退任した取締役から会計帳簿閲覧謄写請求を受けた場合

既に退任した元取締役から、会計帳簿の閲覧謄写を求める書面が届いたが、既に会社を離れた者からの請求にどのように対応すればよいのかという非上場会社の経営者の方から、御相談をいただくことがあります。

この場面で問題となるのは、請求者が現在も株主であるかどうか、退任の経緯がどのようなものであったかによって、会社が採るべき対応が異なってくるという点です。

以下では、請求を受けた際にまず確認すべき事項、及び退任の経緯ごとの留意点を御説明します。

6 退任の時期と経緯 辞任、任期満了、解任のいずれか
7 退任後の活動 競業する事業への関与の有無
8 在任中の行為に関する係争 責任が問題となっている事項の有無
9 他の権利行使 株主総会の招集の請求等の有無

 到達の日を記録してください

回答の時期については、対応の遅れが問題とされることがあります。手続によっては期間の定めが置かれている場合があります。その有無と起算点は、受け取った書面の内容や事実関係により異なりますので、早めにご確認いただくことをお勧めします。到達の日、封筒、受領の記録を保存してください。

 株主であるかを確認します

退任後に株式を譲渡している場合、既に株主でない可能性があります。株主名簿の記載を確認してください。

 請求の理由の記載を確認します

会計帳簿閲覧謄写請求においては、請求の理由を明らかにすることが求められています。理由の記載が具体的であるかどうかは、会社の対応を左右します。

元取締役からの請求においては、「在任中の会計処理に疑義がある」といった記載がされることがあります。この記載が具体性を備えているかどうかについては、事案ごとの検討を要します。

 退任の経緯を確認します

解任その他の経緯に不満がある場合、請求が、その不満の表れとして行われることがあります。もっとも、不満が背景にあることは、それ自体では請求を拒む理由になりません。

 退任後の活動を確認します

退任した取締役が競業する事業に関与している場合、拒絶事由の有無が問題となり得ます。この点については、競業関係にある株主からの請求に関する記事をご参照ください。

会社側の法的な立場

 元取締役であることは、それ自体では理由になりません

表2 元取締役という属性の位置付け

主張 会社側の整理
元取締役だから請求を拒める 理由になりません。株主としての権利です
元取締役だから広く開示すべきである 理由になりません。株主としての権利の範囲で判断します
在任中に見ていた資料だから当然に見せるべきである 理由になりません。退任後は株主としての請求です
在任中の責任が問題となっているから拒める 別の問題です。拒絶事由に当たるかを個別に検討します

元取締役であるという事実は、請求の可否を直接に決めるものではありません。もっとも、拒絶事由の有無を判断する際の事情として、意味を持つ場合があります。

 在任中に取得した情報との関係

退任した取締役は、在任中に会社の内部情報に接しています。もっとも、退任後にその情報を更新する権利は、役員としての地位に基づいては生じません。

会社としては、株主としての請求に対して、株主に対する対応を行うという整理が必要です。

 在任中の行為に関する責任との関係

在任中の行為について責任が問題となっている場合、その資料の収集を目的として請求が行われることがあります。

もっとも、責任の追及が問題となっていることは、それ自体では請求を拒む理由になりません。拒絶事由に当たるかどうかを、制度に従って個別に検討することになります。

 拒絶事由の検討

会計帳簿閲覧謄写請求については、会社が請求を拒むことができる事由が定められています。元取締役からの請求においては、次の点が検討されることがあります。

請求者が会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事するものであるかどうか。請求者が閲覧又は謄写によって知り得た事実を利益を得て第三者に通報するため請求を行ったものであるかどうか。請求者が会社の業務の遂行を妨げ、株主の共同の利益を害する目的で請求を行ったものであるかどうか。

いずれについても、会社側が事情を示す必要があります。抽象的な懸念では足りません。拒絶事由の詳細については、既存の解説記事をご参照ください。

会社側が検討し得る選択肢

表3 元取締役からの請求に対する選択肢

選択肢 内容 検討事項
請求に応じる 対象となる資料を特定して閲覧等に応じます 範囲の確定、実施の方法
一部について応じる 対象となる資料の一部について応じます 応じない部分の理由
拒絶する 拒絶事由があるとして応じません 事由を示す資料の有無
範囲について協議する 対象の特定について協議します 相手方の意向

いずれの選択肢による場合であっても、判断の理由を記録として残す必要があります。

 対象となる資料の範囲

請求の対象となる資料の範囲については、制度上の議論があります。会計帳簿及びこれに関する資料の範囲をどこまでと考えるかによって、対応が異なります。この点については、対象となる資料に関する記事をご参照ください。

 実施の方法

閲覧に応じる場合、日時、場所、立会いの方法、謄写の可否と方法を定めることになります。元取締役の場合、社内の事情に通じているため、実施の際の対応について事前の準備が必要です。

 記録の作成

閲覧の実施にあたっては、提示した資料の一覧、実施の日時、立ち会った者を記録として残してください。後日、対応の適否が問題とされる場合に必要となります。

してはいけない対応

表4 避けるべき対応

避けるべき対応 理由
元取締役であることを理由に一律に拒む 株主としての権利であり、理由になりません
回答をしないまま放置する 対応の遅れが問題とされます
在任中の経緯を持ち出して交渉に持ち込む 別の問題であり、新たな紛争を生じさせます
抽象的な懸念のみで拒絶する 拒絶事由を示す必要があります
元取締役であることを理由に広く開示する 他の株主との均衡を欠くことになります
担当者が個別に対応する 会社としての対応が一貫しません
実施の記録を残さない 後日、対応の適否を示すことができません

とりわけ、在任中の経緯や責任の問題を持ち出して交渉に持ち込むことは避けてください。会計帳簿閲覧謄写請求への対応と、在任中の行為に関する問題は、別の事項として整理する必要があります。

案件として確認すべき事項

表5 ご相談の際に整理していただく事項

項目 内容
請求書 原本又は写し、封筒、到達の日
対象者 在任期間、役職、退任の時期と経緯
株式 保有する株式数と割合、取得の経緯
退任後の活動 現在の職業、競業する事業への関与
請求の理由 書面に記載された理由
対象資料 求められている資料の範囲
資料の状況 該当する資料の所在と整備の状況
係争 在任中の行為について問題となっている事項
他の権利行使 並行して行われている請求の有無
定款等 定款、登記事項証明書、株主名簿

弁護士に相談する意味

元取締役からの会計帳簿閲覧謄写請求においては、会社側が感情的に反応しやすいという特徴があります。かつて経営に携わっていた者から資料を求められることに対し、拒みたいという意向が生じやすい場面です。

もっとも、拒絶には事由が必要であり、事由を示すことができないまま拒むと、後日の手続において会社側が不利な立場に置かれます。制度に従った判断が必要です。

他方で、無条件に応じることも適切ではありません。対象となる資料の範囲、実施の方法については、検討すべき事項があります。

また、この請求は、多くの場合、単独で行われるものではありません。株式の買取りの要求、株主総会をめぐる権利行使、在任中の行為に関する責任の追及と結び付いていることがあります。全体を見たうえで方針を定める必要があります。

なお、対応の具体的な組立て、実施の際の準備の方法は、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウに属するため、本記事では詳細を開示しておりません。

当事務所は、発行会社、支配株主、代表取締役、法務責任者の側に立ってご依頼をお受けしております。ご相談は事前予約制です。

よくある質問

質問1 退任した人間に会社の帳簿を見せる必要がありますか。

株式を保有していれば株主です。株主としての請求に対しては、制度に従って判断することになります。

質問2 在任中に自分で作った資料です。それでも請求できるのですか。

在任中に関与した資料であるかどうかは、請求の可否を直接に決めるものではありません。株主としての請求として判断されます。

質問3 競業する会社に移っています。拒めますか。

拒絶事由の有無が問題となります。事情を示すことができるかを確認したうえで判断します。

質問4 目的は嫌がらせだと思います。

そのように考えられる場合であっても、抽象的な懸念のみでは拒絶の理由となりません。事情を示すことができるかを検討します。

質問5 回答を保留しても構いませんか。

対応の遅れが問題とされることがあります。早期にご相談ください。

質問6 相談の際には何を持参すればよいですか。

受領した請求書の原本又は写し、封筒、定款、登記事項証明書、株主名簿、当該元取締役の在任及び退任に関する資料、直近3期分の計算書類、退任後のやり取りが分かる資料をご持参ください。

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