株式買取業者が現れる前に会社が備えておくべき少数株主対策
創業から50年を超える会社で、株主名簿を開いてみると、創業者の兄弟、その子、退職した役員、取引先の先代といった名前が並んでいます。いずれも長年にわたって何も言ってこなかった株主です。配当は10年以上出しておらず、株主総会は書面の回覧で済ませ、決算書は税理士から受け取ったものをそのまま保管しています。会社としては、これまで何の問題も起きていません。
株式買取業者は、こうした会社を選んで接触します。業者が探しているのは、経営に不満のある株主がいる会社ではなく、株主の権利が長く行使されないまま放置されてきた会社です。放置された期間が長いほど、会社が説明することのできない事項が積み上がっており、交渉の材料になるためです。何も起きていないことは、備えができていることを意味しません。
結論から申し上げます。買取業者への備えとは、業者を寄せ付けない仕組みを作ることではなく、株主から権利を行使されたときに、会社が根拠を示して説明することができる状態を、平時のうちに作っておくことです。定款、株主名簿、計算書類、総会の記録という4つの資料が、その中身です。以下、順に御説明します。
本記事が扱う場面と、扱わない場面
対策は、まだ何も起きていない段階のものと、既に何かが起きた段階のものとで、内容が全く異なります。
- まだ請求も接触もない、平時における備え……本記事
- M&A又は事業承継が具体化し、期限までに株式を集約する場面……M&A又は事業承継の前に少数株主を整理して株式を集約する方法
- 既に株主名簿の閲覧及び謄写の請求を受けた場面……少数株主から株主名簿の閲覧及び謄写の請求を受けた会社側の弁護士対応
- 既に業者から通知が届いた場面……株式買取業者から通知が届いた会社が弁護士に依頼するとき 返答の前に確認する事項
買取業者は、名簿の請求から入ってきます
業者が最初に行うのは、少数株主から株式を取得し、株主としての地位を得ることです。次に行うのが、会社法第125条第2項に基づく株主名簿の閲覧及び謄写の請求です。同項は、株主及び債権者は、会社の営業時間内はいつでもこの請求をすることができるとしており、持株の数による制限はありません。1株を取得すれば、請求の資格が備わります。
名簿を得た業者は、他の少数株主に接触し、株式を買い集めます。集まった議決権を背景に、会社法第433条第1項に基づく会計帳簿の閲覧等の請求へ進みます。同項は、総株主の議決権の100分の3以上の議決権を有する株主又は発行済株式の100分の3以上の数の株式を有する株主が、営業時間内はいつでも、請求の理由を明らかにして請求することができると定めています。100分の3という数字は、少数株主を数名まとめれば届く水準です。
したがって、備えの出発点は、名簿を渡さないという発想ではなく、渡しても次に来る請求に耐えられる状態を作るという発想に立つことです。
定款に置いておくべき定めを点検します
最初に点検するのは、会社法第107条第1項第1号の定めです。同号は、会社が、その発行する全部の株式の内容として、譲渡による当該株式の取得について会社の承認を要することを定めることができるとしています。いわゆる株式の譲渡制限の定めです。この定めがなければ、株主は誰にでも自由に株式を譲渡することができ、業者が取得することを止める手がかりがありません。
もっとも、譲渡制限の定めがあっても、株主が承認を求めてきた場合、会社が承認をしないのであれば、会社又は会社が指定する者が買い取ることになります。すなわち、譲渡制限の定めは、業者への譲渡を絶対に阻止する仕組みではなく、会社に買取りの機会を与える仕組みです。定めがあるから安心であるという理解は、正確ではありません。
あわせて点検すべきは、株券を発行する旨の定めが登記に残っていないか、基準日に関する定めが置かれているか、招集の通知の期間を定款で短縮していないか、単元株式数の定めがあるかです。設立時のひな形のまま数十年が経過し、現在の株主構成に合っていない例があります。
相続人等に対する売渡しの請求の定めを入れる場合の注意
会社法第174条は、会社が、相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した者に対し、当該株式を会社に売り渡すことを請求することができる旨を定款で定めることができると定めています。少数株主に相続が生じ、面識のない相続人が株主となる事態に備える定めであり、平時に置いておく価値があります。
ただし、この定めには、会社の側にとって危険な側面があります。会社法第175条第1項は、請求をしようとするときは、その都度、株主総会の決議によって、請求をする株式の数と、その株式を有する者の氏名又は名称を定めなければならないとしています。この決議は、会社法第309条第2項第3号により特別決議です。そして、同条第2項により、売渡しの請求を受ける当該相続人は、この株主総会において議決権を行使することができません。
この仕組みは、支配株主である経営者が死亡した場合に、そのまま反転します。経営者の相続人が過半数の株式を承継しても、その相続人は議決権を行使することができないため、残る少数株主だけで特別決議が成立し、会社が相続人から株式を買い取ることが可能になります。定めを置く場合には、この事態を想定し、他の対策と組み合わせて設計する必要があります。
請求の期限と価格の決め方
会社法第176条第1項ただし書は、会社が相続その他の一般承継があったことを知った日から1年を経過したときは、請求をすることができないとしています。同条第3項により、会社はいつでも請求を撤回することができます。価格は、会社法第177条第1項により会社と相続人との協議によって定め、同条第2項により、請求があった日から20日以内に、裁判所に対し売買価格の決定の申立てをすることができます。同条第5項により、この期間内に申立てがないときは、協議が調った場合を除き、請求は効力を失います。
財源の規制
会社法第461条第1項第5号は、会社法第176条第1項の規定による請求に基づく株式の買取りについても、株主に交付する金銭等の帳簿価額の総額が分配可能額を超えてはならないと定めています。定款に定めを置いていても、分配可能額が不足していれば買い取ることができません。定めの整備と、財源の確保は、両輪です。
株主名簿と株主の連絡先を、平時に整えておく
株主名簿については、二つの作業を平時に行っておきます。第一に、法定の記載事項と、それ以外の管理用の情報とを、別の帳簿に分けることです。閲覧に応じる場面で、名簿そのものを提示すれば足りる状態にしておけば、渡す必要のない情報まで開示してしまう事故を防ぐことができます。
第二に、株主の生存と所在を、定期的に確認することです。年に一度、株主あてに書面を発送し、返戻されたものを記録します。この記録は、将来、所在の分からない株主の株式を整理する際の基礎資料になります。配当を実施している会社であれば、未受領の配当金の記録も同様に保存します。返戻と未受領の記録は、日付とともに残さなければ意味がありません。
あわせて、株主の相続が生じた際にこれを把握する仕組みを作っておきます。会社法第176条第1項ただし書の1年の期間は、会社が知った日から起算されますので、知った日を記録に残す運用が有効です。
配当と役員報酬の均衡を説明することができるようにしておく
買取業者が交渉で持ち出す論点は、ほぼ決まっています。長年にわたり配当が行われていないこと、その一方で経営者及びその親族の役員報酬が高額であること、経営者の親族が保有する不動産を会社が賃借していること、経営者個人の支出が会社の経費として処理されていることです。
これらは、株主代表訴訟や、取締役の責任を追及する請求の入口にもなります。備えとして必要なのは、支出をなくすことではなく、根拠を説明することができる状態にしておくことです。役員報酬については、株主総会の決議による総額の枠と、取締役会又は代表取締役による配分の決定の記録を残します。同族の役員については、担当する職務の内容と勤務の実態を記録します。
親族との取引については、取引の条件が第三者との取引と比べて不利でないことを示す資料を、取引ごとに保存します。不動産の賃借であれば、近隣の賃料の水準を示す資料です。これらの資料は、請求を受けてから集めようとすると、当時の相場を再現することが難しくなります。取引を行った時点で保存することが重要です。
計算書類の作成と保存を、請求に耐える水準にする
会社法第435条第2項は、株式会社は、各事業年度に係る計算書類、すなわち貸借対照表、損益計算書その他会社の財産及び損益の状況を示すために必要かつ適当なものとして法務省令で定めるもの、並びに事業報告及びこれらの附属明細書を作成しなければならないと定めています。同条第4項は、計算書類を作成した時から10年間、これらを保存しなければならないとしています。
実務でしばしば欠けているのが、附属明細書と事業報告です。税務申告のために決算書は作成していても、会社法が求める書類の一式が揃っていない会社があります。株主から請求を受けた際に、書類が存在しないことが判明すると、会社の管理の水準そのものが争点になります。
会社法第442条第3項は、株主及び債権者は、営業時間内はいつでも、計算書類等について、書面の閲覧、謄本又は抄本の交付、電磁的記録に記録された事項の閲覧、その事項の提供又は書面の交付を請求することができると定めています。謄本又は抄本の交付及び電磁的方法による提供等については、会社が定めた費用を支払うことが必要です。この費用の額を、あらかじめ社内の規程で定めておいてください。
株主総会の運営の記録を残す
株主が数名の同族の会社では、実際には総会を開かず、議事録だけを作成している例が見られます。この運用は、株主全員がこれを了解している間は表面化しませんが、株式が相続によって分散し、面識のない株主が現れた段階で、直ちに問題になります。
平時に整えておくべきは、招集の通知を発した記録、出席した株主と議決権の数、議案ごとの賛否の数、議事録への署名又は記名押印です。書面による決議の方法を用いる場合には、その要件を満たす書面を保存します。過去の分について作り直すことはできませんので、少なくとも今期から、記録の水準を切り替えてください。
この記録は、将来、株式の集約のために特別決議を要する手続を用いる際にも効いてきます。過去の総会の運営に瑕疵があると、その総会で選任された取締役の地位や、その取締役が行った行為の効力にまで争いが波及します。
なぜ買取業者は、この会社を選んだのか
業者が対象とする会社には、いくつかの共通点があります。第一に、純資産に比して株式の数が少なく、1株当たりの評価額が高いことです。第二に、株主が分散しており、そのうちの何名かが高齢又は既に死亡していることです。第三に、長期間にわたって配当が行われておらず、株主が株式の価値を認識していないことです。
第四に、会社が計算書類を株主に開示してこなかったことです。開示がなければ、株主は自らの株式の価値を知りません。業者は、株主から低い価格で株式を取得し、会社に対して高い価格での買取りを求めることで、その差額を得ます。会社が株主に対して情報を提供してこなかったことが、業者の利益の源泉になっています。
この構造から導かれる備えは、単純です。株主に対し、定期的に会社の状況を伝えること、可能な範囲で配当を実施すること、株式の買取りの希望があれば会社が窓口となる旨を伝えておくことです。株主が会社に直接相談する関係が保たれていれば、業者が間に入る余地は小さくなります。
弁護士に任せられる範囲と、依頼の時期
弁護士に委ねることができるのは、定款の全条項の点検と改定の案の作成、株主名簿と管理台帳の分離の設計、株主の所在の確認の運用の設計、役員報酬及び親族との取引に関する記録の様式の整備、計算書類の一式の点検、株主総会の招集から議事録の作成までの手順の整備、株主への情報提供の書面の作成です。
依頼の時期に、決まった合図はありません。強いて挙げれば、代表者が60歳に達したとき、株主のいずれかに相続が生じたとき、株主名簿の記載と実際の連絡先が合わなくなったときです。いずれも、何かが起きた後ではなく、起きる前に手を打つことができる最後の機会です。
いま確認していただきたいこと
第一に、定款に株式の譲渡制限に関する定めがあるか、登記事項証明書と定款の原本の双方で確認してください。第二に、相続人等に対する売渡しの請求の定めを置く場合の危険を、代表者の相続を想定して検討してください。第三に、株主名簿に、法定の記載事項以外の情報が混在していないかを点検してください。
第四に、直近10年分の計算書類、事業報告及び附属明細書が揃っているかを確認してください。第五に、役員報酬の総額を定めた株主総会の決議と、その配分を決定した記録が残っているかを確認してください。第六に、株主あての郵便の返戻と、未受領の配当金について、日付を付した記録があるかを確認してください。
よくあるご質問
株式の譲渡制限の定めを置けば、買取業者に株式が渡ることを防げますか
防ぐことはできません。株主から譲渡の承認の請求があった場合、承認をしないのであれば、会社又は会社の指定する買取人が買い取ることになります。譲渡制限の定めは、会社に買取りの機会を与えるものであり、譲渡そのものを禁ずるものではありません。
配当を出していないことは、それ自体で問題になりますか
配当を実施するかどうかは、会社の判断です。問題になるのは、配当を行わない一方で、経営者及びその親族に対する支出が続いている場合に、その均衡を説明することができないことです。説明の材料を平時に残しておけば、この論点は争点になりにくくなります。
株主に決算の内容を知らせると、かえって請求を招きませんか
会社法第442条第3項により、株主は計算書類等の閲覧等を請求することができます。開示を避けても、請求により開示されます。むしろ、会社の側から定期的に情報を提供しておくほうが、株主が第三者に相談する動機を減らします。
株主名簿の記載と実際の株主が違う場合、平時に整理できますか
名義株が疑われる場合には、払込みの原資、株券の交付の有無、配当の受領者、過去の税務申告の内容を照合し、事実関係を確定させます。関係者が存命であるうちであれば、確認書を取り交わすことができます。時間が経つほど確定が難しくなりますので、平時に着手すべき作業です。
定款を変更するには、どの決議が必要ですか
定款の変更は、株主総会の特別決議によります。相続人等に対する売渡しの請求の定めを置く場合も同様です。現在の議決権の比率で特別決議を成立させることができるかを、先に確認してください。
おわりに
平時の備えは、成果が目に見えません。定款を直しても、名簿を整えても、翌日から何かが変わるわけではありません。しかし、株式買取業者が現れた日に、会社が示すことができる資料の量は、その日までに積み上げてきたものが全てです。備えの本質は、書類を作ることではなく、説明することができる状態を保ち続けることにあります。
代表者の相続が視野に入った、株主の一人が亡くなった、株主名簿の記載が実態と合わなくなったという段階であれば、まだ余裕をもって着手することができます。現に効力を有する定款、登記事項証明書、株主名簿、直近3期の計算書類をお手元に御用意のうえ、御連絡ください。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
平時の少数株主対策に関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)
出典
法令
会社法第107条第1項第1号(全部の株式の内容としての譲渡制限の定め)、第125条第2項(株主及び債権者による株主名簿の閲覧又は謄写の請求)、第174条(相続人等に対する売渡しの請求に関する定款の定め)、第175条第1項及び第2項(売渡しの請求の決定及び当該相続人の議決権の排除)、第176条第1項及び第3項(売渡しの請求並びに1年の期間及び撤回)、第177条第1項、第2項及び第5項(売買価格の協議、20日以内の申立て及び申立てがない場合の失効)、第309条第2項第3号(第175条第1項の株主総会に係る特別決議)、第433条第1項(会計帳簿の閲覧等の請求及び100分の3の要件)、第435条第2項及び第4項(計算書類等の作成及び10年間の保存)、第442条第3項(計算書類等の閲覧等の請求及び費用)、第461条第1項第5号(相続人等に対する売渡しの請求に基づく買取りに係る分配可能額の規制)
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