経営の承継後に前代表取締役が提起した株主総会決議不存在確認の訴えと訴権の濫用―東京地方裁判所平成29年9月11日判決

非上場会社の前代表取締役が、自らの株式を後継者に譲渡して代表取締役の地位を引き継がせた後、後継者を取締役に選任した株主総会決議は存在しないとして、株主である元総務部長とともに、会社を相手に決議の不存在確認又は取消しを求めた事件の判例です。東京地方裁判所平成29年9月11日判決は、この訴えが、経営支配権を前代表取締役に取り戻させるために提起されたものであり、後継者との関係で著しく信義に欠け、訴権の濫用に当たるとして、訴えをいずれも却下しました。
判決は、前代表取締役が株式譲渡の契約で後継者を取締役に選任する株主総会を開く義務を負っていたこと、前代表取締役と元総務部長が後継者の就任を株主・役員・従業員に周知し、株主総会議事録の作成や登記手続にも自ら関与していたことを重視しました。後継者が契約上の1億円を支払っていないという事情も、会社が契約直前に振り出していた手形債務が後継者に伝えられていなかったことが主な端緒であるとして、訴権の濫用の評価を覆す事情とは認めませんでした。
本記事では、判決が認定した事実と判断の枠組みを整理し、事業承継の後に旧経営者側や少数株主から株主総会決議の効力を争われた会社の側が、判決本文から何を読み取れるかを確認します。
裁判例の基本情報
| 裁判所 | 東京地方裁判所民事第8部 |
|---|---|
| 裁判日 | 平成29年9月11日 |
| 事件番号 | 平成27年(ワ)第31307号 |
| 裁判の形式 | 判決 |
| 審級 | 第一審 |
| 訴訟の種類 | 株主総会決議不存在確認の訴えと株主総会決議取消しの訴え(選択的併合) |
| 結論 | 訴えをいずれも却下(訴権の濫用に当たり不適法)。訴訟費用は前代表取締役側の負担 |
| 上訴の状況 | 控訴の有無及び確定は、判決本文からは確認できていません |
この表は、判決本文の冒頭、主文及び事案の概要の記載に基づいて当事務所が作成したものです。
当事者の表記
判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いた「原告」「被告」及び英字の符号も、そのままでは使わず、次の表記に置き換えています。判決本文を引用する部分でも同じ表記に置き換え、その旨を示しています(主文の引用を除きます)。
| 本記事の表記 | 立場 |
|---|---|
| 土木建設会社DKN | 被告。昭和43年に設立された、土木工事・建築工事の請負及び設計並びに監督等を目的とする株式会社です。定款には、株式の譲渡に取締役会の承認を要する旨の定めがあります。訴訟では、後継者WTS氏が代表者として会社を代表しています |
| 前代表取締役HKM氏 | 原告の1名。平成27年9月16日まで土木建設会社DKNの取締役及び代表取締役でした(同日にいずれも辞任)。同年7月24日当時、土木建設会社DKNの株式5万8,300株を保有していました。株式を後継者WTS氏に譲渡する契約の売主です |
| 株主TNB氏 | 原告の1名。土木建設会社DKNの株式1,000株を保有する株主で、総務部長として雇用されていましたが、平成28年1月に退職しました |
| 後継者WTS氏 | 前代表取締役HKM氏から株式と代表取締役の地位を引き継ぐ契約を結んだ人物です。商業登記簿上、平成27年8月6日に土木建設会社DKNの取締役及び代表取締役に就任したとされています。訴訟の当事者ではありません |
判決は、前代表取締役HKM氏と後継者WTS氏との株式譲渡の契約を「本件契約〈1〉」、前代表取締役HKM氏・土木建設会社DKN・後継者WTS氏の3者の契約を「本件契約〈2〉」と呼んでいます。本記事では、それぞれ「本件契約1」「本件契約2」と表記します。また、平成27年8月6日付けの株主総会における後継者WTS氏を取締役に選任する旨の決議を、判決と同じく「本件決議」と呼び、その旨の記載がある臨時株主総会議事録を「本件総会議事録」と呼びます。前代表取締役HKM氏と株主TNB氏をまとめて「HKM氏ら」と表記します。
事案の概要
前代表取締役が、株式と代表取締役の地位を後継者に引き継ぐ2つの契約を結んだ
判決本文の前提事実によれば、平成27年7月24日、前代表取締役HKM氏と後継者WTS氏は、前代表取締役HKM氏が保有する株式を後継者WTS氏に譲渡して、代表取締役の地位を後継者WTS氏に円滑に移転することを目的として、次の契約を締結しました(本件契約1)。
- 前代表取締役HKM氏が、土木建設会社DKNの株式5万8,300株を後継者WTS氏に譲渡する
- 後継者WTS氏が、株式代金及び退職慰労金として、前代表取締役HKM氏に合計3,700万円を支払う
同じ日、前代表取締役HKM氏、土木建設会社DKN及び後継者WTS氏は、土木建設会社DKNが保有する自社の株式を後継者WTS氏に譲渡し、後継者WTS氏が当面の事業資金を投入することによって、前代表取締役HKM氏から後継者WTS氏への円滑な事業の継承を図ることを目的として、次の契約を締結しました(本件契約2)。
- 土木建設会社DKNが、保有する自社の株式を後継者WTS氏に譲渡する
- 後継者WTS氏が、株式代金及び事業支援金として、土木建設会社DKNに合計1億円を支払う
判決の認定によれば、2つの契約書は、土木建設会社DKNの総務部における確認のほか、全役員による確認を経て作成されました。また、前代表取締役HKM氏は、契約の締結に先立ち、株主及び役員に対し、自らに代わって後継者WTS氏が社長に就任することを知らせ、株主及び役員からは特に異論は出ませんでした。
契約の直前に振り出された手形債務が、後継者に説明されていなかった
判決の認定によれば、土木建設会社DKNは、契約締結の直前である平成27年7月20日及び21日に、合計2,420万円の融通手形を振り出していました(満期日は同年11月30日)。しかし、後継者WTS氏と契約の協議をしていたHKM氏らは、この手形債務について説明しておらず、後継者WTS氏は、契約締結の当時、手形債務の存在を認識していませんでした。
株主総会議事録が作成され、後継者の代表取締役就任が登記された
土木建設会社DKNには、平成27年8月6日に臨時株主総会が開催され、後継者WTS氏を取締役に選任する旨の決議がされたとの記載がある同日付けの臨時株主総会議事録と、同日に取締役会が開催され、後継者WTS氏を代表取締役に選任する旨の決議がされたとの記載がある同日付けの取締役会議事録が存在します。商業登記簿には、後継者WTS氏が同日に取締役及び代表取締役に就任した旨の記載があります。
判決は、株主TNB氏が、前代表取締役HKM氏の指示を受けて本件総会議事録を作成し、後継者WTS氏が代表取締役に選任された旨の登記手続を行ったと認定しました。HKM氏らは、いずれも本件総会議事録を作成したことを否定する供述をしましたが、判決は、本件総会議事録に会社の社印が押印されていること、社印は総務部長であった株主TNB氏が管理し、前代表取締役HKM氏の承認によって使用することとされていたこと及び弁論の全趣旨から、この事実を認めています。
前代表取締役HKM氏は、後継者WTS氏が出勤した際、従業員に対して後継者WTS氏を社長として紹介し、後継者WTS氏は、前代表取締役HKM氏が使用していた席で職務に臨んでいました。
1億円が支払われず、前代表取締役が株式譲渡の契約を解除すると通知した
本件契約2の1億円は、支払期限とされた平成27年8月30日までに支払われませんでした。前代表取締役HKM氏は、同年9月16日に取締役及び代表取締役を辞任したうえで、同年10月14日、代理人を通じて後継者WTS氏に対し、本件契約2の1億円が支払期限までに支払われていないから、本件契約2と密接不可分の関係にある本件契約1を解除する旨を記載した書面(判決は「本件通知書」と呼んでいます)を送付しました。
HKM氏らは、同年11月5日、土木建設会社DKNを被告として、本件決議の不存在確認又は取消しを求める訴えを提起しました。判決は、HKM氏らが、前代表取締役HKM氏に土木建設会社DKNの経営支配権を再度取得させるために本件訴えを提起したと認定しています。この認定は、HKM氏ら自身の供述に基づくものです。
事案の経緯の時系列
| 時期 | 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による) |
|---|---|
| 昭和43年 | 土木建設会社DKNが設立される |
| 平成27年7月20日・21日 | 土木建設会社DKNが合計2,420万円の融通手形を振り出す(満期日は同年11月30日)。後継者WTS氏には説明されず |
| 平成27年7月24日 | 本件契約1(株式5万8,300株の譲渡。代金及び退職慰労金3,700万円)と本件契約2(会社保有の自社株式の譲渡。代金及び事業支援金1億円)を締結 |
| 平成27年8月初め頃 | HKM氏らが、消波ブロックの型枠を2,000万円で売却する旨の売買契約書を作成 |
| 平成27年8月6日 | この日付けで、後継者WTS氏を取締役に選任する臨時株主総会議事録と、代表取締役に選任する取締役会議事録が作成されている。後継者WTS氏の取締役・代表取締役就任が登記される |
| 平成27年8月30日 | 本件契約2の1億円の支払期限(本件通知書の記載による)。支払はされず |
| 平成27年9月16日 | 前代表取締役HKM氏が取締役及び代表取締役を辞任 |
| 平成27年10月14日 | 前代表取締役HKM氏が、代理人を通じて本件契約1を解除する旨の本件通知書を送付 |
| 平成27年11月5日 | HKM氏らが本件訴えを提起 |
| 平成28年1月 | 株主TNB氏が土木建設会社DKNを退職 |
| 平成29年9月11日 | 東京地方裁判所が訴えをいずれも却下する判決 |
土木建設会社DKNは、遅くとも平成27年9月30日には株式の譲渡を承認したと主張していますが、判決はこの点を判断していません。
判決が認定した契約の条項
判決本文は、本件契約1及び本件契約2の契約書の条項の内容を、次のとおり認定しています。以下は、契約書そのものの文言ではなく、判決本文が契約の内容として記載した文章の引用です(引用中の当事者の表記及び契約の呼び方は本記事の表記に置き換えています)。
本件契約1第6条・第7条第1項―取締役会及び株主総会の承認
「本件契約1において、前代表取締役HKM氏は、支払日までに、株式を後継者WTS氏に譲渡し代表取締役を後継者WTS氏とすることについて土木建設会社DKNの取締役会及び株主総会の承認を得ることとされている」
本件契約2第6条・第7条第1項―取締役会及び株主総会の承認
「本件契約2において、前代表取締役HKM氏は、土木建設会社DKNへの支払日までに、土木建設会社DKNが株式を後継者WTS氏に譲渡し事業支援金の提供を受けることについて土木建設会社DKNの取締役会及び株主総会の承認を得ることとされている」
本件契約1・本件契約2第11条第1項第2号・第3号―開示資料と簿外債務についての保証
判決本文は、2つの契約のいずれについても、同じ内容の条項を認定しています。本件契約2についての記載は、次のとおりです。
「本件契約2において、前代表取締役HKM氏及び土木建設会社DKNは、前代表取締役HKM氏及び土木建設会社DKNが開示した資料以外に株式の譲渡価格に重大な影響を及ぼす事実が存在しないこと、並びに、開示された会計帳簿に明記されたもののほか、土木建設会社DKNには偶発債務を含め何らの簿外債務が存在しないことを確認し保証している」
また、判決本文は、本件契約2の1億円の金額について、土木建設会社DKN及び前代表取締役HKM氏が開示した情報及び資料に基づいて実施された企業評価等を考慮して定められたものであると述べ、その根拠として本件契約2の契約書第4条を挙げています。第4条の文言そのものは、判決本文には記載されていません。
当事者の請求と主要な主張
HKM氏らの請求
HKM氏らは、土木建設会社DKNに対し、平成27年8月6日付けの株主総会における後継者WTS氏を取締役に選任する旨の決議について、不存在であることの確認を求め、選択的に、決議の取消しを求めました。損害賠償や株式の返還を求める訴えではなく、後継者WTS氏は訴訟の当事者になっていません。
判決が整理した4つの争点
判決は、争点を次の4つに整理しました。
- 本件訴えの提起が訴権の濫用に該当するか
- 前代表取締役HKM氏の確認の利益(決議不存在確認の訴え)及び原告適格(決議取消しの訴え)があるか
- 本件決議に不存在事由又は取消事由があるか
- 決議取消しの訴えについて、裁量棄却の事由(会社法第831条第2項)があるか
主な主張の対立
| 争点 | HKM氏らの主張 | 土木建設会社DKNの主張 |
|---|---|---|
| 訴権の濫用 | 本件訴えの提起は正当な権利行使である。瑕疵のない株主総会決議を得ることは容易でなかった。株主TNB氏は異議を唱えなかったわけではない。後継者WTS氏は本件契約2の1億円を支払っていない | 本件総会議事録を作成し、代表取締役就任の登記を行ったのはHKM氏らである。HKM氏らは当時、代表取締役又は総務部長であり、合計55.2%の議決権を有する株主として会社を実質的に支配しており、瑕疵のない決議を得ることは容易であった。前代表取締役HKM氏は契約上、臨時株主総会を招集して後継者WTS氏を取締役とする決議を得る義務を負っていた。株主TNB氏は契約締結の経緯を熟知しながら異議を唱えなかった。本件訴えは、HKM氏ら自身の怠慢によって生じた決議の瑕疵を奇貨としたものである |
| 前代表取締役HKM氏の確認の利益・原告適格 | 後継者WTS氏が本件契約2の1億円を支払わなかったため、密接不可分の関係にある本件契約1を本件通知書により解除した。後継者WTS氏は、3,700万円も1億円も平成27年7月中に支払うと約束していた。したがって、前代表取締役HKM氏は現在も株主である | 本件契約1により株式は譲渡され、会社は遅くとも平成27年9月30日には譲渡を承認した。前代表取締役HKM氏は株主ではなく、取締役も辞任している。2つの契約は密接不可分ではなく、解除は効力を有しない。1億円を支払わなかったのは、会社が内紛状態にあるとみられたこと、説明を受けていない手形債務を会社が負っていたこと等から、後継者WTS氏のスポンサー予定者が不信感を抱いたためである |
| 不存在事由・取消事由 | 平成27年8月6日に株主総会が開催された事実はない。他の株主(議決権比率で合計45%程度)には招集通知が全くされていない。議事録の作成への関与を議決権行使と評価する余地があるとしても、後継者WTS氏が登記をしなければ支払わないと伝えてきたためにやむを得ず作成したものであり、錯誤により無効であるか、詐欺により取り消された | 決議に至る具体的な手続は知らない。会社の資金繰りが困難な状況で、スポンサー予定者から後継者WTS氏が代表取締役に就任しない限り支援しないとの意向が示され、後継者WTS氏がHKM氏らに就任手続を依頼した。前代表取締役HKM氏は受領した3,700万円を自身の債務の返済等の私的な使途に費消した |
| 裁量棄却 | 瑕疵が軽微で結果に影響がないとはいえない | 株主総会は合計55.2%の議決権を有するHKM氏らによって開催されたものであり、招集通知がされていないこと等の瑕疵は軽微で、結果に影響がない |
上の表は、判決本文に記載された当事者の主張を当事務所が要約したものであり、裁判所が認めた事実ではありません。とりわけ、議決権の割合(55.2%、45%程度)、平成27年7月中に支払う約束の有無、3,700万円の使途、会社の負債の額は、いずれも当事者の主張であり、判決は認定していません。
お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。
結論を左右した争点
判決は、4つの争点のうち、最初の争点である訴権の濫用だけを判断し、訴えを不適法として却下しました。前代表取締役HKM氏が現在も株主であるか(本件契約1の解除が有効か)、平成27年8月6日に株主総会が実際に開かれたか、招集通知の欠落があったか、裁量棄却が認められるかについては、判断していません。
結論を分けたのは、次の点でした。
- 前代表取締役HKM氏が、契約上、後継者WTS氏を取締役に選任する株主総会を開いて賛成する義務を負っていたこと
- HKM氏らが、後継者WTS氏の経営承継を容認し、関係者に周知し、議事録や登記という外観の作出に深く関与していたこと
- それにもかかわらず、経営支配権を取り戻す目的で決議の効力を争うことが、それまでの言動と矛盾すること
- 後継者WTS氏が1億円を支払っていないことなどが、信義に反しないと評価すべき特段の事情に当たるか
- 決議の不存在確認・取消しを認容する判決が第三者にも効力を有すること
裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
認定された重要な事実
判決が訴権の濫用の判断の基礎とした事実は、次のとおりです。
- 前代表取締役HKM氏は、本件契約1・本件契約2で、支払日までに、後継者WTS氏への株式の譲渡と代表取締役の交代について、取締役会及び株主総会の承認を得ることとされていた
- 前代表取締役HKM氏及び土木建設会社DKNは、開示した資料以外に株式の譲渡価格に重大な影響を及ぼす事実がないこと、偶発債務を含め簿外債務がないことを保証していた
- 契約書は、総務部の確認と全役員の確認を経て作成された
- 前代表取締役HKM氏は、契約締結に先立ち、株主及び役員に後継者WTS氏の社長就任を知らせ、特に異論は出なかった
- 契約締結直前に振り出された2,420万円の融通手形の債務について、HKM氏らは後継者WTS氏に説明していなかった
- 株主TNB氏が、前代表取締役HKM氏の指示を受けて本件総会議事録を作成し、代表取締役選任の登記手続を行った
- 前代表取締役HKM氏は、従業員に後継者WTS氏を社長として紹介し、後継者WTS氏は前代表取締役HKM氏が使用していた席で職務に臨んでいた
- HKM氏らは、前代表取締役HKM氏に経営支配権を再度取得させるために本件訴えを提起した
契約上の義務についての判断
判決は、契約で株主総会の承認を得ることとされていた点について、次のように述べました(引用中の当事者の表記及び契約の呼び方は本記事の表記に置き換えています)。
「前代表取締役HKM氏が、後継者WTS氏に対し、本件契約1及び2に基づき、代金の支払日以前の日を会日とする臨時株主総会を招集し、かつ、後継者WTS氏を取締役に選任する旨の議案を提出し、これに賛成する義務を負っていたと理解される。」
HKM氏らの関与についての判断
判決は、契約の当事者として義務を負っていた前代表取締役HKM氏だけでなく、株主TNB氏を含む他の株主や役員も、後継者WTS氏が代表取締役の地位を承継すると伝えられて異論を述べず、後継者WTS氏が出勤した際には社長として処遇していたことを指摘しました。そのうえで、本件総会議事録の作成や登記手続を行ったのがHKM氏らであることを併せ考慮し、次のように述べています(引用中の当事者の表記は本記事の表記に置き換えています)。
「HKM氏らは、いずれも後継者WTS氏が代表取締役の地位を承継することを容認し、さらに、株主や役員等の土木建設会社DKN関係者に積極的に周知し、本件総会議事録や登記手続といった外観の作出にも深く関与したものと認められる。」
訴えの提起が著しく信義に欠けるとの評価
判決は、HKM氏らが前代表取締役HKM氏に経営支配権を再度取得させるために本件訴えを提起したことは、上記の言動と矛盾するとして、次のように述べました(引用中の当事者の表記及び契約の呼び方は本記事の表記に置き換えています)。
「本件訴えの提起は、特段の事情がない限り、少なくとも本件契約1に基づく3700万円の支払という相応の対価を支払った後継者WTS氏との関係において、著しく信義に欠けるものと評価される。」
判断の枠組みの整理
判決が示した判断の枠組みは、当事務所の整理では次のとおりです。
- 決議の効力を争う者が、契約上、その決議を成立させる義務を負い、決議に基づく経営の承継を容認・周知し、議事録や登記という外観の作出にも深く関与していた場合に、経営支配権を取り戻す目的でその決議の効力を争うことは、それまでの言動と矛盾します。
- このような訴えの提起は、特段の事情がない限り、相応の対価を支払った後継者との関係で著しく信義に欠けると評価されます。
- 決議不存在確認・決議取消しの訴えを認容する確定判決は第三者にも効力を有する(会社法第838条)ことも併せ考慮すると、会社を被告とする訴えであっても、訴権の濫用として不適法となります。
各主張を採用し又は排斥した理由
経営再建のためという理由―信義に反しない根拠にはならない
HKM氏らは、代表取締役を後継者WTS氏に承継させたのは会社の経営状態を改善し、事業停止ないし倒産を回避するためであったのに、後継者WTS氏は1億円を支払わず、会社の重要な財産である型枠の売却を進めるなどしており、後継者WTS氏の下で経営状態が改善したとはいえないこと、前代表取締役HKM氏が経営支配権を再度取得することは、他の会社から経営再建のための支援を受けるための不可欠の前提条件であることを主張し、又は供述しました。
判決は、次のように述べて、この主張を退けました(引用中の当事者の表記は本記事の表記に置き換えています)。
「経営支配権を再度取得する理由が土木建設会社DKNの経営再建にあったとしても、これが後継者WTS氏との関係で本件訴えを信義に反しないものと直ちに評価する根拠になるとは解し難い」
判決は、あわせて、前代表取締役HKM氏が経営支配権を再度取得することが経営再建のための支援の不可欠の前提条件であることを的確に示す立証もないとしています。
後継者が1億円を支払っていないこと―簿外の手形債務を伝えていなかったことが主な端緒
判決は、証拠及び弁論の全趣旨により、後継者WTS氏が本件契約2の1億円を支払っていないことを認めました。しかし、1億円が支払われていないのは、本件契約2で前代表取締役HKM氏及び土木建設会社DKNが開示資料以外に譲渡価格に重大な影響を及ぼす事実がないこと、会計帳簿に明記された債務以外の債務がないことを保証していたにもかかわらず、契約締結直前に振り出した合計2,420万円の手形債務を後継者WTS氏に伝えていなかったことを主要な端緒とするものであるとしました。
判決は、1億円の金額が、開示された情報及び資料に基づいて実施された企業評価等を考慮して定められたものであり、手形債務の不開示によって金額の相当性に影響が生ずる可能性があることに鑑みて、次のように述べました(引用中の当事者の表記は本記事の表記に置き換えています)。
「後継者WTS氏が上記1億円を支払っていないことが上記特段の事情に該当するとはいえない。」
判決は、この判断にあたり、本件契約1の解除が有効か、後継者WTS氏に1億円の支払義務の不履行があるかを判断したものではありません。
後継者による型枠の売却―HKM氏ら自身が売買契約書を作成していた
判決は、後継者WTS氏が代表取締役として会社の財産である消波ブロックの型枠の売却手続を進行させていたことを認めました。しかし、平成27年8月初め頃、HKM氏ら自身がこの型枠を2,000万円で売却する旨の売買契約書を作成していたことが認められることから、後継者WTS氏が売却手続を進めたことは特段の事情に当たらないとしました。HKM氏らは、この売買契約書は型枠を担保として融資を受ける旨の書面であると供述しましたが、判決は、これを的確に裏付ける証拠は提出されていないとしています。
その余の主張―特段の事情は見当たらない
判決は、HKM氏らのその余の主張を検討しても、特段の事情に該当するものは見当たらないとしました。HKM氏らが主張した、瑕疵のない株主総会決議を得ることは容易でなかったこと、株主TNB氏が異議を唱えなかったわけではないこと、議事録の作成は後継者WTS氏の詐欺や動機の錯誤によるものであることについて、判決は個別に取り上げて判断していません。
会社を被告とする訴えも訴権の濫用になる理由―判決の対世効
本件訴えの被告は会社であり、後継者WTS氏は当事者ではありません。判決は、後継者WTS氏との関係で著しく信義に欠けるという評価に、決議の効力を争う訴えの判決が第三者にも効力を有することを併せ考慮して、会社に対する訴えとしても訴権の濫用に当たると判断しました(引用中の当事者の表記は本記事の表記に置き換えています)。
「本件訴えの提起は、後継者WTS氏との関係で、著しく信義に欠けるものと評価されるところ、株主総会決議不存在確認の訴え及び株主総会決議取消しの訴えを認容する確定判決が、いずれも第三者に対しても効力を有する(会社法838条)ことをも併せ考慮すると、本件訴えは、訴権の濫用に当たり、不適法というべきである」
判決は、この判断にあたり、最高裁判所昭和53年7月10日判決を参照しています。同判決の本文は本記事の素材としていないため、その内容の説明は控えます。
株主TNB氏の訴えも同じく却下された
株主TNB氏は、株式を譲渡しておらず、本件契約1・本件契約2の当事者でもありません。しかし、判決は、株主TNB氏を含む他の株主や役員が後継者WTS氏の承継に異論を述べず、株主TNB氏が自ら本件総会議事録の作成や登記手続を行ったことを考慮し、HKM氏らの訴えをいずれも訴権の濫用に当たるとしました。
主文及び結論
判決の主文は、次のとおりです(「原告ら」は前代表取締役HKM氏及び株主TNB氏を指します)。
「1 本件訴えをいずれも却下する。」
「2 訴訟費用は原告らの負担とする。」
判決は、結論として、次のように述べています。
「よって、本件訴えはいずれも不適法であるから却下することとし、主文のとおり判決する。」
訴えの「却下」は、訴えが不適法であるとして、請求の当否(本件決議が存在するか、取り消すべき瑕疵があるか)に立ち入らずに訴訟を終わらせるものです。本判決は、本件決議が有効に存在すると判断したものではありません。控訴の有無及び確定は、判決本文からは確認できていません。
| 争点 | 判決の判断 |
|---|---|
| 訴権の濫用 | 肯定(後継者WTS氏との関係で著しく信義に欠け、判決の対世効も併せ考慮して不適法) |
| 前代表取締役HKM氏の確認の利益・原告適格(本件契約1の解除の効力) | 判断せず |
| 本件決議の不存在事由・取消事由 | 判断せず |
| 裁量棄却 | 判断せず |
この表は、判決本文に基づいて当事務所が作成したものです。
判断の射程
以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。判決が述べた事項と区別してお読みください。
参考となる点
- 経営を譲った旧経営者が、自ら作出に関与した決議の効力を争うことは、訴権の濫用とされ得ること。判決は、前代表取締役が契約上、後継者を取締役に選任する株主総会を開いて賛成する義務を負い、自ら議事録の作成や登記に関与していたのに、経営支配権を取り戻す目的で決議の不存在を主張することは、それまでの言動と矛盾するとしました。株主総会の手続に不備があったとしても、その不備を作った側が不備を理由に決議の効力を争うことは、許されない場合があることを示しています。
- 旧経営者の側近である株主にも、同じ評価が及び得ること。株主TNB氏は契約の当事者ではありませんでしたが、承継に異論を述べず、自ら議事録を作成し登記手続を行ったことから、前代表取締役と同様に訴えを却下されました。
- 後継者の代金の一部の不払いがあっても、直ちに訴権の濫用の評価は覆らないこと。判決は、後継者が少なくとも3,700万円という相応の対価を支払っていたことを指摘し、1億円の不払いについては、旧経営者側が契約直前の手形債務を開示していなかったことが主要な端緒であるとして、特段の事情に当たらないとしました。売主側が保証に反する事実を開示していなかったことが、売主側に不利な事情として考慮されています。
- 経営承継の実態が、関係者への周知や社内での処遇によって裏付けられたこと。判決は、契約書が全役員の確認を経て作成されたこと、株主・役員に後継者の社長就任を知らせて異論がなかったこと、従業員に後継者を社長として紹介したことを、訴権の濫用の判断の基礎としました。会社の側では、経営承継の経緯を示すこうした事実が、後に決議の効力を争われたときの重要な資料になり得ます。
- 経営再建のためという目的だけでは、訴えの正当化の根拠にならないこと。判決は、経営支配権の再取得が会社の経営再建のためであったとしても、後継者との関係で信義に反しないと直ちに評価する根拠にはならないとしました。
一般化できない点
- 本判決は、訴権の濫用だけを判断して訴えを却下したものです。平成27年8月6日に株主総会が実際に開催されたか、招集通知の欠落があったか、本件決議が不存在であるかについては判断していません。株主総会を開かずに議事録を作成しても決議の効力が認められる、という趣旨の判決ではありません。
- 前代表取締役HKM氏が現在も株主であるか(本件契約1の解除が有効か)、後継者WTS氏に1億円の支払義務の不履行があるかについても、判断されていません。株式譲渡の契約の解除や代金をめぐる紛争は、本判決とは別に争われる余地があります。
- 訴権の濫用の判断は、契約上の株主総会開催の義務、承継の容認と周知、議事録の作成と登記への深い関与、経営支配権の再取得という目的、後継者が相応の対価を支払っていたことなど、本件の具体的な事情を総合したものです。旧経営者の関与がない場合や、後継者が対価を全く支払っていない場合、決議の手続に関与していない他の株主が訴えを提起した場合の評価は、本判決からは分かりません。
- 判決は、1億円の不払いの評価にあたり、手形債務の不開示によって金額の相当性に影響が生ずる「可能性」があることを指摘したにとどまり、表明保証の違反の成否や、その効果を判断したものではありません。
- 控訴の有無及び確定は確認できていません。
事業承継の後に決議の効力を争われた会社が確認しておきたいこと
本判決を踏まえると、株式譲渡による事業承継の後に、旧経営者側や少数株主から株主総会決議の効力を争われた会社の側では、まず、株式譲渡の契約で旧経営者がどのような義務(株主総会の招集、議案の提出、賛成等)を負っていたか、承継が株主・役員・従業員にどのように周知されたか、議事録の作成や登記手続を誰が行ったか、訴えの目的が何かを、契約書、議事録、社印の管理の記録、社内での紹介の経緯などの資料で確認しておくことが大切です。あわせて、旧経営者側が開示していなかった債務の有無や、代金の支払状況とその理由も整理しておく必要があります。他方で、本判決は決議の手続の瑕疵を問題にしなかったわけではなく、判断しなかったにすぎません。事業承継の際には、そもそも招集手続を踏んだ株主総会を開催し、議事録と登記を手続どおりに整えておくことが、後の紛争を避けるための基本となります。
よくあるご質問
会社を譲った前の社長が、後継者の取締役選任決議は存在しないとして訴えてくることはありますか。
あります。本判決の事件では、株式を後継者に譲渡して代表取締役の地位を引き継がせた前代表取締役が、後継者を取締役に選任した株主総会決議の不存在確認又は取消しを求めて、会社を相手に訴えを提起しました。判決は、この訴えが経営支配権を取り戻す目的で提起されたものであり、前代表取締役自身が決議の外観の作出に深く関与していたことなどから、訴権の濫用に当たるとして却下しました。
後継者が契約上の代金の一部を支払っていない場合でも、前の社長の訴えは訴権の濫用になりますか。
本判決では、後継者が本件契約2の1億円を支払っていませんでしたが、判決は、後継者が少なくとも3,700万円という相応の対価を支払っていたこと、1億円の不払いは前代表取締役側が契約直前の手形債務を開示していなかったことを主要な端緒とするものであることから、訴権の濫用の評価を覆す特段の事情には当たらないとしました。不払いの理由や経緯によって評価が変わり得るため、事案ごとの検討が必要です。
訴えが却下されたということは、株主総会決議が有効と認められたということですか。
そうではありません。訴えの却下は、訴えが不適法であるとして、決議が存在するか、取り消すべき瑕疵があるかに立ち入らずに訴訟を終わらせるものです。本判決は、株主総会が実際に開かれたかや招集手続の瑕疵の有無について判断していません。
旧経営者ではない少数株主が訴えを提起した場合も、訴権の濫用になりますか。
本判決では、前代表取締役とともに訴えを提起した株主(元総務部長)の訴えも却下されました。この株主は、後継者の承継に異論を述べず、自ら株主総会議事録を作成し、登記手続を行っていたことが考慮されています。決議の手続に関与していない少数株主が訴えを提起した場合の評価は、本判決からは分かりません。
事業承継の際に株主総会の手続を省略しても、後で争われなければ問題はありませんか。
本判決は、手続の瑕疵が問題にならないと判断したものではありません。本判決の事件では、旧経営者側が決議の外観の作出に深く関与していたという事情があったために訴えが却下されましたが、他の株主から争われる場合や、事情が異なる場合には、決議の効力が否定されるおそれがあります。事業承継の際には、招集手続を踏んだ株主総会を開催し、議事録と登記を整えておくことが大切です。
関連する記事と御相談のご案内
株式譲渡による事業承継の後に、旧経営者や少数株主から株主総会決議の効力を争われた場合は、株式譲渡の契約の条項、株主総会・取締役会の議事録の作成の経緯、登記手続を行った者、社内外への周知の経過、代金の支払状況と未開示の債務の有無を整理し、訴えの適法性と決議の効力の両面から検討することが大切です。M&A・事業承継の前後の株主の整理についてはM&A・事業承継前の株主整理に関する御相談で御案内しています。少数株主対策・スクイーズアウトに関するほかの裁判例は、少数株主対策・スクイーズアウトの裁判例の解説記事一覧をご覧ください。
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この記事の位置付け
株式譲渡で後継者に経営を承継した後に、前代表取締役と株主である元総務部長から後継者の取締役選任決議の効力を争われた事件の判決を、訴権の濫用による却下の理由に沿って、会社の側に向けて解説します。
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