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株式譲渡の効力を争っていた売主株主の譲渡所得の収入すべき時期―東京地方裁判所平成24年8月30日判決

公開 2012年8月30日

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非上場会社の株式を、総額125億円・36回の分割払で米国法人に売却したオーナー側の株主2名が、売却直後に買主の素性に疑問を抱き、譲渡は不存在又は無効であると争ったまま、売却した年の所得税の確定申告で株式の譲渡所得を計上しなかった場面の判例です。東京地方裁判所平成24年8月30日判決は、譲渡の合意は有効に成立して株主の地位も移転しており、譲渡所得の収入すべき時期は合意が成立した平成17年であると判断しました。平成19年に買主との間で結び直した新しい株式譲渡契約も、平成17年分の納税義務に影響しないとし、過少申告加算税についても「正当な理由」を認めず、株主側の請求をいずれも棄却しました。

本記事では、判決が、(1) 分割払の株式譲渡でいつ譲渡所得が生じるか、(2) 錯誤・詐欺の主張をどの国・州の法律で判断するか、(3) 後に契約を結び直した場合に過去の年の課税がどうなるか、(4) 買主による代金の差引きが収入金額を減らすか、(5) 契約の効力を争っていたことが過少申告加算税の「正当な理由」になるか、という各点をどのように判断したかを整理します。非上場株式を売却する側のオーナー経営者・株主にとって、契約の効力の争いと税務申告とを切り離して考える必要があることを示した判決です。

Contents
  1. 裁判例の基本情報
  2. 当事者の表記
  3. 事案の概要―125億円・36回分割払の株式譲渡と、その直後の紛争
    1. 対象会社の経営から退く株主2名に、株式の売却が持ち掛けられた
    2. 買主の調査をしないまま、合意書に署名した
    3. 譲受人の法人登録が見当たらないことが判明し、原告らは譲渡の効力を争った
    4. 他方で、原告らは送られてきた小切手を受け取り、自己の用途に充てていた
    5. 平成17年分の申告では譲渡所得を計上せず、平成19年に契約を結び直した
  4. 事案の経緯の時系列
  5. 判断の前提となった合意書の条項
    1. 合意書1項―所有権の移転時期
    2. 合意書2項―36回の分割払
    3. 合意書4項・5項―転売・担保設定と、債務不履行時の株式による相殺
    4. 合意書6項・7項―代金の算定根拠、リスケジュール、外部利益留保先との取引
    5. 合意書13項―準拠法及び裁判管轄
  6. 当事者の請求と主要な主張
    1. 原告らの請求
    2. 争点ごとの主張
  7. 結論を左右した争点
  8. 裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み
    1. 権利確定主義―譲渡所得は権利が相手方に移転した時に生じる
    2. 分割払でも、譲渡の年に全額が収入となる
    3. 株主の地位は平成17年に移転していた
  9. 各主張を採用し又は排斥した理由
    1. 準拠法―当事者がそろって日本法と主張しても、裁判所は拘束されない
    2. 州PRVの法による詐欺―虚偽表示はあったが、要件を満たさない
    3. 日本法による場合も、錯誤・詐欺は成立しない
    4. 平成19年契約による結び直し―平成17年分の納税義務に影響しない
    5. 代金の差引き―減額ではなく、支払経路の変更にすぎない
    6. 過少申告加算税―契約の効力を争っていたことは「正当な理由」にならない
  10. 主文及び結論
  11. 判断の射程―参考となる点と一般化できない点
    1. 参考となる点
    2. 一般化できない点
  12. よくあるご質問
    1. 株式を売却した後、買主との間で契約の無効を争っています。売却した年の確定申告で譲渡所得を計上しなくてもよいですか。
    2. 株式の代金を何年かに分けて受け取る場合、所得税はいつ課税されますか。
    3. 代金の一部が支払われなくなった場合、既に課税された所得税はどうなりますか。
    4. 後から買主と新しい株式譲渡契約を結び直せば、最初の年の課税はなくなりますか。
    5. 買主の説明が事実と違っていた場合、株式の売却を取り消すことはできますか。
  13. 関連する記事と御相談のご案内

裁判例の基本情報

裁判所 東京地方裁判所民事第2部
裁判日 平成24年8月30日
事件番号 平成21年(行ウ)第455号、平成21年(行ウ)第467号
裁判の形式 判決
審級 第一審(行政事件訴訟。被告は国)
結論 原告ら(株式を売却した株主2名)の請求をいずれも棄却。訴訟費用は原告らの負担
上訴の状況 上訴の有無及び確定は確認できていません

この表は、判決本文の冒頭及び末尾の記載に基づいて当事務所が作成したものです。

当事者の表記

判決に出てくる会社名・氏名は、本記事独自のイニシャルに置き換えています。判決が用いた符号(原告を示す記号、関係者を示すアルファベット、州名を示す記号等)も、そのままでは使わず、次の表記に置き換えています。判決本文を引用する部分でも同じ表記に置き換え、置き換えた箇所を〔 〕で示しています。

本記事の表記 立場
売主である元取締役ARK氏 原告。対象会社EHSの発行済株式800株のうち300株を保有していた取締役。卸売会社GKWの代表取締役でもありました
売主である元取締役BSN氏 原告。対象会社EHSの株式200株を保有していた取締役。卸売会社GKWの取締役でもありました
国(所轄の税務署長) 被告。処分行政庁である税務署長が所属する国です
栄養補助食品販売会社EHS(対象会社EHS) 株式が売却された非上場の株式会社。栄養補助食品の連鎖販売取引等を営み、定款で株式の譲渡に取締役会の承認を要するとしていました
代表取締役OKD氏 対象会社EHSの代表取締役で、残りの300株を保有していた株主。原告らに株式の売却を持ち掛けました
栄養補助食品卸売会社GKW(卸売会社GKW) 原告ら及びOKD氏が役員・株主であった会社。対象会社EHSの仕入れに介在していました
商品の仕入先FKN 対象会社EHSが卸売会社GKWを通じて商品を仕入れていた会社
米国法人の投資会社VCR 株式の譲受人。株主名簿に株主として記載され、その後の譲渡代金の支払を行いました
米国法人KLW 投資会社VCRとともに合意書の譲受人とされた会社。以下、2社を合わせて「譲受人VCRら」といいます
米国の上場会社RVN(RVNグループ) 米国の株式市場に上場している会社と、これを中心とする企業グループ。原告らは、譲受人VCRらがこのグループに属すると説明を受けていました
譲受人側の会長WLS氏 譲受人VCRらの代表者
譲受人側の日本代表YSD氏 譲受人VCRらの日本における代表者。投資会社VCRの副社長
譲受人側の役員BRK氏 YSD氏とともに米国法人KLWの株式を上場会社RVNから買い受けた人物
譲受人側の関係者CHN氏 投資会社VCRの役員で、OKD氏の解任後に対象会社EHSの取締役に就任した人物
新たな仕入会社WPR 卸売会社GKWに代わって対象会社EHSの商流に入る予定だった会社
州STA 合意書の前文で、譲受人VCRらの設立の準拠法として記載されていた米国の州
州PRV 譲受人VCRらが実際に設立の準拠法としていた米国の州
持株会社NXH 平成20年に投資会社VCRから対象会社EHSの全株式を買い受けた会社

原告ら及び譲受人VCRらの代理人等として登場する弁護士は、氏名ではなく「原告らが依頼した弁護士」「譲受人側の代理人弁護士」等と役割で表記しています。

事案の概要―125億円・36回分割払の株式譲渡と、その直後の紛争

対象会社の経営から退く株主2名に、株式の売却が持ち掛けられた

対象会社EHSは、栄養補助食品の連鎖販売取引等を営む非上場の株式会社です。発行済株式の総数は800株で、元取締役ARK氏が300株、元取締役BSN氏が200株、代表取締役OKD氏が300株を保有し、3名は取締役兼株主として協力して経営していました。3名は、対象会社EHSの仕入れに介在してその利益を社外に留保していた卸売会社GKWの役員・株主でもありました。

判決が認定したところでは、対象会社EHSは国税当局の税務調査を受けて法人税の修正申告をし、これに関連して対象会社EHSと3名は罰金刑の言渡しを受けました。営業に支障が生じたことから、原告ら2名は責任を取って経営から退くこととし、平成17年7月中旬頃、同年8月末日をもって取締役を辞任する旨をOKD氏に届け出ました。OKD氏は、当面、会社に残ることになっていました。

平成17年8月18日頃、OKD氏は原告らに対し、自らの保有株式を譲受人VCRらに売却することを検討しているが、譲受人VCRらは対象会社EHSの全株式を取得したいと言っているので、原告らも一緒に売却してほしいと持ち掛けました。その際、OKD氏は、譲受人VCRらは米国の株式市場に上場しているRVNを中心とするRVNグループに属する法人であると説明し、譲受人側の会長WLS氏との会談録を示しました。

買主の調査をしないまま、合意書に署名した

原告らは、OKD氏の説明を聞いただけで直ちに譲受人VCRらの支払能力に問題はないと考え、OKD氏も株式を譲渡して経営を退くということから、株式を譲渡することとしました。原告らは弁護士に依頼して契約の内容のリーガルチェックを受け、契約の内容を確定させましたが、この段階では、譲受人VCRらの事業内容や財務状況、系列関係等を調査して支払能力の有無を判断することはしませんでした。

原告らは、平成17年9月16日、株式を1株当たり2,500万円で譲受人VCRらに譲渡する旨の同年8月31日付け合意書に署名して、日本代表YSD氏に交付し、YSD氏は同年9月23日、WLS氏名義の署名がある合意書を原告らに送付しました。これにより、ARK氏の300株(代金75億円)とBSN氏の200株(代金50億円)について、合計125億円の譲渡合意が成立しました(以下「本件譲渡合意」といいます)。原告らは平成17年8月31日付けで対象会社EHSの取締役を退任しました。対象会社EHSは同年9月15日の取締役会で譲渡を承認し、投資会社VCRは同年8月31日付けで株主名簿に株主として記載されました。

譲受人の法人登録が見当たらないことが判明し、原告らは譲渡の効力を争った

原告らが依頼した弁護士が平成17年10月頃に州STAの州政府に照会したところ、州政府は同月18日及び19日、譲受人VCRらはその州の登録法人の中に見当たらない旨の文書を発行しました。後に、投資会社VCRは合意書の締結後である平成17年10月24日に州PRVの法律に基づいて設立されたこと、米国法人KLWは州PRVの法律に基づいて設立されていたものの、税金の未納により設立許可が無効となっており、平成17年10月25日付けでさかのぼって回復されたこと、投資会社VCRはRVNグループと一切関係がなく、米国法人KLWも平成16年の第3四半期頃に上場会社RVNがその株式をYSD氏及びBRK氏に売却したことで、合意の当時は同グループと関係がなくなっていたことが判明しました。

原告らの代理人弁護士は、平成17年10月20日頃及び同月24日付けの通知で、譲受人VCRらに対し、本件譲渡合意は成立しておらず、又は無効であると通知しました。原告らは、株主総会での議決権行使を求める仮処分、取締役の職務執行停止の仮処分、株主総会決議取消しの訴え等を申し立て、提起しましたが、職務執行停止の仮処分は平成18年7月25日に却下され(本件譲渡合意は有効に成立しているとの理由)、東京高等裁判所も同年10月27日に即時抗告を棄却しました。原告らは平成19年1月10日に決議取消しの訴えを取り下げています。

他方で、原告らは送られてきた小切手を受け取り、自己の用途に充てていた

投資会社VCRは、平成17年10月31日以降、譲渡代金の支払の趣旨で小切手を送付しました。その際、卸売会社GKWを経由した送金分、原告らの退職金相当額の返還請求権との相殺分を差し引き、平成18年5月頃からは対象会社EHSの経常利益が30%以上悪化したとして支払回数を72回に変更しました。原告らが受け取った小切手の合計は、ARK氏が30億1,172万4,984円、BSN氏が20億3,435万9,284円でした(ドル建ての小切手は1ドル118円で換算)。ARK氏は一部を有価証券の購入や卸売会社GKWの借入金の返済に充て、BSN氏は一部を自宅マンションの購入やARK氏への貸付けに充てました。

平成17年分の申告では譲渡所得を計上せず、平成19年に契約を結び直した

原告らは、譲受人VCRらとの間で本件譲渡合意について係争中であり、その不存在又は無効を主張していたことから、平成17年分の所得税の確定申告では、株式の譲渡所得は発生していないものとして申告しました。

その後、原告らは、平成19年4月15日付けで、投資会社VCRとの間で、本件譲渡合意を無効としたうえで新たに株式を譲渡する株式譲渡契約を結びました(以下「平成19年契約」といいます)。代金は、ARK氏の株式が総額64億7,778万8,400円、BSN氏の株式が総額43億1,852万5,600円とされ、預り済みの金額を充当し、残額を56回に分割して支払うものとされました。

所轄の税務署長は、平成19年11月28日付けで、譲渡所得は平成17年中に発生しているとして、原告らの平成17年分の所得税の更正及び過少申告加算税の賦課決定をしました。投資会社VCRは平成20年9月分の小切手を最後に支払を止め、同年11月1日には対象会社EHSの全株式を持株会社NXHに売却しました。原告らは未払代金(ARK氏34億6,606万3,416円、BSN氏22億8,416万6,316円)を放棄する意思表示をし、代金の一部が回収不能となったことを理由に更正の請求をしたところ、税務署長はこれを一部認めて、平成22年に更正等の一部を取り消しました。原告らは、一部取消し後の更正等の取消しを求めて提訴しました。

事案の経緯の時系列

日付 出来事(判決本文の前提事実及び認定事実による)
平成16年頃 上場会社RVNが米国法人KLWの株式をYSD氏及びBRK氏に売却(第3四半期頃)。米国法人KLWは同年3月1日付けで税金の未納により設立許可が無効に
平成17年7月中旬頃 原告らが、同年8月末日で対象会社EHSの取締役を辞任する旨をOKD氏に届出
平成17年8月15日 OKD氏とWLS氏らのミーティング(WLS氏の宣誓供述書及びOKD氏が示した会談録の記載による)
平成17年8月18日頃 OKD氏が原告らに株式の売却を持ち掛け、譲受人VCRらはRVNグループに属すると説明
平成17年8月31日 合意書の日付。原告らが対象会社EHSの取締役を退任。投資会社VCRが同日付けで株主名簿に記載される
平成17年9月15日 対象会社EHSの取締役会が株式の譲渡を承認
平成17年9月16日 原告らが合意書に署名してYSD氏に交付
平成17年9月23日 YSD氏がWLS氏名義の署名のある合意書を原告らに送付し、本件譲渡合意が成立
平成17年10月5日 対象会社EHSの臨時株主総会でOKD氏が取締役に重任、原告らに退職金を支給しない旨を決議(投資会社VCRが議決権を行使)
平成17年10月18日・19日 州STAの州政府が、譲受人VCRらは登録法人の中に見当たらない旨の文書を発行
平成17年10月20日頃 原告らの代理人弁護士が、本件譲渡合意は不成立又は効力が生じていない旨を通知。同日付けで投資会社VCRが卸売会社GKW経由の送金に関する「初回送金額について」を通知
平成17年10月24日 投資会社VCRが州PRVの法律に基づき設立される。原告らの代理人弁護士が錯誤無効等を通知
平成17年10月25日 米国法人KLWの設立許可がさかのぼって回復される
平成17年10月31日以降 投資会社VCRが譲渡代金の支払の趣旨で小切手を送付
平成17年11月 原告らが議決権行使を求める仮処分を申し立てる(2日)が、定時株主総会の開催(4日)を受けて取下げ(16日)。譲受人側の代理人弁護士が本件譲渡合意は有効と回答(17日)
平成17年12月 原告らが取締役の職務執行停止の仮処分を申し立て(12日)、株主総会決議取消しの訴えを提起(27日)
平成18年1月まで 卸売会社GKWが対象会社EHSの取引に介在
平成18年1月・5月 ARK氏が受領金の一部で有価証券を購入、BSN氏が自宅マンションを購入しARK氏に貸付け
平成18年2月・3月 OKD氏が代表取締役・取締役を解任され、CHN氏が取締役に就任。投資会社VCRが退職金相当額の返還請求権を譲り受け、譲渡代金債権との相殺を通知
平成18年5月頃 投資会社VCRが、経常利益の悪化を理由に支払を72回払に変更する旨を通知
平成18年7月25日 東京地方裁判所が職務執行停止の仮処分の申立てを却下(本件譲渡合意は有効に成立しているとの理由)
平成18年10月27日 東京高等裁判所が即時抗告を棄却
平成19年1月10日 原告らが株主総会決議取消しの訴えを取下げ
平成19年4月15日 原告らと投資会社VCRが平成19年契約を締結
平成19年11月28日 所轄の税務署長が平成17年分の所得税の更正及び過少申告加算税の賦課決定
平成20年9月・11月 投資会社VCRが9月分の1,500万円の小切手を最後に支払を停止。11月1日に対象会社EHSの全株式を持株会社NXHに売却
平成22年 原告らが代金の回収不能を理由に更正の請求(ARK氏1月15日、BSN氏7月5日)。税務署長が一部を認めて再更正等(ARK氏5月31日、BSN氏8月13日)
平成24年8月30日 東京地方裁判所が原告らの請求をいずれも棄却する判決

判断の前提となった合意書の条項

以下は、判決本文が本件譲渡合意について「要旨次のとおりの約定がある」として整理した記載に基づくものです。合意書の原文をそのまま再現したものではありません。当事者の呼称は本記事の表記に置き換えています。

合意書1項―所有権の移転時期

対象となる資産は、原告らの保有する株式である。株式の所有権は、この合意書にサインされた日付から譲受人VCRらに引き継がれ、同時に、原告らは、対象会社EHSの株主責任について免責される。

判決は、この条項を、株券の占有改定(後述)を認める根拠の一つとしています。

合意書2項―36回の分割払

譲受人VCRらは、原告らに対する株式の譲渡代金の支払を毎月末日限り36回に分割してする。ARK氏に対しては、第1回(平成17年10月分)から第6回(平成18年3月分)まで2億5,000万円ずつ、第7回(同年4月分)から第36回(平成20年9月分)まで2億円ずつの合計75億円。BSN氏に対しては、第1回から第36回までの合計50億円。

合意書4項・5項―転売・担保設定と、債務不履行時の株式による相殺

投資会社VCRは、株式の転売、担保権設定を行う場合であっても、原告らの同意を必要としない。ただし、これらの行使は、原告らへの支払済みの債務相当分に限定される。投資会社VCRに原告らへの債務不履行が生じたときは、投資会社VCRは、その残債務相当額を買い取った株式で返却して相殺する権利を有する。

合意書6項・7項―代金の算定根拠、リスケジュール、外部利益留保先との取引

株式の譲渡代金の金額の基となる評価算定は、対象会社EHSの2005年会計年度の経常利益に、退任する役員の報酬のほか、海外子会社、関係仕入先など外部利益留保の想定額を連結して算定したものであり、合意の締結後、対象会社EHSの経常利益が30%以上悪化した場合、投資会社VCRは、全ての履行について120か月を上限にリスケジュールする権利を有する。合意の締結と同時に、原告らは、対象会社EHSと原告ら自らが関係する仕入会社(外部利益留保先)との取引における利益を失う。

非上場株式の譲渡代金が、経常利益に役員報酬や外部に留保された利益の想定額を加えて算定されていたことが分かります。この条項は、後述の「代金の減額」の主張で原告らが根拠として援用しました。

合意書13項―準拠法及び裁判管轄

合意は、合衆国及び英国連邦政府の法律に管轄され、かつ、他の法律との利害対立の原則に影響を及ぼすことなく解釈されるものとする。全ての団体は、取消不能かつ無条件で合衆国及び英国連邦政府の裁判所に司法管轄権を委ねることに合意する。

判決本文の要旨には、このほか、合意は日本語により締結され、英訳は参照用にすぎない旨の条項(15項)もありました。13項の文言は、当初の案では州STAの法律と裁判所を指定するものでしたが、譲受人側が当事者とする法人を決め切れなかったことから変更されたものと認定されています。

当事者の請求と主要な主張

原告らの請求

原告らは、国を被告として、平成17年分の所得税の更正(一部取消し後のもの)のうち一定の金額を超える部分と、過少申告加算税の賦課決定(一部取消し後のもの)の取消しを求めました。取消しを求めた範囲の基準として原告らが示した金額は、次のとおりです。

項目 ARK氏 BSN氏
総所得金額 6億3,416万1,488円 3億3,080万4,275円
株式等に係る譲渡所得等の金額 29億7,283万5,564円 20億843万3,004円
納付すべき税額 4億2,101万6,700円 2億8,398万9,700円

原告らは、本来は譲渡所得は平成17年には生じておらず、更正は全部違法であるが、上記の金額を超える部分に限って取消しを求めるとしていました。上記の金額は、仮に平成17年に譲渡所得が生じるとしても、後述の代金の減額を反映すべきであるという予備的な主張を前提とする金額です。過少申告加算税の賦課決定については全部の取消しを求めました。

争点ごとの主張

論点 原告ら(売主である株主2名)の主張 国の主張
収入すべき時期 本件譲渡合意の意思表示は、要素の錯誤により無効か、詐欺により取り消された。株式は平成19年契約で譲渡したのであり、収入すべき時期は平成19年である。平成17年分の株式の譲渡所得は零円である 所得税法は権利確定主義を採用しており、譲渡所得は所有権その他の権利が相手方に移転した時を基準とする。株式の所有権は平成17年中に移転しており、収入すべき時期は平成17年である
錯誤無効 代金が分割払(後払)の場合、譲受人の素性や支払能力は意思決定の最も重要な要素である。譲受人VCRらは州STAに登録されておらず、RVNグループにも属していなかった 判決本文の要旨には、この点に関する国の個別の反論は記載されていません
詐欺取消し OKD氏はWLS氏らと共謀して実体のない法人による架空の買収話を作り出し、RVNグループに属する旨や、自らも株式を譲渡して経営を退く旨の虚偽の事実を告げた。平成17年10月24日に取消しの意思表示をした 同上
総収入金額に算入すべき金額 仮に平成17年分としても、卸売会社GKWが商流に残った期間の利益分(ARK氏7億3,137万1,600円、BSN氏4億7,231万4,400円)は、合意書6項・7項に基づき、又は黙示の合意により代金が減額された。減額しないと卸売会社GKWへの法人税等との二重課税になる 分割払の場合も、譲渡の時に確定した収入すべき金額の全額を算入すべきであり、ARK氏75億円、BSN氏50億円である。回収不能となった部分は、所得税法64条1項の特例でなかったものとみなされている
過少申告加算税の「正当な理由」 株式を詐取されたと考え、取り戻すことに必死になっていたのであり、譲渡代金を受領する立場にあると認識することは不可能であった 原告らは送付された小切手を換金し、株式やマンションの購入等に充てていた。真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情はない

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

結論を左右した争点

判決は、争点を、(1) 株式の譲渡に係る譲渡所得の収入金額の収入すべき時期は平成17年か、(2) 平成17年分の総収入金額に算入すべき金額はARK氏75億円、BSN氏50億円か、(3) 国税通則法65条4項の「正当な理由」があるか、の3点に整理しました。

結論を左右したのは、第1の争点の中で検討された次の2点です。

  1. 本件譲渡合意が有効に成立し、平成17年中に株主の地位が譲受人VCRらに移転したか。そのために、錯誤・詐欺の主張をどの法律に基づいて判断するか(準拠法)が問題となりました。
  2. 平成19年に本件譲渡合意を無効として新たに株式譲渡契約を結んだことが、平成17年分の納税義務に影響するか。

この2点で原告らの主張が退けられたことにより、収入金額の全額算入(第2の争点)と、過少申告加算税(第3の争点)の判断も、原告らに不利な方向で行われました。

裁判所が認定した重要な事実と判断の枠組み

権利確定主義―譲渡所得は権利が相手方に移転した時に生じる

判決は、所得税法36条1項が収入金額を「その年において収入すべき金額」と定めていることから、現実の収入がなくても収入の原因となる権利が確定的に発生した時の年分の所得とする、いわゆる権利確定主義を採用していると解しました。そして、資産の譲渡による代金債権は資産の所有権その他の権利が相手方に移転した時に確定的に発生するとして、次のとおり述べました。

「譲渡所得の収入金額の収入すべき時期は、当該資産の所有権その他の権利が相手方に移転した時であり、当該譲渡所得の収入金額は、当該資産の所有権その他の権利が相手方に移転した時の属する年分のそれとし、又は同年分の総収入金額に算入すべきものであると解するのが相当である」

判決は、権利確定主義のもとでは、代金が後に回収不能となった場合に現実の収入がないのに課税されるおそれがあるが、その不都合は、所得税法64条1項及び152条の所得計算と更正の請求の特例によって調整が図られているとも述べています。

分割払でも、譲渡の年に全額が収入となる

判決は、譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによる増加益を、資産が所有者の支配を離れる機会に清算して課税する趣旨のものであるとして、次のとおり述べました。

「資産が代金の支払方法につき長期にわたる割賦弁済によるものとする約定の下に譲渡された場合であっても、その収入の原因たる権利が確定的に発生した時の属する年に譲渡所得の全部が発生したものとしてその年分の所得の金額を計算し、所得税を課税すべきものであると解するのが相当である」

株主の地位は平成17年に移転していた

判決は、平成17年当時の株式譲渡の要件に沿って、次の事実を認定しました。株券の交付については、平成17年法律第87号による改正前の商法205条1項が適用されています。

  • 合意の成立。WLS氏の宣誓供述書には署名の権限を与えていない旨の記載がありましたが、YSD氏は譲受人VCRらの日本における代表者であり、同じ供述書には英訳を見て署名してよいと述べた旨や、頼まれれば署名代行の権限を与えていただろうと述べた旨の記載もあることから、YSD氏には署名の権限があったか、少なくともWLS氏が平成17年10月末頃に追認したと認定しました。
  • 発行済みの株券。ARK氏の150株、BSN氏の100株については株券が発行されて原告らが所持しており、現実の引渡しはされていませんでした。判決は、合意書1項の約定から、原告らは以後譲受人VCRらのために占有する意思を表示し、占有改定(民法183条)により株券を交付したと認定しました。原告らは、締結直後から効力を争っていたのだから占有改定の意思はないと主張しましたが、判決は、その事実は締結当時に占有改定の意思表示がされたとの認定を妨げないとしました。
  • 株券未発行の株式。残りの株式(ARK氏の150株、BSN氏の100株)は株券未発行でしたが、取締役会の承認、株主名簿の記載、投資会社VCRによる臨時株主総会・定時株主総会での議決権の行使、対象会社EHSが投資会社VCRに配当金の支払債務を負うものとして相殺したことなどから、株主の地位は実質的に移転したと認定しました。
  • 取締役会の承認。定款上の譲渡制限について、平成17年9月15日の取締役会で承認がされていました。

こうして判決は、株式の譲渡に係る譲渡所得の収入すべき時期は、本件譲渡合意が締結された平成17年9月23日であると判断しました。

各主張を採用し又は排斥した理由

準拠法―当事者がそろって日本法と主張しても、裁判所は拘束されない

原告らは錯誤と詐欺を主張しましたが、判決は、日本国籍の原告らと米国の州法に基づいて設立された法人との合意であることから、まず準拠法を決める必要があるとしました。注目されるのは、原告らも国も、準拠法は日本法であると主張して争いがなかった点です。判決は、次のように述べて、この一致に拘束されないとしました。

「準拠法の決定は、法令の解釈適用に関する法律問題であり、弁論主義の妥当する範囲の中には含まれないから、裁判所は、当該法律行為の成立の準拠法について自白が成立している場合であっても、それには拘束されず、当該事案の具体的な事実関係の下で客観的に法令を解釈適用し、当該法律行為の成立の準拠法を決定しなければならないというべきである」

そのうえで判決は、法の適用に関する通則法7条(同法施行前の合意ですが、附則2条により同条が適用されるとしています)に基づき、合意書13項の文言と、13項が確定された経緯(譲受人側の代理人弁護士の書面に記載された、当初案からの変更の経緯)を考慮して、当事者は譲り受ける法人の設立準拠法を選択することを合意していたと認定し、準拠法は州PRVの法であると判断しました。

原告らは、13項はどの法を選択するのか明確でないから無効である、合意自体が錯誤・詐欺で無効又は取消しであるから13項も無効であると主張しましたが、判決は、13項の内容は文言と経緯から客観的に確定できるとし、また、準拠法を選ぶ合意は株式譲渡契約そのものとは区別される抵触法上の行為であり、原告らの主張する錯誤・詐欺は株式譲渡契約そのものに関わるものにすぎないとして、退けました。

州PRVの法による詐欺―虚偽表示はあったが、要件を満たさない

原告らは、州PRVの法を前提とする限り錯誤無効は主張しないとしたため、判決は、州PRVの法のもとでの衡平法上の詐欺とコモンロー上の詐欺を検討しました。判決が要件として検討したのは、相手方の虚偽の事実の表示、表意者を行動させる意図、(第三者の場合は)相手方と第三者の共謀、表意者の正当な信頼です。

OKD氏による衡平法上の詐欺について。判決は、OKD氏が、譲受人VCRらはRVNグループに属する法人であり、自らも保有株式を譲受人VCRらに譲渡するという虚偽の事実の表示をしたと認めました。株主名簿上、OKD氏の株式は譲渡された旨の記載がなく、WLS氏の宣誓供述書にも、OKD氏が合意後も会長職にとどまり株主であり続けると述べた旨の記載があったからです。他方で、譲受人VCRらは実体のない法人ではなく、OKD氏から独立した独自の利害をもって経営されていたと認め、OKD氏が譲受人VCRらの意思決定を左右する影響力を持っていたとは認められないとしました。また、OKD氏が、RVNグループに属さないことや、有効に設立されていないことを知っていたとは認められず、共謀も認められないとしました。

さらに、正当な信頼の要件について、判決は、総額125億円もの代金を3年間36回の分割払で受け取る取引では、代金を現実に取得できるかは譲受人の支払能力に懸かっているとして、合理的な人間であれば、自ら又は依頼した弁護士・公認会計士等を通じて譲受人の事業内容、財務状況、系列関係等を調査せずに、OKD氏の説明を直ちに信頼することはしなかったと判断しました。原告らは、8月末までに締結しなければならないと急かされ、調査の時間がなかったと主張しましたが、判決は、売却を聞かされた8月18日頃から署名した9月16日まで1か月程度あったこと、原告らは既に弁護士を関与させており、実際に締結後の照会で問題が判明していることから、締結前に調査することができたとしました。

譲受人VCRらによるコモンロー上の詐欺について。判決は、合意書の前文に州STAの法律で組織化された会社であるという真実と異なる表示が残ったのは、譲受人側が当事者とする法人を決められなかったために13項を変更した際、前文の訂正を失念したためであると認定しました。もっとも、日本代表YSD氏は、投資会社VCRが未設立であり、米国法人KLWは州PRVの法律に基づく法人であることを知りながら、訂正しないまま署名したとして、不作為による虚偽の表示があったと認めました。しかし、設立の準拠法がどの州か、既に設立されているか近く設立される予定かは、それ自体では契約を結ぶかどうかの判断を直ちに左右する事情ではなく(原告らも準拠法をさほど重要とは考えていなかったと認定されています)、表意者を行動させる意図は認められないとしました。米国法人KLWの設立許可が税金の未納で無効となっていた点は判断を左右し得る事情であるとしつつ、譲受人側も当時これを知らなかったとして、虚偽の表示とは認めませんでした。正当な信頼も、上記と同じ理由で否定されています。

日本法による場合も、錯誤・詐欺は成立しない

判決は、念のためとして、準拠法が日本法であった場合も検討しました。ここで適用されたのは、平成29年法律第44号による改正前の民法95条及び96条です。現在の民法では、錯誤の効果は「無効」から「取消し」に改められ、第三者の詐欺についても相手方が知ることができた場合に取り消すことができるとされているため、以下の説示はそのまま現在の法律に当てはまるものではありません。

  • 素性の錯誤。設立の準拠法については、原告らはさほど重要と考えておらず、それを理由に合意を締結したとは認められないとして、動機の錯誤自体を否定しました。
  • 支払能力の錯誤。原告らが、RVNグループに属するとの説明から支払能力があると判断して合意したことは認め、支払能力に関する動機の錯誤はあるとしました。しかし、譲受人の素性や支払能力は、分割払の場合でも意思表示そのものの内容ではなく動機にすぎず、原告らがその動機を意思表示の内容として相手方に表示した事実は認められないとして、要素の錯誤には当たらないとしました。
  • 重大な過失。仮に要素の錯誤に当たるとしても、上記の調査をしなかったことから、原告らには重大な過失があり、自ら無効を主張できないとしました。米国法人の素性の把握は容易でないとの原告らの主張は、締結後に弁護士を通じた照会で問題が判明していることから退けられました。
  • 譲受人VCRらの詐欺。前文の表示を訂正しなかったことや、資本関係がなくなった後も人的なつながりを媒介にRVNグループの一員と称したことについて、判決は、譲受人側の役員構成やRVNの経営陣との関係から、必ずしも取引上の信義にもとるものではなく、違法に虚偽の事実を告知したとまではいえないとしました。
  • OKD氏の詐欺。判決は、OKD氏が、自らは株式を譲渡せず経営にとどまるつもりであるのに、自らも株式を譲渡して経営を退く旨の虚偽の事実を告げ、原告らを錯誤に陥れて意思表示をさせたことを認めました。しかし、これは第三者の詐欺であり、当時の民法96条2項により、相手方がその事実を知っていたときに限り取り消すことができるところ、譲受人VCRらがOKD氏の詐欺を知っていたとは認められないとして、取消しを否定しました。

判決は、以上から、原告らの意思表示に瑕疵があるとはいえず、原告らは平成17年8月31日付けの本件譲渡合意により株式を譲渡したと結論付けました。

平成19年契約による結び直し―平成17年分の納税義務に影響しない

判決は、平成19年契約に本件譲渡合意を無効とする旨の約定があることについて、本件譲渡合意は有効である以上、平成19年契約は本件譲渡合意の効力を遡及的に失わせる合意解除であると解しました。そのうえで、平成17年12月31日の終了の時に成立した納税義務への影響について、次のとおり述べました。

「所得税法が包括的な所得概念を採用していることによれば、所得が実現しているか否かは、その所得が生じた原因の効力の有無により左右されるものではなく、その経済的成果が実現しているか否かにより判断されるべきものであるということができるのであって、所得税の納税義務の成立後に、譲渡所得の金額の計算の基礎となった事実に係る契約が合意解除され、当該契約が遡及的に無効とされた場合であっても、当該契約により生じた経済的成果がその契約の無効であることに基因して失われない限りは、当該譲渡所得は消滅するものではなく、当該譲渡所得に係る所得税の納税義務には何らの影響も及ぼさないものと解すべきである」

本件では、株主の地位を原告らに戻すための譲渡承認や株主名簿の書換え、既払代金の返還はされておらず、かえって平成19年契約は新たに株式を投資会社VCRに譲渡する内容でした。判決は、経済的成果が失われたとは認められないとして、平成19年契約は平成17年分の納税義務に何らの影響も及ぼさないと判断しました。

代金の差引き―減額ではなく、支払経路の変更にすぎない

原告らは、投資会社VCRが平成17年10月20日付け「初回送金額について」と題する書面で、卸売会社GKWに送金した分を差し引くと通知したことにより、合意書6項・7項に基づき、又は黙示の合意により代金が減額されたと主張しました。

判決は、この書面が、10月支払分及び11月支払分について、対象会社EHSから卸売会社GKWへの仕入代金に上乗せして送金したので、これを卸売会社GKWから原告らへ振替支払するよう依頼し、その分を差し引いた額を送金するという内容であったことを認定しました。そして、この通知は代金を減額する趣旨ではなく、代金の一部を卸売会社GKWを経由して支払うので振替送金を依頼する趣旨であることは文言から明らかであるとし、次のとおり判断しました。

「〔投資会社VCR〕が、本件各譲渡合意の定める本件各株式の譲渡代金を減額する趣旨をもって、〔卸売会社GKW〕に送金をしたことは、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない」

二重課税になるとの主張についても、判決は、卸売会社GKWに法人税等が課されるとしても、それは本来されるはずのない課税であり、「その是正は、〔卸売会社GKW〕の関係でされるべきであり、原告らの関係でされるべきではない」としました。あわせて、卸売会社GKWの確定申告書では欠損金となっており、実際に法人税等が課された事実はないことも指摘しています。退職金相当額の返還請求権との相殺分(ARK氏3億円、BSN氏2億円)は、代金の減額ではないから収入金額に影響しないとされ、この点は原告らも争っていませんでした。

こうして判決は、平成17年分の総収入金額に算入すべき金額は、本件譲渡合意で定めた代金の全額、すなわちARK氏75億円、BSN氏50億円であるとしました。そのうえで、その一部(ARK氏34億6,606万3,416円、BSN氏22億8,416万6,316円)は、回収不能となったことにより所得税法64条1項の特例で所得金額の計算上なかったものとみなされ、152条に基づく更正の請求と再更正がされていることを確認しています。

過少申告加算税―契約の効力を争っていたことは「正当な理由」にならない

判決は、国税通則法65条4項(判決当時の規定)の「正当な理由があると認められる」場合とは、次の場合をいうと解しました。

「真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、上記のような過少申告加算税の趣旨に照らしても、なお、納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいう」

判決は、原告らが平成17年10月以降、本件譲渡合意の不存在又は無効を主張して係争中であったことから、譲渡所得は発生していないものとして申告したことは認めました。しかし、ARK氏が受領した小切手金の一部を有価証券の購入や卸売会社GKWの借入金の返済に充て、BSN氏が自宅マンションの購入やARK氏への貸付けに充てていたことから、次のとおり判断しました。

「原告らにおいて、本件各株式が譲渡されたことを前提に、自らが本件各株式の譲渡代金を受領する立場にあると認識することは不可能であったと認めることはできないというべきである」

そして、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になることは、本件全証拠によっても認められないとして、「正当な理由」を否定しました。

主文及び結論

判決の主文は、「原告らの請求をいずれも棄却する。」「訴訟費用は原告らの負担とする。」というものです(「原告ら」は売主である株主のARK氏及びBSN氏を指します)。

判決は、更正(一部取消し後のもの)と過少申告加算税の賦課決定(一部取消し後のもの)は、いずれも適法であるとしました。判決が認めた平成17年分の金額は、次のとおりであり、いずれも更正等の金額と同額とされています。

項目 ARK氏 BSN氏
総収入金額に算入すべき譲渡代金 75億円(うち34億6,606万3,416円は回収不能の特例によりなかったものとみなされた部分) 50億円(うち22億8,416万6,316円は同様)
総所得金額 6億3,416万1,488円 3億3,080万4,275円
株式等に係る譲渡所得の金額 36億5,893万6,584円 24億6,583万3,684円
納付すべき税額 5億2,393万1,800円 3億5,259万9,700円
過少申告加算税の額 7,080万2,000円 4,953万5,000円

この表は、判決本文の「当裁判所の判断」の記載に基づいて当事務所が作成したものです。税額の計算の詳細は判決の別紙によるとされていますが、別紙の内容は本記事では扱っていません。

判断の射程―参考となる点と一般化できない点

以下は、判決の内容を踏まえた当事務所の評価です。判決が述べた事項と区別してお読みください。税務上の具体的な取扱いは、個別の事情と現在の法令によって異なり得るため、実際の申告では税理士と連携して検討する必要があります。

参考となる点

  • 契約の効力を争っていても、譲渡所得の課税時期は先送りされないことがあること。本判決では、売主側が売却直後から譲渡の不存在・無効を主張し、仮処分や訴訟まで起こしていましたが、裁判所は、合意が有効に成立し株主の地位が移転していた以上、譲渡所得は合意の年に生じていると判断しました。非上場株式の売却をめぐって買主と紛争になった場合でも、契約が有効と判断されるリスクを前提に、申告の在り方を検討しておく必要があることを示す一例です。
  • 分割払でも、譲渡の年に代金全額が収入金額になること。本件では、3年間36回の分割払であっても、125億円全額が平成17年分の総収入金額とされました。オーナー経営者が株式を分割払で売却する場合、受け取っていない代金についても譲渡の年に課税される可能性があることを念頭に置き、納税資金の手当てを含めて契約条件を検討することが重要になります。
  • 代金が回収できなくなった場合の特例があること。本件では、買主が支払を停止した後、所得税法64条1項・152条の特例に基づく更正の請求が一部認められ、回収不能となった部分が所得金額の計算上なかったものとみなされています。判決も、権利確定主義による不都合はこの特例で調整が図られていると述べています。
  • 後から契約を結び直しても、経済的成果が失われていなければ過去の年の課税は変わらないこと。本判決は、遡及的な合意解除がされても、経済的成果が失われない限り、成立済みの納税義務には影響しないと判断しました。本件では、株主名簿の書換えや既払代金の返還がなく、新しい契約で改めて同じ買主に株式を譲渡していたことが重視されています。
  • 受領した代金を使っていたことは、「正当な理由」を否定する方向に働くこと。本判決は、売主が譲渡の無効を主張しながら、受け取った代金を有価証券や自宅の購入、貸付けに充てていたことを理由に、過少申告加算税の「正当な理由」を否定しました。紛争中の代金の受領と使途は、税務上も評価の対象になることを示しています。
  • 買主の素性と支払能力の調査が重要であること。本判決は、高額の分割払の取引で買主の調査をしなかったことを理由に、詐欺における正当な信頼を否定し、錯誤についても重大な過失を認めました。非上場株式を売却する側にとっても、買主の調査は、代金回収のためだけでなく、後に契約の効力を争う場面でも重要な意味を持つといえます。
  • 譲渡代金の差引きが「減額」か「支払経路の変更」かは、書面の文言で判断されること。本判決は、買主の通知書の文言から、代金の減額ではなく関係会社を経由した支払と認定しました。オーナーが関係する会社の取引を整理する際の代金調整は、減額か否かを書面で明確にしておくことが、課税の場面でも意味を持つと考えられます。

一般化できない点

  • 本判決は、合意の有効な成立、株券の占有改定、株主名簿の記載、議決権の行使、代金の受領と使途といった本件の具体的な事実に基づく判断です。契約が実際に無効と判断された事案や、株式が売主に戻り代金が返還された事案では、結論が異なり得ます。
  • 本件の株式譲渡には、平成17年法律第87号による改正前の商法(株券の交付を譲渡の効力要件とする205条1項等)が適用されています。現在の会社法のもとで株券不発行会社の株式を譲渡する場合には、譲渡の効力発生の要件や時期の考え方が異なるため、本判決の説示をそのまま当てはめることはできません。
  • 錯誤・詐欺の判断は、主として州PRVの法に基づくもので、日本法による検討は「念のため」として行われたものです。日本法の検討も、平成29年の改正前の民法95条・96条によっています。
  • 過少申告加算税の「正当な理由」の判断は、判決当時の国税通則法65条4項に基づくものです。現在の条文の構成や内容は、別に確認する必要があります。
  • 判決は、非上場株式の価額の評価(時価の算定方法)については判断していません。本件の代金は当事者間で定められた金額であり、本判決から非上場株式の評価方法について一般的な結論を導くことはできません。
  • 本記事は第一審判決のみを素材としています。上訴の有無及び確定は確認できていません。

よくあるご質問

株式を売却した後、買主との間で契約の無効を争っています。売却した年の確定申告で譲渡所得を計上しなくてもよいですか。

本判決では、売主側が契約の不存在・無効を主張して係争中であったことを理由に譲渡所得を計上しなかったところ、裁判所は契約が有効に成立していたとして、売却した年の譲渡所得と判断し、過少申告加算税も適法としました。契約の効力の見通しと申告の方法は、弁護士と税理士が連携して検討する必要があります。

株式の代金を何年かに分けて受け取る場合、所得税はいつ課税されますか。

本判決は、長期の分割払の約定で資産が譲渡された場合でも、収入の原因となる権利が確定的に発生した年に譲渡所得の全部が発生したものとして課税すべきであるとしました。本件では、3年間36回払の代金全額が譲渡の年の収入金額とされています。

代金の一部が支払われなくなった場合、既に課税された所得税はどうなりますか。

本件では、買主の支払停止後、売主が未払代金を放棄する意思表示をしたうえで、所得税法64条1項・152条の特例に基づく更正の請求を行い、税務署長がこれを一部認めて再更正をしています。特例の適用の可否や手続の期限は個別の事情によるため、税理士と早めに相談することが大切です。

後から買主と新しい株式譲渡契約を結び直せば、最初の年の課税はなくなりますか。

本判決では、最初の合意を無効とする新しい契約を結んでも、株主の地位が戻されず既払代金も返還されていなかったため、経済的成果は失われていないとして、最初の年の納税義務に影響しないと判断されました。契約を結び直すだけで過去の年の課税が変わるとは限りません。

買主の説明が事実と違っていた場合、株式の売却を取り消すことはできますか。

本判決では、買主の素性について事実と異なる表示や説明がありましたが、売主が買主の支払能力を調査せずに説明を信頼したことなどから、詐欺・錯誤の主張はいずれも認められませんでした。説明をした者が買主以外の第三者である場合には、買主側の認識も問題となります。高額の株式を売却する場合には、締結前に買主の調査を行うことが重要です。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

2024年(令和6年)10月に最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得た弁護士です。長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件にも関与しています。

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