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退社した社員から出資持分の払戻しを請求された医療法人の初動 回答の前に確かめる5つのこと

公開 2026年11月2日更新 2026年11月5日

▶ 医療法人の出資持分払戻請求権を行使された場合の対策

出資持分のある医療法人で、退社した社員やその相続人から「出資持分を払い戻してほしい」との請求が届くことがあります。請求書や内容証明郵便には、法人の財産の額を基礎とした多額の請求額が書かれていることが少なくありません。

請求を受けた直後の対応は、その後の交渉と裁判の行方を左右します。慌てて回答したり、反対に放置したりすると、法人に不利な前提が固まってしまいます。

本記事では、医療法人の側の立場から、請求を受けた直後に確かめる5つの事項と、回答書を出すまでの順序をご説明します。

請求を受けた直後に避けたい対応

最初に、法人の側が陥りやすい対応を挙げます。いずれも、後から取り消すことが難しいものです。

  • 定款を確かめないまま、「出資した額だけを返します」と回答すること。
  • 相手方が示した算定をそのまま認める書面を出すこと。
  • 理事長が個人として、支払いの約束や金額の目安を口頭で伝えること。
  • 資金の手当てを考えないまま、一括払いを約束すること。
  • 請求を放置し、相手方を訴訟の提起に向かわせること。

回答の期限が書かれていても、確かめるべき事項を確かめないまま回答する必要はありません。期限までに確認が終わらないときは、検討中である旨と回答の予定日を書面で伝えておきます。

確認1 定款に払戻しの定めがあるか

設立の時期と持分の定め

出資持分の払戻しの請求権は、医療法が直接に定める権利ではなく、各医療法人の定款の定めに基づく権利です。そこで、まず現在の定款と、これまでの定款の変更の経過を確かめます。

平成19年4月1日に施行された医療法の改正により、同日以後に設立の認可を申請した医療法人は、残余財産の帰属すべき者を国、地方公共団体、持分の定めのない医療法人等に限ることとされました(医療法第44条第5項、医療法施行規則第31条の2)。他方、同日より前に設立された医療法人等で、定款に残余財産の帰属すべき者を定めていないもの等については、当分の間、改正前の医療法の残余財産に関する規定がなお効力を有するとされています(良質な医療を提供する体制の確立を図るための医療法等の一部を改正する法律(平成18年法律第84号)附則第10条第2項)。払戻しの請求が問題となるのは、主にこの経過措置の対象となる医療法人です。

定款の文言を読む

払戻しの定めの文言は、医療法人ごとに異なります。「社員資格を喪失した者は、その出資額に応じて払戻しを請求することができる」と定める例が多く見られますが、払戻しの額を出資した額に限る定めを置く医療法人もあります。払戻しの時期や方法を定めている例もあります。どの文言かによって、請求の額と争い方が大きく変わります。

確認2 誰が、いつ社員の資格を喪失したか

社員たる資格の得喪に関する規定は、定款で定める事項です(医療法第44条第2項第8号)。資格を喪失した理由が退社、除名又は死亡のいずれであるかと、その日付を確かめます。払戻額の算定の基準となる日は、原則として資格を喪失した日です。

  • 退社の場合は、退社の申出の日、定款が定める手続の有無、社員総会の承認の要否を確かめます。
  • 除名の場合は、除名の決議が定款の定める手続と要件に従っていたかを確かめます。手続に問題があると、除名の効力そのものが争われることがあります。
  • 死亡の場合は、請求権を承継した相続人を確かめます。相続人が複数いるときは、誰が、どの割合で請求できるかが問題となります。

請求書の差出人が本当に請求権を持つ者かを確かめることは、交渉の相手を誤らないための前提です。

確認3 請求額の算定の根拠

最高裁判所平成22年4月8日判決は、「出資額に応じて」払い戻す旨の定款の定めについて、社員の資格を喪失した時点における法人の財産の評価額に、同時点における総出資額中の当該社員の出資額の割合を乗じて算定される額の払戻しを請求できるものと解しました。出資した額そのものが払戻額になるわけではありません。

そこで、相手方の算定が、どの時点の、どの資料を基礎に、どの方法で財産を評価しているかを確かめます。決算書類の数字をそのまま用いているのか、不動産等を時価で評価し直しているのかによって、額は大きく変わります。なお、医療法人の事業報告書等は都道府県知事に届け出られ、請求があれば閲覧に供されるため(医療法第52条)、相手方も一定の財務資料を入手できる前提で準備します。

払戻しの請求を受けた医療法人の側の対応の全体は、次のページでご案内しています。

確認4 時効と遅延損害金

払戻しの請求権は金銭の債権であり、民法の消滅時効の定めが及びます。権利を行使することができることを知った時から5年間、又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときは、時効によって消滅します(民法第166条第1項)。資格の喪失から長い期間が経っている請求では、時効の完成の有無を確かめます。請求権が生じた時期によっては、改正前の民法の定めが適用されることもあります。

他方、期限の定めのない債務は、請求を受けた時から遅滞の責任を負います(民法第412条第3項)。金額に争いがあっても、請求を放置すると遅延損害金が積み重なるおそれがあります。早い段階で協議の場を設けることが、法人の負担を抑えることにつながります。

お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。

確認5 資金と医療の提供への影響

請求額が正しいかどうかと並行して、仮に支払う場合に、法人の資金繰りと医療の提供にどのような影響が生じるかを試算します。手元の資金、借入れの余地、設備の更新の予定を整理しておくと、分割払いや支払時期の交渉で具体的な提案ができます。

医療法人は剰余金の配当をすることができません(医療法第54条)。払戻しの資金は、法人の財産から支出されるため、医療の提供に要する資金との兼ね合いを、理事会と社員総会で共有しておくことが大切です。

回答書を出すまでの順序

以上の確認を踏まえ、次の順序で回答書を準備します。

  1. 請求書の受領の日付と、回答の期限を記録します。
  2. 定款、出資者名簿、社員総会の議事録、直近の決算書類を集めます。
  3. 請求する者、資格を喪失した日、請求額の算定の根拠を整理します。
  4. 法人の側で算定した場合の額の幅と、支払える額・時期の見込みを試算します。
  5. 理事会で方針を定め、回答書の文案を確定します。

回答書では、認める点と争う点を区別し、根拠となる資料の提出を求める事項を明確にします。争う点を曖昧にしたまま一部を認めると、後の交渉で前提として扱われるおそれがあります。

弁護士に相談する意味

払戻しの請求への対応は、定款の解釈、資格の喪失の効力、財産の評価、時効の判断、そして支払いの設計が組み合わさる問題です。初動の回答書の文言一つで、その後の交渉の前提が定まります。

回答の方針、算定の幅の見極め、交渉の進め方は、事案ごとに異なり、当事務所が個別の案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウに属するため、本記事では詳細を開示していません。当事務所は、医療法人、理事長及び残る社員の側に立ってご依頼をお受けしています。ご相談は事前予約制です。

よくあるご質問

質問1 内容証明郵便に書かれた回答の期限を過ぎてしまいそうです。

期限内に、検討中である旨と回答の予定日を書面で伝えてください。期限を過ぎたことだけで請求額が確定するわけではありませんが、放置は避けます。

質問2 定款が見当たりません。

法人の保管する原本のほか、都道府県に届け出た書類から確かめられることがあります。定款の変更の経過も併せて確認します。

質問3 理事長個人に請求が来ました。

払戻しの義務を負うのは原則として医療法人です。個人として回答する前に、請求の相手方と根拠を確かめてください。

質問4 相談の際には何を持参すればよいですか。

定款、出資者名簿、社員総会の議事録、直近3期の決算書類、請求書や内容証明郵便、これまでのやり取りが分かる資料をご持参ください。

まとめ

出資持分の払戻しの請求を受けた医療法人が、回答の前に確かめる事項は次の5点です。

  • 定款に払戻しの定めがあるか、その文言はどうなっているか。
  • 誰が、いつ、どの理由で社員の資格を喪失したか。
  • 請求額は、どの時点の、どの資料を基礎に算定されているか。
  • 時効の完成の有無と、遅延損害金の発生の時期。
  • 支払う場合の資金と医療の提供への影響。

最初の回答書は、その後の交渉の出発点となります。回答する前に、早めにご相談ください。

関連するご案内

出資持分の払戻しの請求を受けた医療法人の方は、次の各ページもご覧ください。

必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。

この記事の位置付け

本ページは、出資持分の払戻しの請求を受けた直後の医療法人が、相手方に回答する前に確かめる事項とその順序をご説明します。制度の全体像は医療法人の出資持分の払戻しのメインのページで、金額の争い方は評価のページで扱います。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

2024年(令和6年)10月に最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得た弁護士です。長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件にも関与しています。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

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本記事の記載は一般的な法律情報であり、個別の事案に関する法律上の助言ではありません。記載した経歴は事実の記述であり、個別の事件の結果を保証するものではありません。

著書

非上場会社における少数株主対策の手法と実務
『非上場会社における少数株主対策の手法と実務』(日本法令)
中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策
『中堅・中小企業のためのM&Aトラブル事例と実務対策』(清文社)
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