相続クーデターに備えて弁護士に依頼するとき 定款の売渡しの請求が会社を奪う仕組みと防ぎ方

先代の社長が亡くなり、後継者が自社株式を相続した非上場会社の経営者の方から御相談をいただきます。相続の手続はおおむね片付いた、遺言もあった、登記も済んだという段階で、少数派の株主から株主総会の招集を請求する書面が届き、その議題に「株式の売渡しの請求の件」と書かれている、という御相談です。本記事は、会社と後継者の側が相続クーデターに備えて弁護士に依頼するという場面について、定款の売渡しの請求がなぜ会社を奪う道具になるのか、そして何をいつまでにしておけばよいのかを整理したものです。

相続クーデターと呼ばれる現象は、特殊な法解釈によって起きるものではありません。定款に置かれた1つの条項と、条文どおりの議決権の計算だけで成立します。しかも、その条項は、少数株主の相続人を排除する目的で設けられていることが通例です。同じ条項が、逆向きに使われるという点が本質です。

以下では、仕組みを具体的な議決権の数で示したうえで、先代の生前にできる手当てと、相続が既に発生してしまった場合にその日から打てる手を、期限とともに御説明します。

本記事が扱う場面と、扱わない場面

同じ条文であっても、これを使う側に立つ場面と、向けられる側に立つ場面とでは、準備すべき事項が正反対になりますので、次のとおり整理しております。

Contents
  1. 定款のこの一文が、後継者から株式を取り上げる根拠になります
    1. 会社法第174条の定めは、誰に対しても向けられます
    2. 相続人は、その株主総会で議決権を行使できません
    3. 「知った日から1年」の間だけ開く窓
  2. 議決権の数で見ると、何が起きるのか
    1. 設例 議決権1,000個の会社で、後継者が700個を承継した場合
    2. 分母から700個が外れると、決議の要件はこう変わります
    3. 取り上げる株数は、全部である必要がありません
  3. 会社の財源が、クーデターの規模を決めます
    1. 買取りは自己株式の取得であり、分配可能額の枠がかかります
    2. 枠を超えた場合の責任
    3. 枠の大きさを、平時から把握しておきます
  4. 先代の生前にできる手当て
    1. 定款から定めを削除する
    2. 相続によらずに承継を終える
    3. 属人的な定めで議決権を確保する
    4. 拒否権付種類株式を用意する
  5. 相続が既に発生してしまった場合に、その日から打てる手
    1. 招集請求への対応と、8週間の管理
    2. 1年の経過と、決議の後の争い方
    3. 撤回を引き出す交渉
  6. なぜ少数派の株主は、この手段に出るのか
    1. 第1 相続の直後にしか使えない手段であるため
    2. 第2 これまで経済的な利益を得ていないため
    3. 第3 後継者の適格性に納得していないため
  7. 依頼の時期と、任せられる範囲、費用の考え方
    1. 依頼の時期
    2. 任せられる範囲
    3. 費用の考え方
  8. いま確認していただきたいこと
  9. よくあるご質問
    1. 遺言があり、後継者に株式を相続させると書いてあります。それでも危険はありますか
    2. 後継者が代表取締役です。株主総会を開かなければよいのではありませんか
    3. 定款の条項は、いま削除できますか
    4. 会社に十分な現預金がありません。それでも請求されますか
  10. おわりに
  11. 出典

定款のこの一文が、後継者から株式を取り上げる根拠になります

まず、条項そのものを確認します。多くの会社の定款には、次の趣旨の条文が置かれています。

会社法第174条の定めは、誰に対しても向けられます

株式会社は、相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した者に対し、その株式を会社に売り渡すことを請求することができる旨を、定款で定めることができます(会社法第174条)。条文は「相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した者」と書いているだけであり、少数株主の相続人に限る、という限定はありません。後継者も、相続によって株式を取得した者である以上、この条項の対象です。

相続人は、その株主総会で議決権を行使できません

会社が請求をするには、そのたびに株主総会の決議によって、請求をする株式の数と、その株式を有する者を定めなければなりません(会社法第175条第1項)。この決議は特別決議です(会社法第309条第2項第3号)。そして、請求の相手方とされた者は、その株主総会において議決権を行使することができません(会社法第175条第2項)。後継者が議決権の過半数を承継していても、この議案に関する限り、その議決権は数に入らないということです。

「知った日から1年」の間だけ開く窓

会社は、相続その他の一般承継があったことを知った日から1年を経過したときは、請求をすることができません(会社法第176条第1項ただし書)。裏を返せば、この1年の間だけ危険な窓が開いているということになります。相続の直後こそ、後継者にとって最も無防備な時期です。

議決権の数で見ると、何が起きるのか

抽象的な説明では実感が湧きませんので、具体的な数字で御説明します。

設例 議決権1,000個の会社で、後継者が700個を承継した場合

発行済株式の総数を1,000株、1株につき1個の議決権があるものとします。先代の社長が700株、少数派の株主Aが200株、同じく株主Bが100株を保有していました。先代が亡くなり、遺言により後継者Cが700株を単独で取得したとします。定款には会社法第174条の定めがあります。

分母から700個が外れると、決議の要件はこう変わります

A及びBが株主総会の招集を請求し、「Cに対して株式の売渡しを請求する件」を議題としたとします。この議案について、Cは議決権を行使することができません(会社法第175条第2項)。したがって、議決権を行使することができる株主の議決権は、Aの200個とBの100個の合計300個だけです。特別決議の要件は、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した株主の議決権の3分の2以上の賛成です(会社法第309条第2項)。分母が300個ですから、定足数は151個であり、Aが1人で出席すれば足ります。出席した議決権200個の3分の2は約134個ですから、A1名の賛成だけで特別決議が成立します。

取り上げる株数は、全部である必要がありません

決議で定めるのは「請求をする株式の数」ですから(会社法第175条第1項第1号)、700株の全部を対象とする必要はありません。Cから401株を買い取れば、Cの議決権は299個、発行済株式のうち議決権のある数は599個となり、Cは過半数を失います。会社が取得した自己株式は議決権を有しませんので(会社法第308条第2項)、残るAの200個とBの100個が過半数を占めることになります。取締役の選任も解任も、その後はAとBが決めます。

会社の財源が、クーデターの規模を決めます

もっとも、この決議が成立すれば必ず株式を取り上げられるわけではありません。会社の財布に上限があるからです。

買取りは自己株式の取得であり、分配可能額の枠がかかります

売渡しの請求による買取りは、会社による自己株式の取得です(会社法第155条第6号)。株主に交付する金銭の帳簿価額の総額は、その行為が効力を生ずる日における分配可能額を超えることができません(会社法第461条第1項第5号)。分配可能額は、剰余金の額を基礎として、自己株式の帳簿価額その他の額を控除して算定します(同条第2項)。剰余金が薄い会社では、そもそも401株分の代金を支払えません。

枠を超えた場合の責任

分配可能額を超えて交付がされた場合、金銭の交付を受けた者と、その行為に関する職務を行った業務執行者等は、会社に対し、連帯して、交付を受けた金銭の帳簿価額に相当する金銭を支払う義務を負います(会社法第462条第1項)。また、その事業年度の計算書類の承認の時に欠損が生じているときは、業務執行者は、注意を怠らなかったことを証明した場合を除き、欠損の額を支払う義務を負います(会社法第465条第1項)。この責任の所在を早い段階で示すことは、実務上の抑止として意味があります。

枠の大きさを、平時から把握しておきます

分配可能額は、決算書の純資産の額を見ただけでは分かりません。先代の在任中に一度算定しておけば、危険の大きさをあらかじめ数値で把握できます。

先代の生前にできる手当て

最も確実なのは、相続が発生する前に手を打つことです。次の4つを、順序をつけて検討します。

定款から定めを削除する

会社法第174条の定めを定款から削除することが、最も単純な対処です。定款の変更は株主総会の特別決議によります(会社法第466条、第309条第2項第11号)。ただし、この定めは少数株主の相続人を排除するための備えでもありますので、削除すれば別の危険が生じます。削除するのか、残したうえで後述の手当てを重ねるのかは、株主構成によって判断が分かれます。なお、この定めを新たに設ける場合の決議要件については見解が分かれており、実務上は株主全員の同意を得ておく取扱いが安全です。

相続によらずに承継を終える

会社法第174条の定めが働くのは「相続その他の一般承継」により株式が移転した場合です。先代の生前に、贈与又は売買によって後継者へ株式を移転しておけば、その株式はこの条項の対象になりません。譲渡制限株式ですから、譲渡の承認の手続を経る必要があります(会社法第139条第1項)。承継の完了時期を、税務上の検討と併せて決めます。

属人的な定めで議決権を確保する

公開会社でない株式会社は、剰余金の配当を受ける権利、残余財産の分配を受ける権利及び株主総会における議決権に関する事項について、株主ごとに異なる取扱いを行う旨を定款で定めることができます(会社法第109条第2項、第105条第1項)。この定款の変更をするには、総株主の半数以上であって、総株主の議決権の4分の3以上に当たる多数による決議が必要です(会社法第309条第4項)。先代が議決権の多数を握っているうちに決議を通しておく必要があります。

拒否権付種類株式を用意する

株式会社は、株主総会において決議すべき事項のうち、その決議のほかに、当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会の決議があることを必要とするものについて、内容の異なる2以上の種類の株式を発行することができます(会社法第108条第1項第8号)。売渡しの請求に関する決議をこの対象としておけば、後継者が拒否権付種類株式を1株持つだけで、決議の成立を止めることができます。

相続が既に発生してしまった場合に、その日から打てる手

既に招集の請求が届いている場合でも、打てる手があります。

招集請求への対応と、8週間の管理

総株主の議決権の100分の3以上の議決権を6か月前から引き続き有する株主は、取締役に対し、株主総会の目的である事項及び招集の理由を示して、株主総会の招集を請求することができます(会社法第297条第1項)。公開会社でない株式会社では、この6か月という保有期間の要件はありません(同条第2項)。請求の後遅滞なく招集の手続が行われない場合、又は請求があった日から8週間以内の日を株主総会の日とする招集の通知が発せられない場合には、請求をした株主は裁判所の許可を得て自ら招集することができます(同条第4項)。請求が令和8年10月1日に到達したのであれば、令和8年11月26日までを会日とする招集の通知を発するかどうかが、最初の判断です。

1年の経過と、決議の後の争い方

会社が相続を知った日から1年を経過すれば、請求はできなくなります(会社法第176条第1項ただし書)。残り期間が短い場合には、時間の管理そのものが防御になります。決議が成立してしまった場合でも、売買価格は協議によって定めるものとされ、協議が調わないときは、請求があった日から20日以内に裁判所に対して売買価格の決定の申立てをすることができます(会社法第177条第1項及び第2項)。この期間内に申立てがなく、協議も調わなかったときは、請求は効力を失います(同条第5項)。また、招集の手続又は決議の方法が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正なとき、及び特別の利害関係を有する者が議決権を行使したことによって著しく不当な決議がされたときは、決議の日から3か月以内に、訴えをもって決議の取消しを請求することができます(会社法第831条第1項第1号及び第3号)。

撤回を引き出す交渉

会社は、いつでも売渡しの請求を撤回することができます(会社法第176条第3項)。分配可能額の不足、業務執行者の責任、価格の水準という3点を整理して示すことで、相手方の側から手仕舞いに向かう例があります。交渉の材料を先に用意しておくことが要点です。

なぜ少数派の株主は、この手段に出るのか

背景には、3つの事情があります。

第1 相続の直後にしか使えない手段であるため

知った日から1年という期限がありますので、この機会を逃せば同じ手は使えません。平時であれば穏当に振る舞っていた株主が、相続の直後に限って強い行動に出るのは、この時限性によるところが大きいといえます。

第2 これまで経済的な利益を得ていないため

剰余金の配当が長年行われていない会社では、少数派の株主は保有期間中に利益を得ていません。会社の支配に関与できない状態が続いていた場合、相続を機に立場を変えようとする動機が生じます。

第3 後継者の適格性に納得していないため

先代との関係で株主にとどまっていた方が、後継者の経営を支持していないという例があります。取締役の選任と解任を握ることが目的であって、株式の代金それ自体が目的ではない場合もあります。目的がどちらであるかによって、こちらの交渉の組み立ても変わります。

依頼の時期と、任せられる範囲、費用の考え方

この主題は、依頼の時期によって取り得る手段の数がはっきり変わります。

依頼の時期

最も望ましいのは、先代が議決権の多数を保持している段階です。定款の変更も、属人的な定めも、種類株式の導入も、この段階であれば決議を通すことができます。相続が発生した後であれば、その週のうちに御相談ください。1年の期限と、招集請求への回答の期限が同時に進行します。

任せられる範囲

定款と株主名簿の精査、議決権の計算、危険の程度の評価、定款変更及び種類株式の設計、株主総会の招集手続と議事運営、招集請求に対する回答書の作成、決議が成立した場合の価格の協議及び裁判所に対する申立て、決議の取消しの訴えの提起が、弁護士の業務です。登記の申請は司法書士が、課税関係の検討は税理士が、株式の価値の算定は評価の専門家が担当します。

費用の考え方

平時の設計と、紛争が生じた後の対応とでは、費用の考え方が異なります。定款と株主構成の診断及び設計の提案までを一つの範囲とし、株主総会の運営と裁判所の手続をそれぞれ別の範囲として定めるのが通例です。登記及び算定に要する費用と申立ての手数料は、実費として別に必要となります。

いま確認していただきたいこと

本日のうちに、次の事項を御確認ください。

第1に、定款の原本を開き、相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した者に対する売渡しの請求に関する条項があるかどうかを御確認ください。あれば、それが本記事の対象です。

第2に、株主名簿から、後継者が承継した議決権の数と、それ以外の株主の議決権の数を書き出してください。後継者を除いた議決権の合計が、決議の分母になります。

第3に、後継者が過半数を割るために必要な株式数を計算してください。相手方が狙う数がそこに現れます。

第4に、直近の計算書類から剰余金の額と自己株式の帳簿価額を確認し、分配可能額のおおよその水準を把握してください。

第5に、相続の開始日と、会社がその事実を知った日を特定し、1年の期限までの残り月数を書き出してください。

よくあるご質問

遺言があり、後継者に株式を相続させると書いてあります。それでも危険はありますか

あります。遺言によって株式を取得した場合も、相続による取得です。会社法第174条の定めの対象となり、会社法第175条第2項により議決権を行使することができません。遺言は、誰が株式を取得するかを決めるものであって、取得した後に売渡しの請求を受けないことまで保証するものではありません。

後継者が代表取締役です。株主総会を開かなければよいのではありませんか

開かないままにしておくことはできません。招集の請求の後遅滞なく招集の手続が行われない場合等には、請求をした株主が裁判所の許可を得て自ら招集することができます(会社法第297条第4項)。この場合、議長を誰が務めるかも含めて、会社の側の統制が及ばない総会になります。招集を拒むのではなく、日程と議事の運営を設計する方が有利です。

定款の条項は、いま削除できますか

定款の変更は株主総会の特別決議によります(会社法第466条、第309条第2項第11号)。後継者が議決権の3分の2以上を有していれば、決議は可能です。ただし、売渡しの請求に関する議案が既に提出されている場合、どちらの議案が先に決議されるかという問題が生じます。招集の手続と議事日程の設計が結論を分けますので、着手の前に御相談ください。

会社に十分な現預金がありません。それでも請求されますか

請求それ自体は妨げられませんが、支払は分配可能額の枠に縛られます(会社法第461条第1項第5号)。枠を超えた場合には、交付を受けた者と業務執行者等が責任を負います(会社法第462条第1項)。分配可能額を先に算定し、その数値を協議の場に出すことが、実務上の対処になります。

おわりに

相続クーデターは、条文の隙間を突く手口ではありません。定款に置かれた1つの条項と、議決権の分母から相続人が外れるという計算だけで成立します。逆にいえば、条項と数字を先に把握しておけば、危険の大きさは事前に測ることができ、打てる手も決まります。

定款に売渡しの請求の条項があるか、後継者を除いた議決権の合計がいくつか、分配可能額がどの程度かという3点が分かれば、その日のうちに危険の程度と対処の順序を申し上げます。定款と株主名簿、直近の計算書類をお手元に御用意のうえ、お電話をください。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。

相続クーデターへの備えに関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8時00分から21時00分まで(土曜・日曜・祝日を含みます)

出典

法令

会社法第105条第1項(株主の権利)、第108条第1項第8号(種類株式)、第109条第2項(株主ごとに異なる取扱い)、第139条第1項(譲渡等の承認の決定)、第155条第6号(自己株式を取得することができる場合)、第174条(相続人等に対する売渡しの請求に関する定款の定め)、第175条第1項第1号及び第2項(売渡しの請求の決定及び議決権の制限)、第176条第1項ただし書及び第3項(売渡しの請求及びその撤回)、第177条第1項、第2項及び第5項(売買価格の決定)、第297条第1項及び第4項(株主による招集の請求)、第308条第2項(自己株式の議決権)、第309条第2項第3号及び第11号並びに第4項(株主総会の決議)、第461条第1項第5号及び第2項(配当等の制限及び分配可能額)、第462条第1項(剰余金の配当等に関する責任)、第465条第1項(欠損が生じた場合の責任)、第466条(定款の変更)、第831条第1項第1号及び第3号(株主総会等の決議の取消しの訴え)

付記

本記事の設例における議決権の数は、説明のために単純化したものです。単元株式数の定めがある場合、議決権制限株式がある場合、定款で定足数が加重又は軽減されている場合には、計算が異なります。

具体的な御相談をお考えの皆様へ

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