他社株式の買収に当たっての調査の懈怠と取締役の責任―東京地方裁判所令和4年3月23日判決

他の会社の株式を買い取って子会社にした会社が、買収とその後の貸付けを主導した元取締役に対し、買収先の財務の実態を調べずに買収と貸付けをさせたとして損害賠償を求めた事件の判例です。東京地方裁判所令和4年3月23日判決は、弁護士の資格を持つ取締役が、買収先の決算書に計上された保険積立金の実態を調べないまま資産があるから大丈夫であると説明して買収を進めた点に善管注意義務違反(任務懈怠)を認め、株式の購入代金1,000万円と貸付金800万円の合計1,800万円の賠償を命じました。
判決は、問題の取締役が「社外取締役」であり、買収には弁護士・代理人として関与したにすぎないという主張を退け、会社からの依頼に基づいて買収と子会社の経営管理を担当した業務執行取締役であったと認定しました。そのうえで、買収の判断が代表取締役の経営判断によるものであったこと、代表取締役が買収先の債務超過を知っていたこと、代表取締役が取締役の勧めに反して子会社の営業を終了させたことのいずれによっても、責任は否定されないとしています。
本記事では、判決が認定した事実と判断の枠組みを順に整理し、他社の株式を取得する会社・経営者の側が、買収を担当する取締役に何を求めることができ、どのような場合に責任を追及できるのかを確認します。
- 裁判例の基本情報
- 当事者の表記
- 事案の概要
- 事案の経緯の時系列
- 判断の前提となった会社法の定め
- 当事者の請求と主要な主張
- 結論を左右した争点
- 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
- 各主張を採用し又は排斥した理由
- 社外取締役として、弁護士・代理人として関与したにすぎないとの主張―委任契約書がなく、取締役の業務と認定
- 役員報酬が月額5万円であったとの指摘―報酬の低さは受任を否定しない
- デュー・デリジェンスを行ったから大丈夫とは述べていないとの供述―2日前の電子メールと整合しない
- 本件買収についての任務懈怠―保険積立金の実態を調べなかった
- 代表取締役の経営判断であるとの主張―適切な情報や助言が与えられていなかった
- 代表取締役が債務超過を知っていた、営業終了を一方的に決めたとの主張―因果関係は切断されない
- 本件買収による損害―購入代金1,000万円
- 本件各貸付けについての任務懈怠―回収の見込みに乏しい貸付けを促した
- 本件各貸付けによる損害―債務超過を知って貸したことは損害を否定しない
- 主文及び結論
- 判断の射程
- よくあるご質問
- 関連する記事と御相談のご案内
裁判例の基本情報
| 裁判所 | 東京地方裁判所民事第8部 |
|---|---|
| 裁判日 | 令和4年3月23日 |
| 事件番号 | 令和2年(ワ)第8496号 |
| 裁判の形式 | 判決 |
| 審級 | 第一審 |
| 請求の根拠 | 選択的に、不法行為又は会社法第423条第1項(役員等の会社に対する損害賠償責任)。判決は会社法第423条第1項に基づく責任を認めました |
| 結論 | 会社の請求を全部認容(1,800万円及び遅延損害金の支払を命令)。訴訟費用は元取締役の負担。仮執行の宣言あり |
| 上訴の状況 | 控訴の有無及び確定は、判決本文からは確認できていません |
この表は、判決本文の冒頭、主文及び事案の概要の記載に基づいて当事務所が作成したものです。本件は、株主が取締役の責任を追及する株主代表訴訟ではなく、会社自身が原告となって元取締役の責任を追及した訴訟です。
当事者の表記
判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いた「原告」「被告」「訴外会社」及び英字の符号も、そのままでは使わず、次の表記に置き換えています。判決本文を引用する部分でも同じ表記に置き換え、その旨を示しています(主文の引用を除きます)。
| 本記事の表記 | 立場 |
|---|---|
| 不動産持株会社RHD | 原告。不動産の保有、売買、賃貸、仲介及び管理等を営む会社の株式又は持分を所有して、その会社の事業活動を支配・管理することなどを目的とする株式会社です。平成29年8月25日に成立しました。買収先の株式を買い取り、買収先に貸付けをした会社です |
| 代表取締役ASM氏 | 不動産持株会社RHDの代表取締役。買収の代金と貸付けの資金を、不動産持株会社RHDに貸し付けて用立てた人物です |
| 元取締役SGW氏 | 被告。弁護士で、平成29年9月12日に不動産持株会社RHDの取締役に就任し、平成30年12月22日に辞任しました。買収の案件を不動産持株会社RHDに紹介し、交渉を進めた人物です |
| 法律事務所LFE | 元取締役SGW氏が代表を務める弁護士法人の法律事務所。その事務員が、不動産持株会社RHDの業務を補助していました |
| 脱毛サロン運営会社BTS | 男性向けの脱毛エステティックサロンを複数店舗営んでいた株式会社。不動産持株会社RHDが株式を買い取った買収先で、買収の約8か月後に破産手続開始の申立てをしました |
| 売主CHR氏 | 脱毛サロン運営会社BTSの当時の代表取締役で、その発行済株式の全部を保有していた売主です |
| M&AアドバイザーDKM氏 | 元取締役SGW氏に脱毛サロン運営会社BTSの売却案件を紹介し、売主側の窓口として交渉に当たった人物です |
| 金融機関FNB | 代表取締役ASM氏が買収資金の融資を依頼した銀行です |
判決は、脱毛サロン運営会社BTSの買収を「本件買収」、株式譲渡の合意を「本件譲渡契約」、3回の貸付けを合わせて「本件各貸付け」と呼んでいます。本記事でも同じ呼び方を用います。
事案の概要
弁護士である取締役が、知り合ったM&Aアドバイザーから売却案件を持ち込んだ
判決の認定によれば、元取締役SGW氏は、平成29年9月12日に不動産持株会社RHDの取締役に就任しました。不動産持株会社RHDは、元取締役SGW氏に対し、取締役の業務として、経理業務と地代の集金の代行業務を依頼していました。
元取締役SGW氏は、平成29年の冬頃、M&AアドバイザーDKM氏と知り合い、脱毛サロン運営会社BTSの売却案件を紹介されました。元取締役SGW氏がこの案件を不動産持株会社RHDに紹介したところ、不動産持株会社RHDは買収を進めることとし、元取締役SGW氏に対し、取締役の業務として、本件買収に係る業務を依頼しました。元取締役SGW氏は、同年12月頃から売主CHR氏やM&AアドバイザーDKM氏との交渉を進め、平成30年2月20日頃には、脱毛サロン運営会社BTSの直近3期分(平成26年10月1日から平成29年9月30日まで)の会計資料を入手しました。
銀行は債務超過を理由に融資を断り、いったんは買収の取りやめに傾いた
代表取締役ASM氏は、平成30年2月頃、買収資金の融資を金融機関FNBに依頼しましたが、同年3月12日頃、融資はできないとの回答を受けました。その際、金融機関FNBは、脱毛サロン運営会社BTSは債務超過であり、そのような会社の買収資金には融資を出しづらいと伝えています。
融資を断られたことを受けて、代表取締役ASM氏は買収をやめると話しましたが、検討を完全に終わらせたわけではありませんでした。元取締役SGW氏は、平成30年5月29日、M&AアドバイザーDKM氏に対し、買収終了の意向表明に当たって面談を設けたいと申し入れましたが、M&AアドバイザーDKM氏からは、売主CHR氏が弁護士と共に交渉実費や機会損失等の請求の準備を進めていると通知されました。同年6月4日の面談の後、代表取締役ASM氏が裁判沙汰にはなりたくないと考えたこともあり、不動産持株会社RHDの側で買収を再び検討していくことになりました。
役員会で資産があるから大丈夫であると説明され、買収が決まった
元取締役SGW氏は、その後も交渉を続け、脱毛サロン運営会社BTSの平成29年10月から平成30年4月までの月次推移損益計算書等を入手しました。そして、平成30年6月24日、代表取締役ASM氏に電子メールを送り、直近でも月額600万円を超える売上げがあり、本件買収は不動産持株会社RHDのキャッシュフローを劇的に上昇させる起爆剤としてグループ全体に大きなメリットをもたらすものと思うなどと伝えました。
同月26日の不動産持株会社RHDの役員会では、代表取締役ASM氏が、買収しても大丈夫なのかなどと尋ねました。元取締役SGW氏は、脱毛サロン運営会社BTSの確定申告書を示し、現金約1,280万円、未収入金約3,159万円、敷金約1,836万円、保険積立金約2,022万円の資産があるから財務的な不安はなく買収しても大丈夫であること、総額で1億円ぐらいの資産を持っており債務はこれらの資産を使えばなしにできること、M&Aを専門とする弁護士である自分がデュー・デリジェンスを行ったから大丈夫であることを述べました。代表取締役ASM氏は、この説明を踏まえて買収を行うことにしました。
株式全部を1,000万円で買い取り、子会社の経営管理も任せた
平成30年7月17日、不動産持株会社RHDと売主CHR氏は株式譲渡契約書を作成し、売主CHR氏が保有する脱毛サロン運営会社BTSの発行済株式180株の全部を、1,000万円で不動産持株会社RHDに譲渡することを合意しました。不動産持株会社RHDは、同年8月1日に200万円、同月14日に800万円を支払い、譲渡の効力は同月15日に発生して本件買収は完了しました。代金の1,000万円は、代表取締役ASM氏からの借入れで賄われています。
これに先立つ同年7月26日の役員会では、元取締役SGW氏が提出した体制表が了承されました。体制表には、脱毛サロン運営会社BTSの業務を経営全般と施術業務とに分け、経営全般を法律事務所LFEが所属するグループが所管し、そのうち経営管理(予算書の作成及び管理、採用募集、人事評価、事業戦略の策定等)と、法務、税務、人事労務(契約書の法務チェック、債権回収、財務書類の作成等)を元取締役SGW氏と法律事務所LFEの事務員が担当すると記載されていました。買収の完了を受けて、不動産持株会社RHDは、元取締役SGW氏に対し、取締役の業務として、脱毛サロン運営会社BTSの経営及び管理業務を行うよう依頼しました。
資金を入れないと倒産するとの申入れで3回の貸付けをし、子会社は破産した
元取締役SGW氏は、平成30年8月27日頃、代表取締役ASM氏に対し、脱毛サロン運営会社BTSに資金を入れないと倒産してしまうと述べ、運営資金として500万円を貸し付けるよう申し入れました。同年11月にも同じ趣旨の申入れをし、不動産持株会社RHDは、同年8月27日に500万円、11月9日に200万円、11月15日に100万円、合計800万円を脱毛サロン運営会社BTSに貸し付けました。いずれも、代表取締役ASM氏が同額を不動産持株会社RHDに貸し付け、それを原資としたものです。
同年11月28日の役員会で、代表取締役ASM氏が脱毛サロン運営会社BTSの状況を詰問したところ、元取締役SGW氏は資金繰り表を示し、現金は既に枯渇しており、今後も継続的に資金を提供しなければ破綻すると述べました。代表取締役ASM氏は、脱毛サロン運営会社BTSの営業を同月一杯で終了することにしました。元取締役SGW氏は、急に営業を停止すると各種クレームが来て清算にもコストや時間がかかることなどを説明し、銀行からの借入分を返済できる金額が入金された後で閉鎖することを強く勧めるとともに、早期に閉鎖する場合には銀行等への対応は法律事務所LFEとして相当程度の費用を受けて行うことになり、自身は取締役を辞任すると伝えました。元取締役SGW氏は、同年12月22日に取締役を辞任しています。
脱毛サロン運営会社BTSは、平成31年3月25日に破産手続開始の申立てをし、令和元年7月18日に破産手続開始の決定を受けました。破産手続は、いわゆる異時廃止により終了しています。不動産持株会社RHDは、令和2年に元取締役SGW氏を被告として東京地方裁判所に提訴しました。
事案の経緯の時系列
| 時期 | 出来事(判決本文の争いのない事実等及び認定事実による) |
|---|---|
| 平成29年8月25日 | 不動産持株会社RHDが成立 |
| 平成29年9月12日 | 元取締役SGW氏が不動産持株会社RHDの取締役に就任。経理業務と地代の集金の代行業務を依頼される |
| 平成29年冬頃 | 元取締役SGW氏がM&AアドバイザーDKM氏から脱毛サロン運営会社BTSの売却案件を紹介され、不動産持株会社RHDに紹介。不動産持株会社RHDが本件買収に係る業務を依頼 |
| 平成29年12月頃 | 元取締役SGW氏が売主側との交渉を開始 |
| 平成30年2月20日頃 | 元取締役SGW氏が脱毛サロン運営会社BTSの直近3期分の会計資料を入手 |
| 平成30年2月頃 | 代表取締役ASM氏が金融機関FNBに買収資金の融資を依頼 |
| 平成30年3月12日頃 | 金融機関FNBが、脱毛サロン運営会社BTSが債務超過であることを理由に融資を断る。代表取締役ASM氏は買収をやめると話す |
| 平成30年5月29日 | 元取締役SGW氏が買収終了の意向表明のための面談を申し入れ。売主CHR氏が交渉実費等の請求を準備していると通知される |
| 平成30年6月4日 | 代表取締役ASM氏と売主CHR氏らが面談。その後、買収を再検討することになる |
| 平成30年6月4日以降 | 元取締役SGW氏が平成29年10月から平成30年4月までの月次推移損益計算書等を入手 |
| 平成30年6月24日 | 元取締役SGW氏が代表取締役ASM氏に、本件買収はキャッシュフローを劇的に上昇させる起爆剤になるなどと電子メールで伝える |
| 平成30年6月26日 | 役員会。元取締役SGW氏が確定申告書を示して資産があるから大丈夫などと説明し、代表取締役ASM氏が買収を決める |
| 平成30年6月27日 | 元取締役SGW氏がM&AアドバイザーDKM氏に、正式契約に向けた手続を進める旨を連絡 |
| 平成30年7月17日 | 本件譲渡契約(発行済株式180株の全部、対価1,000万円) |
| 平成30年7月19日 | この時点の保険積立金の価値は68万3,340円(決算書の計上額は2,022万9,443円) |
| 平成30年7月26日 | 役員会。元取締役SGW氏らが経営管理等を担当するとの体制表が了承される |
| 平成30年8月1日・14日 | 代金200万円と800万円を支払う(代表取締役ASM氏からの借入れで賄う) |
| 平成30年8月15日 | 株式譲渡の効力が発生し、本件買収が完了。元取締役SGW氏に脱毛サロン運営会社BTSの経営及び管理業務を依頼 |
| 平成30年8月22日 | 法律事務所LFEが、アドバイザー業務の報酬21万6,000円(消費税込み)と実費21万3,122円の合計42万9,122円を請求し、不動産持株会社RHDが支払う |
| 平成30年8月27日 | 本件貸付け1(500万円) |
| 平成30年11月9日 | 本件貸付け2(200万円) |
| 平成30年11月15日 | 本件貸付け3(100万円) |
| 平成30年11月28日 | 役員会。資金繰り表が示され、代表取締役ASM氏が同月一杯での営業終了を決める |
| 平成30年11月29日・30日 | 元取締役SGW氏が電子メールで早期閉鎖に反対し、早期閉鎖の場合は取締役を辞任すると伝える |
| 平成30年12月22日 | 元取締役SGW氏が取締役を辞任 |
| 平成31年3月25日 | 脱毛サロン運営会社BTSが破産手続開始の申立て |
| 令和元年7月18日 | 破産手続開始の決定。その後、異時廃止により終了 |
| 令和2年 | 不動産持株会社RHDが提訴(令和2年(ワ)第8496号)。同年6月12日に訴状が元取締役SGW氏に送達される |
| 令和4年3月23日 | 東京地方裁判所が請求を全部認容する判決 |
本件譲渡契約の条項の文言は、判決本文には記載されていません。判決本文から分かるのは、譲渡の対象(発行済株式180株の全部)、対価(1,000万円)、支払日及び譲渡の効力の発生日だけです。そのため、本記事では契約条項の引用はしていません。
判断の前提となった会社法の定め
判決が用いた会社法の定めは、次のとおりです。
- 取締役は、その任務を怠ったときは、会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負います(会社法第423条第1項)。取締役は会社に対して善良な管理者の注意をもって職務を行う義務(善管注意義務)を負っており、これに違反することが任務懈怠に当たります。
- 会社の業務を執行した取締役は「業務執行取締役」に当たり(会社法第2条第15号イ)、社外取締役の要件を満たしません。判決は、元取締役SGW氏が業務執行取締役に当たると判断しています。
遅延損害金の利率について、判決は、訴状送達の日の翌日である令和2年6月13日から「年3分」の割合による支払を命じました。
当事者の請求と主要な主張
不動産持株会社RHDの請求
不動産持株会社RHDは、元取締役SGW氏に対し、選択的に不法行為又は会社法第423条第1項に基づき、1,800万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求めました。1,800万円の内訳は、株式の購入代金1,000万円と、3回の貸付金の合計800万円です。
主な主張の対立
| 争点 | 不動産持株会社RHDの主張 | 元取締役SGW氏の主張 |
|---|---|---|
| 本件買収に関する善管注意義務違反 | 元取締役SGW氏は、M&A業務を行うために取締役に就任し、経理、地代の集金代行、他社の買収、買収した会社の経営管理を担当する業務執行取締役であった。買収によって回復困難な損失を出す危険性を予見できる場合には、買収を避止すべき義務を負う。脱毛サロン運営会社BTSの経営成績と財政状態を知りながら、無価値な株式の有償取得となることを予見して買収を慫慂した。決算で約2,022万円とされた保険積立金が60万円から70万円程度の価値しかないことを知りながら事実を偽って慫慂したか、知らなかったとすれば必要な調査をしなかった。代表取締役ASM氏は経営の知識・経験がなく、会計帳簿を読み取ることもできない | 自分は社外取締役であり、本件買収には弁護士ないし不動産持株会社RHDの代理人として関与した。取締役としてデュー・デリジェンスを依頼されたことはなく、弁護士業務として法務デュー・デリジェンスをしたにすぎず、開示資料の真実性を疑う状況もなかったから、資料を提示して説明する義務にとどまり、会計書類の正確性を逐一確認する立場になかった。買収は役員会で計算書類を共有して協議し、代表取締役ASM氏の最終的な経営判断で決定された。代表取締役ASM氏は、融資が受けられない程度の債務超過であることを認識して買収を決めた |
| 本件各貸付けに関する善管注意義務違反 | 買収完了後、元取締役SGW氏は子会社となった脱毛サロン運営会社BTSの経営管理業務を役員会で受任した。返済の資力がないことを認識しながら、至急現金を入れないと潰れるので送金せよといわば強要し、何らの債権保全措置も講じずに回収の見込みのない貸付けをさせた | 不動産持株会社RHDは買収時に計算書類を確認しており、資産状態を認識していた。強要と言われるような発言はしていない。貸付けは代表取締役ASM氏の最終的な経営判断による |
| 本件買収に係る損害との因果関係 | 義務違反により株式を1,000万円で購入し、破産手続開始の決定で株式の価値は零と確定した | 代表取締役ASM氏は金融機関FNBの担当者から債務超過を直接説明されていた。脱毛サロン運営会社BTSの閉鎖・清算は代表取締役ASM氏が一方的に決めたもので、代表取締役ASM氏は負債を個人として返済すると説明していたから、因果関係はない |
| 本件各貸付けに係る損害 | 破産手続開始の決定により貸付金の価値は零となった | 債務超過と認識して貸し付けた場合は、用途が不適切でない限り貸付けの時点で損害は発生しない。貸付金は事業の継続に必要な資金として使われたから、800万円は損害とはならない |
上の表は、判決本文に記載された当事者の主張を当事務所が要約したものであり、裁判所が認めた事実ではありません。
お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。
結論を左右した争点
判決が整理した争点は、本件買収に関する善管注意義務違反の有無、本件各貸付けに関する善管注意義務違反の有無、本件買収に係る義務違反と損害との因果関係、本件各貸付けに係る損害の有無の4つです。
結論を分けたのは、次の点でした。
- 元取締役SGW氏が、本件買収と子会社の経営管理に、不動産持株会社RHDの取締役として関与していたのか、それとも外部の弁護士・代理人として関与していたにすぎないのか
- 取締役として関与していたとすれば、債務超過で赤字が続く会社を買収するに当たって、どのような内容の調査をすべき義務を負っていたのか
- 買収と貸付けの最終的な判断をしたのが代表取締役ASM氏であったこと、代表取締役ASM氏が債務超過を知っていたこと、代表取締役ASM氏が元取締役SGW氏の勧めに反して営業を終了させたことが、責任や因果関係を否定する事情になるか
判決は、第1の点について元取締役SGW氏の主張と供述を詳しく検討して排斥し、そのうえで第2、第3の点を判断しています。
裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
買収先の財務状況(判決の認定事実)
判決は、脱毛サロン運営会社BTSの財務状況について、次の事実を認定しました(以下は判決本文の認定事実の要約です)。
| 期間 | 認定された内容 |
|---|---|
| 第8期(平成26年10月1日から平成27年9月30日まで) | 営業損失1,927万1,051円、当期純損失1,311万7,629円 |
| 第9期(平成27年10月1日から平成28年9月30日まで) | 営業損失2,050万6,984円、当期純損失1,872万9,501円 |
| 第10期(平成28年10月1日から平成29年9月30日まで) | 営業損失1,593万2,858円、当期純損失1,902万2,719円。4,023万4,387円の債務超過 |
| 第10期の貸借対照表の保険積立金 | 資産として2,022万9,443円が計上されていたが、平成30年7月19日の時点の価値は68万3,340円でしかなかった |
| 第11期(平成29年10月1日から平成30年9月30日まで) | 平成29年10月から平成30年4月まで、毎月営業損失を計上 |
このうち直近3期分の会計資料と、平成30年4月までの月次推移損益計算書は、いずれも本件買収の前に元取締役SGW氏が入手していたものです。
元取締役SGW氏が担っていた業務(判決の認定事実)
- 不動産持株会社RHDは、元取締役SGW氏に、取締役の業務として、経理業務、地代の集金の代行業務、本件買収に係る業務、買収によって取得した脱毛サロン運営会社BTSの経営及び管理業務を依頼していました。
- 元取締役SGW氏は、これらの業務の遂行に当たり、法律事務所LFEとこれに関連する会計事務所の事務員に補助をさせていました。
- これらの業務について、不動産持株会社RHDと元取締役SGW氏又は法律事務所LFEとの間で、委任状や委任契約書は作成されていませんでした。
- 平成30年6月24日の電子メールでは、平成30年4月までの財務の数字の解説と財務状況の改善のプランについて、法律事務所LFEで資料を作成すると伝えていました。
判断の枠組み
判決が示した判断の枠組みは、次のとおり整理できます。
- 会社から取締役の業務として買収と買収先の経営管理を依頼され、これを担当した取締役は、業務執行取締役に当たります。
- 買収を担当する業務執行取締役は、買収によって会社に回復が困難ないし不可能となるほどの損失を発生させる危険性があり、かつその危険性を予見することが可能な場合には、会社が買収を行うことを避止するよう行動すべき善管注意義務を負います。弁護士の資格を前提に取締役に就任した者には、高度の注意義務が求められます。
- 入手した資料から買収先の危険性を認識し得た場合には、その善管注意義務の一環として、買収先の財務諸表の各費目について実態があるかどうかなどを相応に調査する義務を負います。
- 買収先の経営管理を担当する業務執行取締役は、会社が回収の見込みに乏しい貸付けをして損害を被ることのないようにすべき善管注意義務を負います。
- 最終的な判断を代表取締役がしていても、代表取締役に与えられるべき適切な情報や助言が与えられていなかったときは、担当取締役の責任は否定されません。
各主張を採用し又は排斥した理由
社外取締役として、弁護士・代理人として関与したにすぎないとの主張―委任契約書がなく、取締役の業務と認定
元取締役SGW氏は、自分は社外取締役であり、本件買収には弁護士ないし代理人として関与したと主張し、陳述書や尋問でも同じ趣旨を述べました。判決は、次の理由でこの主張と供述を採用しませんでした。
- 元取締役SGW氏や法律事務所LFEの事務員が経理業務、地代の集金の代行業務、本件買収に係る業務、脱毛サロン運営会社BTSの経営管理業務に携わっていたのに、これらの業務について委任状や委任契約書が作成されていないこと。弁護士職務基本規程では、弁護士が事件を受任するに当たり弁護士報酬に関する事項を含む委任契約書を作成することが求められていることと合わせると、委任契約は締結されていなかったのではないかとの強い疑義が生じ、それを払拭する証拠はないとされました。元取締役SGW氏の、請求書と委任状だけで構わないと認識していた、入金までは確認できたので作成しなかったなどの供述によっても、疑義が払拭されるとは到底いえないとされています。
- デュー・デリジェンスの費用を抑えてほしいと言われ、フルパッケージのレポートは作らず資料の正確性を全部確認することはないと伝えたうえで報酬を請求したとの供述について、判決は、次のように述べ、客観的な証拠による裏付けが全くないとしました(引用中の「M&A」等の表記は判決本文のとおりです)。
「仮にM&Aを受任した弁護士がデュー・デリジェンスの業務内容を限定し、その反面として報酬を低く抑えるといった合意をしたのであれば、後の紛争を避ける観点からも、上記合意について書面等を作成するのが通常であるというべき」
- 法律事務所LFEは、平成30年8月22日付けの請求書で、本件買収に関するアドバイザー業務の報酬として21万6,000円(消費税込み)と実費21万3,122円の合計42万9,122円を請求し、不動産持株会社RHDはこれを支払っていました。しかし判決は、「上記報酬は、M&A業務を受任した弁護士に対する報酬としては相当に低いものというべきである」として、この請求書から本件買収の弁護士報酬が支払われたと直ちに認めることはできないとしました。代表取締役ASM氏は、この支払は買収に関与した事務員2名の事務経費分ないし手間賃として支払ったと供述しています。
- 脱毛サロン運営会社BTSが作成した平成30年1月25日付けの回答書に、不動産持株会社RHDの代理人として法律事務所LFEの元取締役SGW氏の名前が記載され、M&AアドバイザーDKM氏とのやり取りに法律事務所LFEの署名入りの電子メールが使われていたという点について、判決は、次のように述べて、元取締役SGW氏の供述を裏付けるものとはいえないとしました(引用中の当事者の表記は本記事の表記に置き換えています)。
「元取締役SGW氏が、不動産持株会社RHDの外部とのやり取りを行うに際し、弁護士としての肩書を積極的に用い、又は、弁護士としての表示と不動産持株会社RHDの取締役としての表示とを特に使い分けずに、上記やり取りを行うこともあり得るものというべきである。」
- 代表取締役ASM氏が、元取締役SGW氏を社外取締役と認識していたという点についても、判決は、次のように述べて退けました(引用中の当事者の表記は本記事の表記に置き換えています)。
「代表取締役ASM氏が社外取締役の法的な意味を理解した上で、上述の元取締役SGW氏が不動産持株会社RHDの社外取締役を名乗っていることを許容し、上記言動に及んでいたとは考え難いものというべきである。」
役員報酬が月額5万円であったとの指摘―報酬の低さは受任を否定しない
元取締役SGW氏は、役員としての報酬は月額5万円であり、認定されたような業務をすべて受任していたのであれば対価として低すぎると指摘しました。判決は、「会社における役員の報酬の水準は設立後の会社の状況、業績等の様々な事情に照らして定められるものというべきであって」、報酬額が低かったとしても役員として業務を受任していなかったことが直ちにうかがわれるものではないとしました。代表取締役ASM氏は、買収によってキャッシュフローが大きく上がれば、相応の額を取締役の報酬として支払うつもりでいたと供述しています。
デュー・デリジェンスを行ったから大丈夫とは述べていないとの供述―2日前の電子メールと整合しない
元取締役SGW氏は、平成30年6月26日の役員会では、月次の決算等は必ずしも芳しくない部分もあるが赤字が続く状況でも必ずしもないので、最終的には代表取締役ASM氏が決断するよう報告したと供述しました。判決は、その2日前の電子メールで、売上げは直近でも月額600万円を超えており、本件買収はキャッシュフローを劇的に上昇させる起爆剤としてグループ全体に大きなメリットをもたらすと伝えていたことを挙げ、その内容は買収を前向きに検討することを促すものであるとして、この供述を採用しませんでした。かえって、これらの事実は、役員会で、M&Aを専門とする弁護士である自分がデュー・デリジェンスを行ったから大丈夫であると述べたとする代表取締役ASM氏の供述と整合的であるとしています。
本件買収についての任務懈怠―保険積立金の実態を調べなかった
以上の検討を踏まえ、判決は、元取締役SGW氏が不動産持株会社RHDの業務執行取締役に当たると判断し、本件買収を担当する業務執行取締役の義務について、次のように述べました(引用中の当事者の表記は本記事の表記に置き換えています)。
「本件買収によって不動産持株会社RHDに回復が困難ないし不可能となるほどの損失を発生させる危険性があり、かつその危険性を予見することが可能な場合には、元取締役SGW氏は、不動産持株会社RHDが本件買収を行うことを避止するよう行動すべき善管注意義務を負っていたものというべきである。」
そして、元取締役SGW氏が弁護士の資格を有し、これを前提に取締役に就任したことから、「元取締役SGW氏の不動産持株会社RHDの取締役としての上記善管注意義務については高度のものが求められていたものというべきである」としました(引用中の当事者の表記は本記事の表記に置き換えています)。
判決は、脱毛サロン運営会社BTSが3期にわたって約1,300万円ないし約2,000万円の営業損失・当期純損失を計上し、買収の直前にも毎月営業損失を計上していたこと、契約の約1か月後に500万円、約4か月後に300万円の運営資金の貸付けを要する状態にあったこと、営業終了後の平成31年3月に破産手続開始の申立てをしたことを挙げ、次のように判断しました(引用中の当事者の表記は本記事の表記に置き換えています)。
「本件買収によって脱毛サロン運営会社BTSを買収することには、客観的に、不動産持株会社RHDに回復が困難ないし不可能となるほどの損失を発生させる危険性があったものというべきである。」
元取締役SGW氏は、買収の前に直近3期分の資料や平成30年4月までの月次推移損益計算書等を入手していたことから、この危険性を認識し得たとされました。そのため、判決は、元取締役SGW氏が、そのような財務状況にある会社の買収に際し、善管注意義務の一環として、次の義務を負っていたとしました(引用中の当事者の表記は本記事の表記に置き換えています)。
「脱毛サロン運営会社BTSの財務諸表に挙げられている各費目について、その実態があるか否かなどの点について、相応の調査をすべき義務を負っていたものというべきである。」
ところが、元取締役SGW氏本人の供述から、元取締役SGW氏がこのような調査をしていなかったことが認められました。決算書に2,022万9,443円と計上されていた保険積立金は、買収の時点で68万3,340円の価値しかなく、元取締役SGW氏は、調査をしなかったことにより、この価値の差を認識できなかったとされました。判決は、これが調査義務、ひいては善管注意義務に違反し、取締役としての任務懈怠に当たると判断しました。
さらに判決は、元取締役SGW氏が、保険積立金として約2,022万円の資産があるから大丈夫であること、M&Aを専門とする弁護士である自分がデュー・デリジェンスを行ったから大丈夫であることなどを述べ、代表取締役ASM氏は、債務超過であることは認識していたものの、この説明を受けて買収を行っても大丈夫であると考えて買収をしたと認定し、会社法第423条第1項に基づく賠償義務を認めました。
代表取締役の経営判断であるとの主張―適切な情報や助言が与えられていなかった
元取締役SGW氏は、本件買収は代表取締役ASM氏の最終的な経営判断によるものであると主張しました。判決は、買収を行うこととしたのが代表取締役ASM氏の経営判断によるものであることは認めつつ、次のように述べて、この主張を退けました(引用中の当事者の表記は本記事の表記に置き換えています)。
「代表取締役ASM氏は上記経営判断を行うに当たって代表取締役ASM氏に与えられるべき適切な情報や助言を与えられていなかったものというべきである。」
代表取締役が債務超過を知っていた、営業終了を一方的に決めたとの主張―因果関係は切断されない
元取締役SGW氏は、代表取締役ASM氏が債務超過を認識していたこと、脱毛サロン運営会社BTSの閉鎖・清算を一方的に決めたことを挙げて、因果関係がないと主張しました。判決は、次のように述べています(引用中の当事者の表記は本記事の表記に置き換えています)。
「代表取締役ASM氏が、平成30年11月ないし同年12月の時点で脱毛サロン運営会社BTSの閉鎖を決断することは、合理的な経営判断としてあり得る選択であったものというべきであるから、代表取締役ASM氏が元取締役SGW氏の勧めを容れずに脱毛サロン運営会社BTSを閉鎖したことをもって、上述の元取締役SGW氏の任務懈怠と不動産持株会社RHDの上記損害との間の因果関係が切断されることとなるとはいえない。」
代表取締役ASM氏が負債を個人として返済すると説明していたとの指摘についても、判決は、そのような事実があったとしても判断を直ちに左右するものではないとしました。
本件買収による損害―購入代金1,000万円
判決は、不動産持株会社RHDが代金として合計1,000万円を支払い、脱毛サロン運営会社BTSが令和元年7月18日に破産手続開始の決定を受けたことから、遅くともその日までに、元取締役SGW氏の任務懈怠により1,000万円の損害を被ったと認めました。
本件各貸付けについての任務懈怠―回収の見込みに乏しい貸付けを促した
判決は、元取締役SGW氏が、取締役の業務として脱毛サロン運営会社BTSの経営及び管理業務を依頼されていたことから、その業務を担当する業務執行取締役として、次の義務を負っていたとしました(引用中の当事者の表記は本記事の表記に置き換えています)。
「不動産持株会社RHDが脱毛サロン運営会社BTSに対して回収の見込みに乏しい貸付けをすることによって損害を被ることのないようにすべき善管注意義務を負っていたものというべきである。」
そして、元取締役SGW氏は、貸付けの時点でも、本件買収のときと同様に脱毛サロン運営会社BTSの財務状況と危険性を認識し得たのであり、貸付けを依頼するに当たって回収の見込みが乏しいことを認識できたとしました。判決は、元取締役SGW氏が、少なくとも過失によって、そのような状況を認識することなく代表取締役ASM氏に貸付けを促し、代表取締役ASM氏は、債務超過であることを認識してはいたものの、やむなく応じることとして本件各貸付けがされたものであり、元取締役SGW氏が不動産持株会社RHDに本件各貸付けをさせたものというべきであるとして、善管注意義務違反(任務懈怠)を認めました。
貸付けについても代表取締役ASM氏の最終的な経営判断であるとの主張は、本件買収と同様に、適切な情報や助言が与えられていなかったとして退けられました。
本件各貸付けによる損害―債務超過を知って貸したことは損害を否定しない
元取締役SGW氏は、債務超過を認識しながら貸し付けた場合は貸付けの時点で損害は発生しない、貸付金は事業の継続に必要な資金として使われたと主張しました。判決は、貸付けをすべきかどうかの判断に当たっても適切な情報や助言が与えられていなかったことから、次のように述べて、この主張を採用しませんでした(引用中の当事者の表記は本記事の表記に置き換えています)。
「元取締役SGW氏の上記指摘に係る事実関係が認められたとしても、そのことによって、上記800万円が元取締役SGW氏の上記任務懈怠との関係で損害とならなくなるということはできない。」
判決は、3回の貸付けと破産手続開始の決定の日付から、遅くとも令和元年7月18日までに、貸付金合計800万円の損害が生じたと認めました。
主文及び結論
判決の主文は、次のとおりです(「原告」は不動産持株会社RHDを、「被告」は元取締役SGW氏を指します)。
「被告は、原告に対し、1800万円及びこれに対する令和2年6月13日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。」
「訴訟費用は被告の負担とする。」
「この判決は仮に執行することができる。」
判決は、結論として、その余の点について判断するまでもなく請求は理由があるとして、不動産持株会社RHDの請求を全部認容しました。賠償額1,800万円は、株式の購入代金1,000万円と、本件各貸付けの合計800万円です。判決が責任の根拠としたのは会社法第423条第1項であり、選択的に主張された不法行為については判断が示されていません。控訴の有無及び確定は、判決本文からは確認できていません。
判断の射程
以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。判決が述べた事項と区別してお読みください。
参考となる点
- 他社株式の取得を担当する取締役には、危険性に見合った調査の義務があること。判決は、買収によって回復困難な損失が生じる危険性を予見できる場合には買収を避止するよう行動すべき義務があるとし、赤字が続き債務超過の会社の買収では、財務諸表の各費目の実態を相応に調査する義務があるとしました。決算書の数字をそのまま前提に「資産がある」と説明することは、この義務を果たしたことにはならないと判断されています。
- 「社外取締役」を名乗っていても、実際に業務を担当していれば業務執行取締役と評価されること。判決は、肩書や本人の認識ではなく、会社から取締役の業務として何を依頼され、実際に何をしていたかから業務執行取締役に当たると判断しました。会社の側からみると、買収や子会社の管理を任せた取締役の担当業務を、役員会の議事や体制表などで明確にしておくことが、後の責任追及の基礎になります。
- 弁護士などの専門家である取締役には、高度の注意義務が求められること。判決は、弁護士の資格を前提に取締役に就任した者について、善管注意義務に高度のものが求められるとしました。専門家としての説明が経営判断の前提になる以上、その説明の根拠が問われることになります。
- 代表取締役の最終判断であっても、担当取締役の責任は残り得ること。判決は、代表取締役が判断に当たって与えられるべき適切な情報や助言を与えられていなかったとして、最終的な経営判断は代表取締役がしたという主張を退けました。担当取締役が誤った情報を前提に判断を促した場合には、決定者が別にいることは責任を否定する理由にならないことを示しています。
- 債務超過を知っていたことも、責任や損害を直ちには否定しないこと。代表取締役が銀行から債務超過を伝えられていたにもかかわらず、判決は、担当取締役の、資産があるから大丈夫であるとの説明を受けて買収をしたとして責任を認めました。貸付けについても、債務超過を認識していたことは損害の発生を否定する理由にならないとされています。
- 買収後の子会社への資金投入も、責任追及の対象になること。判決は、買収先の経営管理を担当する取締役に、回収の見込みに乏しい貸付けによって会社が損害を被らないようにする義務を認め、資金を入れないと倒産すると述べて貸付けを促したことを任務懈怠としました。買収の判断だけでなく、買収後の追加の資金投入についても同じ視点で検討する必要があります。
- 子会社を閉鎖する判断は、因果関係を切断しないとされたこと。担当取締役の勧めに反して代表取締役が子会社の営業を終了させても、それが合理的な経営判断としてあり得る選択である以上、因果関係は切断されないとされました。損失の拡大を防ぐための閉鎖の判断が、責任追及の妨げにならないことを示しています。
一般化できない点
- 本判決は、取締役が自ら案件を持ち込み、交渉を担い、役員会で具体的な資産の額を挙げて「大丈夫」と説明し、委任契約書もないまま法律事務所の事務員を使って会社の業務をしていたという事情の下での判断です。買収を担当する取締役が常に財務の実態調査の義務を負うと一般的に述べたものではなく、赤字が続き債務超過である会社の買収で、その危険性を示す資料を入手していたことが調査義務の前提とされています。
- 判決が問題としたのは、主に保険積立金の計上額と実際の価値の差です。現金、未収入金、敷金など、他の資産の実態については判断が示されていません。
- 判決は、外部の弁護士としての責任(委任契約上の責任)ではなく、取締役としての任務懈怠の責任を認めたものです。会社と取締役の間に別途の委任契約があり、業務の範囲や報酬の取決めが書面で明確にされていた場合の評価は、本判決からは分かりません。
- 判決は、本件買収及び本件各貸付けについて、いわゆる経営判断の原則の要件を一般的に示して当てはめる形はとっていません。代表取締役に適切な情報や助言が与えられていなかったという本件の事情に基づいて、経営判断であるとの主張を退けたものです。
- 代表取締役の側の落ち度を理由とする過失相殺は、判決本文では主張・判断の対象として記載されていません。賠償額の減額の可否について、本判決から一般的な結論を導くことはできません。
- 本件は、会社自身が元取締役の責任を追及した事件であり、株主が提起した株主代表訴訟ではありません。
- 控訴の有無及び確定は確認できていません。
他社の株式を取得する会社・経営者が確認しておきたいこと
本判決を踏まえると、他社の株式を取得する会社の側では、買収を担当する取締役や関与する専門家について、取締役としての担当業務なのか、外部の専門家としての委任なのかを明確にし、委任であれば業務の範囲と報酬を書面で定めておくことが大切です。また、買収先の決算書に計上された資産について、どの費目の実態をどこまで確認したのかを、買収の判断の前に報告させ、記録に残しておくことが、適切な判断と、問題が生じた場合の責任の所在の確認の両方につながります。買収後に追加の資金を入れる場合も、回収の見込みについて同じように報告を求めることが考えられます。
よくあるご質問
買収した会社が破産した場合、買収を担当した取締役に損害賠償を請求できますか。
買収先が破産したことだけで、直ちに請求できるわけではありません。本判決では、担当取締役が、赤字が続き債務超過である会社の買収で、その危険性を示す資料を入手していながら財務諸表の各費目の実態を調べず、資産があるから大丈夫と説明して買収を進めたことが任務懈怠とされ、株式の購入代金1,000万円の賠償が命じられました。担当取締役が負っていた義務の内容と、その違反を具体的に示すことが必要です。
社外取締役として就任した人物にも、買収の責任を問えますか。
肩書が社外取締役であっても、実際に会社の業務を執行していれば業務執行取締役と評価されます。本判決では、本人が社外取締役であり弁護士・代理人として関与したにすぎないと主張しましたが、会社から取締役の業務として買収や子会社の経営管理を依頼され、委任契約書も作成されていなかったことなどから、業務執行取締役と認定されました。
買収の最終判断を代表取締役がしていれば、担当取締役は責任を負わないのではありませんか。
本判決は、買収が代表取締役の経営判断によるものであることを認めつつ、代表取締役が判断に当たって与えられるべき適切な情報や助言を与えられていなかったとして、担当取締役の責任を認めました。担当取締役の説明が判断の前提になっていた場合には、決定者が別にいることは責任を否定する理由になりません。
買収先が債務超過であることを知っていた場合でも、責任を追及できますか。
本判決では、代表取締役が銀行から債務超過であることを伝えられていましたが、担当取締役から資産があるから大丈夫との説明を受けて買収をしたとして、責任が認められました。買収後の貸付けについても、債務超過を認識していたことは損害の発生を否定する理由にならないとされています。
担当取締役の反対を押し切って子会社を閉鎖すると、損害を請求できなくなりますか。
本判決では、担当取締役が早期の閉鎖に反対していたにもかかわらず、代表取締役が子会社の営業を終了させましたが、その判断は合理的な経営判断としてあり得る選択であったとして、因果関係は切断されないとされました。
関連する記事と御相談のご案内
他社の株式を取得する場合や、取得した会社に資金を入れる場合は、買収先の決算書の各費目の実態をどこまで確認したのか、担当する取締役や専門家の役割と報告の内容、役員会の記録を整理し、判断の前提となる情報が適切であったかを確認することが大切です。取得する株式の価値の算定については自社株の株価算定・株価紛争に関する御相談で、M&Aや事業承継に伴う株式の取得と株主の整理についてはM&A・事業承継前の株主整理に関する御相談で御案内しています。少数株主対策・スクイーズアウトに関するほかの裁判例は、少数株主対策・スクイーズアウトの裁判例の解説記事一覧をご覧ください。
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債務超過の会社の株式を買い取り、その後も貸付けを重ねて回収できなかった会社が、買収を主導した元取締役の責任を追及した場面の判例を、他社株式の取得に当たって取締役が負う調査の義務の観点から、会社・経営者の側に向けて解説します。
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