理事長の相続に備える持分のある医療法人の対策 出資持分の分散を防ぐ定款・出資者名簿・遺言の整理

理事長が出資の多くを持つ持分のある医療法人では、理事長が亡くなると、定款の定めにより理事長は社員の資格を失い、その出資持分は払戻しの請求権として相続人に引き継がれると解されています。
医療法人の財産が設立の時より大きくなっていれば、払戻額も出資した額を大きく上回ります。医療に関わらない相続人が払戻しを請求すれば、後継者が医療法人を継いでも、まとまった資金の流出に直面します。また、相続人は相続によって当然に社員になるわけではなく、誰が社員総会の多数を占めるかという経営の問題も同時に生じます。
本記事では、医療法人の側の立場から、理事長の相続で起きることと、理事長がご健在のうちに整えておく対策を比べてご説明します。
理事長が亡くなると何が起きるか
社員の資格を失い、払戻しの請求権が相続されます
社員たる資格の得喪は定款で定める事項です(医療法第44条第2項第8号)。厚生労働省の手引書が示す定款例は、社員の資格の喪失の事由として除名、死亡及び退社を掲げており、改正前のモデル定款は「社員資格を喪失した者は、その出資額に応じて払戻しを請求することができる。」と定めていました。同じ趣旨の定款を持つ医療法人では、理事長の死亡によって払戻しの請求権が生じます。
厚生労働省の手引書は、この場合、社員が持っていた持分は金銭の請求権である払戻請求権に変わり、それが相続人に相続されると解しています。相続されるのは持分ではなく払戻請求権であり、相続人が医療法人の社員である場合も異ならないと考えられています。
払戻額は亡くなった時点の法人の財産の評価額が基礎になります
最高裁判所平成22年4月8日判決は、「出資額に応じて」返還を請求できる旨の定款の定めを、資格を喪失した時点の法人の財産の評価額に、その時点の総出資額のうち当該社員の出資額が占める割合を乗じた額の返還を請求できるものと解しました。理事長の出資の割合が大きく、法人の財産が増えているほど、請求の額も大きくなります。
経営を継ぐことと出資持分を引き継ぐことは別です
相続人が社員になるには、定款の定める入社の手続を要します(同じ定款例は、社員になろうとする者は社員総会の承認を得なければならないとしています)。理事は社員総会の決議で選任され(医療法第46条の5第2項)、理事長は、原則として医師又は歯科医師である理事のうちから選出されます(同法第46条の6第1項)。
社員は出資の額にかかわらず各1個の議決権を有します(同法第46条の3の3第1項)。後継者が払戻請求権の多くを引き継いでも、社員総会で過半数を得られなければ、理事の選任や解任(同法第46条の5の2第1項)を思うように決めることはできません。相続の対策は、財産としての出資持分と、社員・理事・理事長の地位の両方を考えて立てます。
定款の定め方によって扱いは変わるか
以上は、厚生労働省の定款例と同じ趣旨の定款を前提とする整理です。社員たる資格の得喪は定款で定める事項であり(医療法第44条第2項第8号)、厚生労働省の手引書は、持分の払戻請求権は定款の規定を根拠に発生する権利であるとしています。最高裁判所平成22年4月8日判決も、平成18年の改正前の医療法は、社団たる医療法人の財産の出資社員への分配について、剰余金の配当の禁止(医療法第54条)に反しない限り、基本的に医療法人が自律的に定めるところにゆだねていたと述べています。資格を失う事由、払戻しを請求できる者、払戻しの額の基準(出資額に応じてか、出資額を限度としてか)は、各医療法人の定款によって異なり得ます。同手引書も、改正前のモデル定款に準拠しない定款を持つ医療法人には、その記述が妥当しない場合があるとしています。
他方で、定款によっても変えられない点があります。
- 議決権は各1個です 医療法第46条の3の3第1項には、社員総会の定足数や議決の要件を定める同条第2項・第3項と異なり、定款で別段の定めをすることを認める文言がありません。厚生労働省の「医療法人運営管理指導要綱」も、出資額や持分割合による議決数を与える旨の定款の定めは効力を有しないとしています。
- 払戻請求権を得ても、当然には社員になりません 同要綱は、相続等により出資持分の払戻請求権を得た場合であっても、社員としての資格要件を備えていない場合は社員となることはできないとしています。
- 定款の変更には都道府県知事の認可が必要です 定款の変更は社員総会の決議によらなければならず、都道府県知事は、変更の手続が法令又は定款に違反していないかどうか等を審査したうえで認可を決定します(医療法第54条の9第1項・第3項・第4項)。
- 持分の定めのない医療法人は、持分のある医療法人に移れません 平成19年4月1日以後に設立の認可を申請した医療法人は、出資者が残余財産の分配を受ける形にはできず(医療法第44条第5項、第56条第2項、平成18年法律第84号附則第10条第1項)、持分の定めのない社団医療法人は持分の定めのあるものへ移行することができません(医療法施行規則第30条の39第2項)。
相続人が社員の地位を引き継ぐ旨の定款の定めについては、医療法に明文の定めがありません。厚生労働省が国税庁に照会した文書(平成16年6月8日医政発第0608002号)は、当時の法令を前提に、「定款の定めにより出資を社員の地位とともに相続等することができることとされている」出資額限度法人を想定していますが、現在の厚生労働省の定款例にはこのような定めはなく、その効力についての解釈は確立していません。後継者に経営を継がせたい場合も、定款の文言だけに頼らず、理事長がご健在のうちに、定款に従った入社の承認と理事の選任を済ませておくことが確かな方法です。
理事長がご健在のうちに確かめておく書類
- 定款 払戻しの定め、社員の資格の喪失の事由、入社の承認の手続、相続人の扱いについての独自の定めの有無、社員総会の定足数と議決の要件、残余財産の帰属すべき者の定め
- 社員名簿 社団たる医療法人は社員名簿を備え置き、社員の変更があるごとに必要な変更を加えなければなりません(医療法第46条の3の2第1項)
- 出資の経緯が分かる資料 設立の時と途中の出資の額、時期及び出資者(出資者と社員が一致しないことがあります)
- 社員総会の議事録と決算書類 入社・退社の承認の記録と、事業報告書等(医療法第51条第1項)
厚生労働省の手引書は、社員名簿が適切に更新されていない場合には、定款・議事録・入社届・退社届等を精査して現在の社員を特定し、必要に応じて入退社の手続や書類を追完せざるを得ないとしています。相続が始まってからでは、亡くなった理事長に事情を確かめることができません。名簿と出資の記録を整えることが、すべての対策の前提になります。
理事長の相続の後に払戻しの請求を受けた場合を含め、医療法人の側の対応は、次のページでご案内しています。
対策の選択肢を比べます
| 対策 | 内容 | 主な手続 | 留意点 |
|---|---|---|---|
| 出資持分の集約 | 他の社員の出資持分を理事長や後継者に集め、又は払戻しで整理する | 定款に従った譲受け、退社と払戻しの合意 | 払戻額は資格を喪失した時点の財産の評価額が基礎。資金と課税を確かめる |
| 後継者の入社と理事への選任 | 後継者を早めに社員・理事に迎える | 入社の承認、社員総会での理事の選任(医療法第46条の5第2項) | 社員の構成と議決権(各1個)を見通す |
| 遺言 | 払戻請求権を誰に承継させるかを定める | 遺言書の作成 | 他の相続人の遺留分(民法第1042条、第1046条第1項)に配慮する |
| 出資額限度法人への定款の変更 | 払戻しの額を出資した額の範囲に限る定めを置く | 社員総会の決議と都道府県知事の認可(医療法第54条の9) | 既に生じた払戻請求権には当然には及ばないと考えられる |
| 持分なし医療法人への移行 | 持分をなくし、払戻しの請求の原因をなくす | 移行計画の認定(令和11年12月31日まで)と定款の変更 | すべての出資者の持分の放棄又は払戻しが必要 |
出資持分の集約と後継者の入社
理事長以外の社員が出資持分を持っている場合、その社員の退社や死亡のたびに払戻しの請求が生じ得ます。理事長がご健在のうちに、定款に従って出資持分を後継者に集める、退社する社員との間で払戻しの額と時期を合意するといった整理をしておけば、相続の時に請求の相手方が増えることを避けられます。
後継者を早めに社員に迎え、理事に選任しておくことも重要です。理事長の死亡の後に入社の承認や理事の選任を求めると、他の社員との間で社員総会の多数をめぐる争いが生じることがあります。
遺言で承継する者を定めておく意味
遺言がなければ、払戻請求権は複数の相続人に引き継がれ、誰がどの割合で請求できるかが問題になります。理事長が遺言で、払戻請求権を後継者に承継させる旨を定めておけば、医療法人が話し合う相手を後継者にまとめることができ、後継者は医療法人の資金繰りを踏まえて請求の時期や方法を考えることができます。
ただし、他の相続人には遺留分があり、遺留分を侵害された相続人は、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができます(民法第1042条、第1046条第1項)。遺言の内容は、他の財産の分け方と合わせて設計します。
定款の変更と持分なし医療法人への移行
払戻しの額を出資した額の範囲に限る定款の変更(いわゆる出資額限度法人)や、持分なし医療法人への移行は、将来の払戻しの請求そのものを抑える方法です。いずれも社員総会の決議と都道府県知事の認可を要し、持分なし医療法人への移行には、すべての出資者の持分の放棄又は払戻しが必要です。移行計画の認定は令和11年12月31日まで受けることができます(平成18年法律第84号附則第10条の3第5項)。詳しくは、移行と払戻しの関係のページでご説明しています。
移行に同意しない出資者がいる場合の整理は、移行に同意しない出資者がいるときのページでご説明しています。
相続が始まった後の期限と税制の名称
相続税の申告書は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に提出します(相続税法第27条第1項)。医療法人の持分については、租税特別措置法に、相続税の納税猶予及び免除(第70条の7の12)と相続税の税額控除(第70条の7の13)の特例が設けられています。
国税庁の案内では、税額控除の特例は、医療法人が相続税の申告期限又は令和11年12月31日のいずれか早い日までに認定を受けた場合を含むとされ、申告期限までに出資額に応じた払戻しを受けた場合などには適用を受けることができないとされています。納税猶予の特例は、申告期限において医療法人が認定医療法人であることが前提とされています(同法第70条の7の12第1項)。
相続が始まってから認定の申請を準備するのでは、使える期間が限られます。特例を受けられるか、税額がいくらになるかは税理士の判断によりますので、当事務所は税理士と連携して、医療法人の側の手続の順序を整えます。
お手元の資料と経緯をお聞きし、進め方の順序をお示しします。
弁護士に相談する意味
理事長の相続の対策は、定款の確認と変更、社員名簿と出資の記録の整理、後継者の入社と理事の選任、遺言の作成、他の社員との払戻しの合意が組み合わさります。相続が始まった後は、相続人の間の調整と医療法人の運営が同時に進むため、ご健在のうちに方針を決めておくことに大きな意味があります。
どの対策をどの順序で組み合わせるか、他の社員や親族との話合いをどう進めるかは、事案ごとに異なり、当事務所が個別の案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウに属するため、本記事では詳細を開示していません。税務の判断は税理士と連携して進めます。ご相談は事前予約制です。
よくあるご質問
質問1 理事長の子が医療法人の理事であれば、相続によって当然に社員になりますか。
なりません。社員の資格の得喪は定款で定め、社員になるには定款の定める入社の手続が必要です。また、相続されるのは持分ではなく払戻請求権であると解されています。
質問2 遺言で後継者に払戻請求権を承継させれば、他の相続人は何も請求できませんか。
他の相続人に遺留分がある場合は、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求されることがあります。遺言は、他の財産の分け方と合わせて設計します。
質問3 ご健在のうちに持分なし医療法人に移行すれば、相続の問題はなくなりますか。
移行が完了すれば、払戻しの請求の原因はなくなります。もっとも、移行にはすべての出資者の持分の放棄又は払戻しが必要であり、認定は令和11年12月31日までに受ける必要があります。
質問4 定款に、相続人が社員の地位を引き継ぐと定めておけば、後継者は当然に社員になりますか。
当然に社員になるとはいえません。医療法に明文の定めはなく、このような定款の定めの効力についての解釈は確立していません。定款の変更には社員総会の決議と都道府県知事の認可も必要であり、社員になっても議決権は各1個です。理事長がご健在のうちに、定款に従った入社の承認と理事の選任を済ませておくことをお勧めします。
まとめ
- 理事長が亡くなると、定款の定めにより社員の資格を失い、払戻請求権が相続人に相続されると解されています。
- 払戻額は、亡くなった時点の法人の財産の評価額に出資の割合を乗じた額が基礎になります。
- 相続人は当然には社員にならず、社員の議決権は各1個であるため、経営の承継と出資持分の承継を分けて考えます。
- 資格の喪失や払戻しの扱いは定款の定め方によって異なり得ますが、議決権が各1個であることなど、定款によっても変えられない点があります。
- 定款・社員名簿・出資の記録を整えたうえで、出資持分の集約、後継者の入社、遺言、定款の変更、持分なし医療法人への移行を比べます。
- 相続税の申告期限と認定の期限は税制の特例とも関係するため、税理士と連携して手続の順序を決めます。
理事長の相続の対策は、ご健在のうちにしかできないことが多くあります。早めにご相談ください。
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この記事の位置付け
本ページは、持分のある医療法人の理事長がご健在のうちに、相続で払戻しの請求や社員の構成の問題が生じないよう、定款・社員名簿・遺言を整える方法をご説明します。相続の後に届いた請求への対応は初動のページで扱います。
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