に対しては民法第719条の共同不法行為に基づき、連帯して3億0,204万5,473円と遅延損害金の支払を求めました。遅延損害金は、訴状送達日の翌日(MTS氏は平成29年6月29日、HGW氏は同月9日)から、平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合によるものです。

資産運用会社KRNの主張では、7案件の支出額は合計3億0,546万6,367円であり、配当や元本の一部返金は合計342万0,894円にすぎないため、その差額が損害であるとされていました。

主な主張の対立

論点 資産運用会社KRNの主張 被告らの主張
元代表取締役MTS氏の任務懈怠 MTS氏はHGW氏の指示どおりに投資を行い、投資の安全性の検討と権利保全の措置を怠った。各案件は不確かで杜撰な事業計画で、回収の見通しの立たない劣悪な案件であり、HGW氏自身やその会社に資金を提供するにすぎないものもあった。案件5では会社の資金でMTS氏名義の権利を取得し、会社を無権利状態に置いた (MTS氏)HGW氏から案件の紹介を受けていたが、指示や制御を受けたことはなく、現地に足を運んで物件や周辺を確認するなど慎重に吟味し、紹介された投資先の7割以上を見送った。案件5等を自己名義にしたのは、事業の性質上、会社名義での登記等が著しく困難であったためで、自己の財産と主張したことはない
顧問のコンサルタントHGW氏の共同不法行為 HGW氏はMTS氏と結託し、案件を持ち込んで取組みを指示し、コンサルティング料を得たうえ、多くの案件で自ら又は自らの会社が投資の相手方となった。案件12は、HGW氏が民事・刑事の責任を追及されるのを避けるため、かつての部下を使って資金を調達したものである (HGW氏)コンサルティングの内容は新規投資案件の情報提供や助言であり、投資を指示・強制した事実はない。加害行為の具体的な態様も特定されていない。MTS氏が自らの判断で投資したのであり、相当因果関係もない

上の表は、判決本文に記載された当事者の主張を当事務所が要約したものであり、裁判所が認めた事実ではありません。

結論を左右した争点

判決は、争点を次の2つに整理しました。

  • 争点1:7案件についての元代表取締役MTS氏の任務懈怠の有無と、資産運用会社KRNの損害額
  • 争点2:7案件についての顧問のコンサルタントHGW氏の不法行為責任の有無

争点1で結論を分けたのは、第一に、資産運用会社KRNが支出に見合う権利(信託契約上の受益者の地位や元本の返還を受ける権利)を得ていたか、第二に、回収の見通しや権利保全の措置について、取締役として合理的な手当てがされていたか、という点でした。争点2では、HGW氏がMTS氏に投資等を指示したと認められるかが問題となりました。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

裁判所の判断の枠組み

損失が生じたことだけでは、経営判断の著しい不合理は推認されない

判決は、まず、資産運用会社KRNが海外での事業やファンドへの投資を主な業務とする会社であり、東南アジア等の新興国での投資は比較的高いリスクを有する一方で高いリターンを期待できるもので、投資家もリスクを承知のうえで投資を行うと考えられることを指摘しました。そのうえで、唯一の取締役兼代表取締役であり、唯一の株主でもあった元代表取締役MTS氏が、経営判断として海外での投資等に資金を支出した場合について、次のように述べました(引用中の当事者の表記は本記事の表記に置き換えています)。

「仮に当該案件が成功せず、結果として資産運用会社KRNの財産が減少することに繋がったとしても、そのことだけで、当該案件が、そもそも資産運用会社KRNが取り組むべきでない劣悪な案件であったことが裏付けられるわけではなく、また、当該案件についてのMTS氏の投資等の判断が著しく不合理であって、取締役としての注意義務を怠ったものであったと認められるものではないというべきである。」

さらに判決は、案件12を除く各案件がマレーシアやミャンマーでの海外投資であること、MTS氏は問題とされた案件のほかにも多数の投資運用を手掛けていたこと、MTS氏が自らの投資によって会社に多大な利益をもたらしたと主張しているのに的確な反論がされていないこと(MTS氏は資料の開示を求めましたが、資産運用会社KRNは応じていませんでした)を挙げ、次のように述べました(同上)。

「単に損失が生じた投資等の案件だけを取り上げて、その損失額が大きいことを主張立証したとしても、それだけでは、MTS氏の行った当該案件に係る投資等の判断が著しく不合理なものであったことが推認されるものとはいえない。」

判決は、こうした事情を踏まえて、各案件が取り組むべきでない劣悪な案件であったといえるか、MTS氏の判断が著しく不合理であったかを、案件ごとに検討しています。

案件ごとの判断(争点1)

案件3(マレーシアのコンドミニアムの金銭信託)―任務懈怠を否定

判決は、案件3は、資産運用会社KRNを含む5社がHGW氏に金銭を信託し、HGW氏が不動産を取得して賃貸し、その収益から受益者に配当し、信託終了時には不動産の処分による金銭等を受益者に交付する仕組みであったと認定しました。資産運用会社KRNは、平成27年4月28日に57万0,864円、平成28年9月26日に43万1,126円の配当を受けていました。

判決は、こうした信託の内容と実際に配当を受けたことに照らし、利益を全く期待できず投下資本の回収の見通しがない案件であったとは認められないとしました。平成29年以降配当がないことについても、不動産の改修工事やその後の新型コロナウイルス感染症の影響による収益の低下によるものとうかがわれ、当初から劣悪な案件であったことを基礎づけるものではないとしています。

HGW氏に資金を提供するにすぎないとの主張については、金銭信託契約に基づいて受託者に信託金を支払ったのであるから、受託者が信託金を資金として投資をすることは不合理とはいえず、資産運用会社KRNは現在も委託者兼受益者の地位を有しているとして退けました。MTS氏の判断の過程・内容にも著しく不合理な点は認められないとされました。

案件4(称号の取得費用の負担)―任務懈怠を否定

案件4は、HGW氏がマレーシアの称号(Dato)を取得するための資金の一部を資産運用会社KRNが負担したもので、資産運用会社KRNが支出に見合う財産を直接取得したものではありませんでした。資産運用会社KRNは、740万円のほかに米ドルでの支払もあり、支出総額は5,234万7,699円に及ぶと主張しましたが、判決は、その送金資料はHGW氏からの送金に関するものであり、被告ら双方が740万円と主張し、月次試算表にも740万円と記載されていることから、740万円(及び送金手数料)を超える支出は認めませんでした。

そのうえで判決は、次の事情を挙げ、740万円の支出という経営上の判断が著しく不合理なものであったとはいえないとしました。

  • 資産運用会社KRNは海外への投資を行う会社で、当時からマレーシアで投資事業(案件3)を行っていたこと
  • この称号はマレーシア国内で一定の名誉を伴い、ビジネスを行ううえでのメリットが期待できるものであったこと
  • 称号は45歳以上の人物に授与されるもので、当時のMTS氏はその年齢に満たず、自分の名前で受けることができなかったこと
  • 案件5では、称号を持つHGW氏が申込者となることで7%(317万円程度)のディスカウントが得られたこと
  • 資産運用会社KRNの負担は740万円にとどまること

案件5(元代表取締役の個人名義での区画の購入)―任務懈怠を肯定

案件5は、MTS氏が、平成25年8月7日、マレーシアの不動産開発会社MDVとの間で、ホテル部分と住居部分からなる建物の1区画を購入する契約を締結し、同時期にホテル運営会社HOPとの間で、その区画を5年間賃貸して賃料を受け取る契約を締結した案件でした。購入代金の支払のために、資産運用会社KRNは送金手数料を含めて3,174万3,462円を支出しましたが、建物は建設途中で、区画は賃借人に引き渡されておらず、賃料も得られていませんでした。

判決は、資産運用会社KRNが、この支出によって取得されるはずの区画についても、賃料についても、何らの権利も利益も得ていないと認定しました。MTS氏は、事業の性質上、会社名義での登記等が著しく困難であったためやむを得ず自己名義にしたもので、権利は会社に帰属し、名義変更も容易であると説明していましたが、判決は、契約がMTS氏の名義で締結されている以上、権利関係はMTS氏に帰属しているといわざるを得ず、訴訟提起から相当期間が経っても名義変更がされていないことに照らし、その説明は具体的な根拠を欠くとしました。投下資本と同額で買い取ってもらえる人物を用意していたという説明についても、具体的な主張立証はありませんでした。

そのうえで判決は、MTS氏が複数回の現地調査をするなど慎重に判断していたとしても、案件5は、直接には資産運用会社KRNが支出に見合った権利を取得できないものであり、会社への名義変更や第三者の買取り等による回収など、会社のための適切な権利保全の措置が取られていないものであったと認め、次のように結論づけました(引用中の当事者の表記は本記事の表記に置き換えています)。

「資産運用会社KRNが海外投資等を主たる事業とする会社であること等を考慮しても、MTS氏が、本件案件5について、資産運用会社KRNの資金3174万3462円を支出して投資をした判断は、著しく不合理なものであったというべきである。」

損害は、支出額である3,174万3,462円と認定されました。

案件6(ミャンマーの自動車輸入販売業者への投資の信託)―損害を否定

案件6の金銭信託契約では、信託の終了時に受託者が信託元本相当額を回収して受益者に交付することが合意されていました。判決は、資産運用会社KRNは信託の終了に伴い信託元本相当額の返還を受ける権利を有しているから、当初信託金500万円を支出したことにより同額の損害を負ったとは認められないとしました。HGW氏も、平成28年9月13日の書面で解約手続を進めて精算金を支払う予定であると通知し、訴訟でも500万円の返還債務があることを認めていました。

この案件については、判断の合理性の評価に入る前に、損害が生じていないことを理由に責任が否定されています。

案件7及び8(ミャンマーの不動産事業の信託)―任務懈怠を否定

案件7及び8は、不動産事業会社MKBを受託者とする信託で、MKBがミャンマーで土地を購入して建物を建設し、売却代金から信託報酬を差し引いて受益者に支払う仕組みでした。案件7のアパート2棟は完成しましたが、案件8のホテルないしコンドミニアムの建設には至っていませんでした。

判決は、まだ不動産が売却されておらず、資産運用会社KRNがリターンを得ていないことは認めつつ、案件7のアパートは既に完成していること、案件8も計画と検討自体は進められており、計画どおりの建設が進まなかったのはミャンマーの建築法の改正等の影響によるものとうかがわれること、資産運用会社KRNはなお委託者兼受益者の地位にあり、受託者に対する権利を有していることを挙げました。そして、現時点で回収や収益が実現していないとしても、当初から回収と収益の見通しのない案件であったことは推認されず、MTS氏の判断の過程・内容に著しく不合理な点があったとは直ちに認められないとしました。

案件12(破産会社の元代表者への貸付け)―任務懈怠を肯定

案件12は、投資ではなく、資産運用会社KRNによるKWS氏個人への貸付け(以下「本件貸付け」といいます。)でした。資産運用会社KRNは2,509万6,667円を貸し付け、KWS氏から241万8,904円の返済を受けましたが、その余の返済は受けられていません。判決は、次の事情から、本件貸付けの当時、KWS氏には3社からの多額の借入れを返済できる具体的なめどはなく、会社に損害を生じさせる危険性が高い貸付けであったと認めました。

  • 貸付金は破産会社の破産債権の弁済に充てられることとされ、当初から借主の財産を形成することは予定されていなかったこと
  • KWS氏は破産会社の代表者で、当時、個人の債務はなかったものの、めぼしい資産を有していなかったこと
  • 弁済期が定められておらず、弁済方法等の弁済に関する事項も何ら合意されていなかったこと
  • 契約締結から約1年後にKWS氏が自己破産の申立ての準備に入り、平成27年2月13日に破産手続開始決定を受けたこと

また判決は、MTS氏が本件貸付けを通じて破産会社の投資家を救済することとしたのは、破産債権者の中に、MTS氏が破産会社に在籍していた当時に営業をして獲得した顧客が含まれていたという個人的な事情からであると認め、回収の見込みが低いのに会社が多額の金銭を貸し付けるべき合理的な理由はうかがわれないとしました。MTS氏から、回収をどのように見込んでいたかについての具体的な主張立証もないことを踏まえ、判決は次のように判断しました(引用中の当事者の表記は本記事の表記に置き換えています)。

「本件貸付けの決定に係るMTS氏の判断は、著しく合理性を欠くものであったと認められ、それは、取締役としての債権保全に係る注意義務に違反するものというべきである。」

損害は、貸付額と回収額の差額である2,267万7,763円と認定されました。

争点1の小括

判決は、MTS氏は案件5及び案件12について、会社法第423条第1項に基づき、合計5,442万1,225円(3,174万3,462円+2,267万7,763円)と、訴状送達日の翌日である平成29年6月29日からの遅延損害金の支払義務を負うとしました。

顧問のコンサルタントの責任の判断(争点2)

元代表取締役の責任が否定された案件は、共同不法行為の前提を欠く

判決は、まず、MTS氏が任務懈怠責任を負わない案件3、4、6、7及び8について、次のように述べました(引用中の当事者の表記は本記事の表記に置き換えています)。

「MTS氏が任務懈怠に基づく損害賠償責任を負わないこれらの案件について、MTS氏が、別途、不法行為法上の違法な行為をし、不法行為に基づく損害賠償責任を負うものとは認められない。」

そのため、これらの案件について、HGW氏がMTS氏に指示して違法な投資を行わせたという主張は前提を欠くとして、HGW氏に対する請求を退けました。

案件5―投資の指示も、売り付けも認められない

判決は、HGW氏が投資を指示したことはないと陳述・供述していることに加え、MTS氏自身も訴訟の中で、HGW氏から指示や制御を受けたことはなく、自ら現地調査をして判断した旨を主張していたことを重視しました。MTS氏は、相被告であるHGW氏との関係では、株主権の帰属をめぐるHGW氏の主張を否定し、別件訴訟でも資産運用会社KRNのために証人として出廷してHGW氏の主張を否定する証言をしていたことから、判決は、MTS氏がHGW氏のためにあえて虚偽の主張をしているとは認め難いとしました。MTS氏の行っていた投資の中にHGW氏の紹介でない案件も多数含まれていたことも、MTS氏が自らの判断で投資をしていたことを裏付けるとされました。

資産運用会社KRNは、訴訟代理人弁護士らが令和5年6月6日にMTS氏から聴取したとする事情聴取書を提出し、HGW氏がMTS氏に睨みをきかせていた、HGW氏と袂を分かつ覚悟がないと案件を断れなかった、といった記載を示しました。しかし判決は、事情聴取書は訴訟代理人らが作成したもので、MTS氏の署名押印がなく、訴訟でのMTS氏の主張とも異なるとして、そのまま採用することはできないとしました。事情聴取書にも、HGW氏が投資案件を強要したり無理強いしたりしたことはない旨の記載があることも指摘されています。さらに、MTS氏は平成27年12月に毅然とした態度で関係の解消を申し入れており、それ以前は自ら関係の継続を選択していたと認められるとされました。

判決は、HGW氏が月次の報告や重要事項の事前了承を求めていたことは、コンサルティングの範疇といえ、個々の投資を具体的に指示していたことを裏付けるものではないとしました。また、コンサルティング料は投資家から会社に入金された金額の6%とされ、運用に回した額や紹介案件に充てた額が基準とされていなかったことから、高額なコンサルティング料を得るために紹介案件への投資を指示する必要があったとは認められず、むしろ関係会社の投資が成功して事業が拡大するほど、HGW氏の会社がコンサルティング料を得られる関係にあったとして、あえて損失を与える投資を勧めたとは考え難いとしています。

案件5の区画の申込みが当初HGW氏の名義でされていたことから、資産運用会社KRNはHGW氏が自ら購入したものを売り付けたと主張しましたが、判決は、称号を利用してディスカウントを得るためにMTS氏に頼まれて名義を使用したというHGW氏の陳述・供述は、実際に7%のディスカウントが得られたことや、HGW氏名義での支払が申込金と初回の分割金までであったことに照らして合理的であるとし、売り付けの事実を認めませんでした。

案件12―貸付けの決定に関与していても、それだけでは責任を負わない

判決は、取締役ではない第三者の責任について、次のように述べました(引用中の当事者の表記は本記事の表記に置き換えています)。

「HGW氏は、資産運用会社KRNの取締役ではなく、MTS氏と同じ義務を負うものではないから、HGW氏が、MTS氏による本件貸付けの決定に何らかの形で関与した事実があるとしても、それだけで、HGW氏が、MTS氏とともに、資産運用会社KRNに対する損害賠償責任を負うことになるとはいえない。」

判決は、破産管財人の報告書にHGW氏が破産会社の業務を統括していたかのような記載があったことから、HGW氏が弁護士とともに破産管財人に関与を否定する説明をし、その後、HGW氏と3社がKWS氏に代わって顧客を救済することを話し合い、弁護士を通じて破産管財人に提案した経緯を認定しました。しかし、HGW氏が話合いに関与していたことは認められるものの、それ以上に3社の貸付けの決定にどのような関与をしたかは明らかでないとしました。

さらに判決は、金銭消費貸借契約書では、KWS氏が貸主の関与をうかがわせる発言をしない旨の誓約が盛り込まれていたのに、HGW氏についての同様の誓約は含まれていないこと、事情聴取書にも、HGW氏から貸付けを依頼された旨の記載はあっても、強制されて自らの判断を曲げたとの記載はないこと、金銭消費貸借は海外投資に比べて仕組みの理解や損益の見通しが容易で、MTS氏が自ら判断し決定し得た取引であることなどを挙げ、HGW氏が自己の責任を回避するためにMTS氏らに指示して貸付けを行わせたとまでは認められないとしました。

事情聴取書には、MTS氏が勧誘した顧客が1名で100万円であると分かっていれば貸付けをしなかった旨の記載もありましたが、判決は、その点はMTS氏が調べようと思えば容易に調査できたこと、3社の負担割合が形式的に3分の1ずつとされていることから、その記載部分も採用しませんでした。

主文及び結論

判決の主文は次のとおりです(引用中の当事者の表記は本記事の表記に置き換えています)。

「1 MTS氏は、資産運用会社KRNに対し、5442万1225円及びこれに対する平成29年6月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」
「2 資産運用会社KRNのHGW氏に対する請求及びMTS氏に対するその余の請求をいずれも棄却する。」

訴訟費用は、資産運用会社KRNに生じた費用の10分の1とMTS氏に生じた費用の5分の1をMTS氏の負担とし、その余はいずれも資産運用会社KRNの負担とされました。主文第1項には仮執行の宣言が付されています。

案件 元代表取締役MTS氏の責任 認定された損害 顧問のコンサルタントHGW氏の責任
案件3 否定(判断は著しく不合理とはいえない) ― 否定
案件4 否定(判断は著しく不合理とはいえない) ― 否定
案件5 肯定(判断は著しく不合理) 3,174万3,462円 否定(指示・売り付けを認めず)
案件6 否定(損害が生じていない) ― 否定
案件7及び8 否定(判断は著しく不合理とはいえない) ― 否定
案件12 肯定(債権保全に係る注意義務違反) 2,267万7,763円 否定(指示を認めず)
合計 5,442万1,225円及び平成29年6月29日から年5分の遅延損害金 請求棄却

年5分の遅延損害金は、平成29年法律第44号による改正前の民法所定の利率によるもので、現在の法定利率とは異なります。本判決の控訴の有無及び確定は確認できていません。

判断の射程

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。判決が述べた事項と区別してお読みください。

参考となる点

  • 損失の大きさだけでは任務懈怠は認められないこと。本判決は、会社の事業の性質(海外の新興国での投資を主な事業とする会社であること)を踏まえ、案件が失敗して会社の財産が減少したことだけでは、劣悪な案件であったことも、判断が著しく不合理であったことも裏付けられないとしました。損失が生じた案件だけを取り上げて損失額の大きさを主張立証する追及の仕方では足りないことを示しており、善管注意義務違反を主張される取締役の側にとって重要な判断です。
  • 会社が支出に見合う権利を得ているかが分かれ目となったこと。責任が否定された案件では、会社が信託契約上の受益者の地位や元本の返還を受ける権利を保持していました。これに対し、責任が肯定された案件5は、会社の資金で取得した権利がすべて取締役個人の名義となり、会社のための名義変更や回収の手当てがなかったものです。取締役の側から見ると、海外投資などで会社名義での権利取得が難しい場合でも、会社の権利を確保する書面(信託・名義預かりの合意、名義変更の約束、買取りの保証等)を残しておくことの重要性を示しています。
  • 貸付けでは、回収の見込みと債権保全が厳しく問われること。案件12では、借主の資力、弁済期や弁済方法の定めの有無、貸付けの動機が、判断の合理性を左右しました。投資と異なり、貸付けは仕組みの理解や損益の見通しが容易であるとされており、回収の見込みをどう考えたかを説明できない貸付けは、取締役の責任につながりやすいといえます。
  • 取締役でない第三者の責任は、関与だけでは認められないこと。本判決は、取締役と同じ義務を負わない第三者が取締役の判断に何らかの形で関与したことだけでは、共同不法行為の責任を負うことにはならないとし、具体的な指示や強制の立証を求めました。顧問やコンサルタントの責任を追及しようとする会社の側は、指示の具体的な内容を裏付ける証拠を備える必要があります。
  • 訴訟代理人が作成した事情聴取書の証拠価値には限界があること。本人の署名押印がなく、本人の訴訟上の主張と異なる事情聴取書は、そのまま採用されませんでした。役員責任の追及では、関係者の供述をどのような形で証拠化するかも結論に影響します。
  • 経営者の交代後に旧経営者の責任が追及される場面であること。本件は、一人株主兼代表取締役が全株式を譲渡して退任した後に、会社が旧経営者の在任中の判断を問題とした事案です。株式の譲受けによって会社の支配を取得した側が、取得前の経営判断の責任を会社として追及する場合に、どのような主張立証が求められるかを示す例として参考になります。

一般化できない点

  • 元代表取締役MTS氏は、代理人の辞任後に主張立証をせず期日にも出頭しなかったため、判決の判断は、それ以前の主張や陳述書の記載等を基に行われています。取締役が十分に反証をした場合に、案件5や案件12の評価がどうなったかは本判決からは分かりません。
  • 判決は、資産運用会社KRNが海外投資を主な事業とする会社であり、MTS氏が唯一の取締役で唯一の株主でもあったという事情を判断の前提に置いています。事業の性質が異なる会社や、取締役会を設置して複数の取締役が関与する会社に、同じ評価がそのまま当てはまるとは限りません。
  • 案件6では、判断の合理性ではなく、元本の返還を受ける権利があることを理由に損害が否定されました。受託者の返還能力や実際の回収の可否まで判断されたものではありません。
  • 案件7及び8で責任が否定されたのは、現時点で回収・収益が実現していないことから当初から見通しがなかったとは推認できないという判断によるもので、最終的に回収できなかった場合の評価を示したものではありません。
  • 顧問のコンサルタントの責任は、証拠上、指示や強制が認められないとして否定されたもので、コンサルタントが取締役の判断に関与した場合の責任の有無を一般的に判断したものではありません。
  • 本判決は第一審の判決であり、控訴の有無及び確定は確認できていません。

役員の責任をめぐる紛争に備えて会社・取締役が確認しておきたいこと

本判決を踏まえると、取締役の側では、投資・貸付けの判断の過程(現地調査、紹介を受けた案件の採否、回収の見込みの検討)と、会社の権利を確保するための措置を、案件ごとに記録として残しておくことが大切です。会社の側で役員の責任を追及する場合には、損失額の大きさだけでなく、会社の事業の性質を踏まえて、個々の判断のどこが著しく不合理であったのか、権利保全の措置がどう欠けていたのかを具体的に主張立証する必要があります。

よくあるご質問

投資で会社に大きな損失が出た場合、取締役は必ず損害賠償責任を負いますか。

必ず負うわけではありません。本判決は、海外投資を主な事業とする会社について、案件が成功せず会社の財産が減少したことだけでは、取締役の判断が著しく不合理であったとは認められないとし、7案件のうち5案件について責任を否定しました。判断の過程と内容に著しく不合理な点があったかが問われます。

会社の資金で取締役個人の名義の資産を取得した場合、どのような問題がありますか。

本判決では、会社の資金で海外の建物の区画を取締役個人の名義で購入し、会社のための名義変更や回収の手当てがなかった案件について、判断が著しく不合理であったとして、支出額全額が損害と認められました。取締役が、権利は会社に帰属しており名義変更も容易であると説明しても、具体的な根拠を欠くとして採用されませんでした。

回収の見込みが低い相手への貸付けは、取締役の責任になりますか。

本判決では、破産会社の元代表者個人への貸付けについて、めぼしい資産がなく、弁済期や弁済方法の定めもなく、個人的な事情から行われたことなどから、債権保全に係る注意義務に違反するとして、貸付額から回収額を差し引いた額が損害と認められました。貸付けの際には、回収の見込みと保全の方法を検討し、その内容を記録しておくことが重要です。

取締役に投資案件を紹介した顧問やコンサルタントにも、責任を追及できますか。

取締役でない第三者は取締役と同じ義務を負わないため、取締役の判断に関与したというだけでは責任は認められません。本判決では、顧問のコンサルタントが投資を指示・強制したことを認めるに足りる証拠がないとして、請求が棄却されました。責任を追及するには、具体的な指示や強制を裏付ける証拠が必要です。

株式を譲り受けて経営者が交代した後、会社は前の経営者の責任を追及できますか。

本件では、全株式を譲り受けた新しい株主の下で、会社が会社法第423条第1項に基づき、前の代表取締役の在任中の判断について責任を追及し、その一部が認められました。もっとも、本判決は、前の経営者が一人株主でもあったことや会社の事業の性質を踏まえて判断しており、追及が認められるかは案件ごとの事情によります。

関連する記事と御相談のご案内

取締役の投資・貸付けの判断について善管注意義務違反を主張された場合は、会社の事業の性質、判断の時点で得ていた情報と検討の過程、会社の権利を確保するために講じた措置、損害との結び付きを案件ごとに整理し、どの点が争点になるかを見極めて対応します。善管注意義務違反を主張された取締役・会社の側の当事務所の対応は取締役の善管注意義務違反に関する御相談で、株主から代表訴訟の提起や提訴請求を受けた場合の対応は株主代表訴訟・提訴請求への対応に関する御相談で御案内しています。少数株主対策・スクイーズアウトに関するほかの裁判例は、少数株主対策・スクイーズアウトの裁判例の解説記事一覧をご覧ください。

取締役の善管注意義務・任務懈怠責任に関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所
03-6435-8418
受付時間 8:00~21:00(土日祝含む)

資料がすべてそろっていない段階でも御相談いただけます。御相談は事前予約制です。秘密は厳守します。

この記事の位置付け

全株式の譲渡で経営者が交代した後、会社が元代表取締役の在任中の海外投資と貸付けについて任務懈怠責任を追及した場面の判例を、経営判断の合理性と権利保全の措置の観点から、取締役・会社の側に向けて解説します。

善管注意義務違反を主張された取締役・会社の当事務所の対応は、取締役の善管注意義務違反に関する御相談のページで御案内しています。

具体的な御相談をお考えの皆様へ

投資や貸付けなどの経営判断について、会社や株主から善管注意義務違反・任務懈怠責任を主張された取締役・会社の側の当事務所の取扱内容及び対応の進め方は、次のご案内をご覧ください。

取締役の善管注意義務違反に関する御相談

執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

2024年(令和6年)10月に最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得た弁護士です。長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件にも関与しています。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

所在地 〒105-6017 東京都港区虎ノ門4丁目3番1号 森トラスト城山トラストタワー17階/電話番号 03-6435-8418/受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)

本記事の記載は一般的な法律情報であり、個別の事案に関する法律上の助言ではありません。記載した経歴は事実の記述であり、個別の事件の結果を保証するものではありません。

著書

非上場会社における少数株主対策の手法と実務
『非上場会社における少数株主対策の手法と実務』(日本法令)
中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策
『中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策』(清文社)
03-6435-8418受付 8:00〜21:00(土日祝含む)フォームLINE
スクイーズアウトのご相談03-6435-8418受付 8:00〜21:00(土日祝含む)フォームLINE