自己株式の取得を弁護士に依頼するとき 財源規制、売主追加請求権及び手続の落とし穴

少数株主から株式を買い取ってほしいと言われ、あるいは経営陣の側から株主構成を整理したいと考えて、会社が自社の株式を買い取ることを検討している非上場会社の経営者の方から御相談をいただきます。相手方との間で価格の折り合いはついている、あとは手続だけだと考えて御来所になるのですが、実際には手続そのものに落とし穴が集中しています。本記事は、会社の側が自己株式の取得を弁護士に依頼するという場面について、財源規制、売主追加請求権、そして実務で頻発する手続上の誤りを整理したものです。
自己株式の取得は、株主に会社の財産を払い戻す行為ですから、剰余金の配当と同じ枠の中に置かれています。加えて、特定の株主だけを相手に行うと、株主の平等という別の要請が働き、他の株主に「自分も売る」と言う権利が生まれます。合意ができていることと、適法に実行できることとは別です。
以下では、決議の段階の分け方、特定の株主から買う場合に起動する手続、財源規制の測り方、頻発する誤り、そして依頼の範囲と費用の考え方を、具体的な日付を挙げて御説明します。
本記事が扱う場面と、扱わない場面
自己株式の取得は、株主構成の整理という大きな作業の一部ですので、その位置付けごとにページを分けて整理しております。
- 会社が買主となる手続そのものを依頼するという場面……本記事
- 議決権の到達点と手続の順序を設計する場面……自社株対策を弁護士に依頼するとき 議決権を確保し分散を防ぐための設計と手順
- 相続を原因として会社が買い取る場面……株式等売渡請求を弁護士に依頼するとき 相続人等に対する請求と特別支配株主による請求の使い分け
自己株式の取得は、決議を1回で終えられません
株式会社が自己株式を取得することができるのは、法律が定めた場合に限られます(会社法第155条)。株主との合意によって有償で取得する場合は、そのうちの1つです(同条第3号)。この場合の手続は、3つの段階に分かれています。
第1段階 株主総会で枠を決めます
あらかじめ株主総会の決議によって、取得する株式の数、株式を取得するのと引換えに交付する金銭等の内容及びその総額、並びに株式を取得することができる期間を定めます(会社法第156条第1項第1号から第3号まで)。この期間は1年を超えることができません(同項第3号)。令和9年3月10日の株主総会で期間を1年と定めたのであれば、令和10年3月9日までに取得を終える必要があります。
第2段階 取得のたびに条件を決めます
枠の範囲内で実際に取得しようとするときは、そのたびに、取得する株式の数、1株を取得するのと引換えに交付する金銭等の内容及び数若しくは額又はこれらの算定方法、交付する金銭等の総額、株式の譲渡しの申込みの期日を定めます(会社法第157条第1項)。取締役会設置会社においては、この決定は取締役会の決議によります(同条第2項)。そして、これらの条件は、決定ごとに均等に定めなければなりません(同条第3項)。
第3段階 通知と申込みを経ます
会社は、株主に対し、第2段階で定めた事項を通知します(会社法第158条第1項)。通知を受けた株主は、譲り渡そうとする株式の数を明らかにして申込みをします(会社法第159条第1項)。申込みの総数が取得総数を超えるときは、取得総数を申込みの総数で除して得た数を各申込数に乗じた数の株式の譲受けを承諾したものとみなされます(同条第2項)。この按分の仕組みが、後述する落とし穴の入口です。
特定の株主から買うと決めた瞬間に、別の手続が起動します
実務では、特定の1名から買い取るという場面がほとんどです。この場合、手続の性質が変わります。
特別決議になり、売主は議決権を行使できません
通知を特定の株主に対して行う旨を定める場合には、第1段階の株主総会の決議と併せてその旨を定めます(会社法第160条第1項)。この決議は特別決議です(会社法第309条第2項第2号)。そして、その特定の株主は、その株主総会において議決権を行使することができません(会社法第160条第4項)。議決権の分母から売主の分が外れますので、他の株主の議決権の比重が上がります。売主が大株主である場合には、決議が成立するかどうかを事前に検算しておく必要があります。
他の株主に「自分も売る」と言う権利が生まれます
会社は、特定の株主を定める決議をしようとするときは、法務省令で定める時までに、株主に対し、次に述べる請求をすることができる旨を通知しなければなりません(会社法第160条第2項)。通知を受けた株主は、法務省令で定める時までに、その特定の株主に自己をも加えたものを議案とすることを請求することができます(同条第3項)。これが売主追加請求権です。請求がされれば、その株主も売主に加わり、取得の総数は変わりませんので、当初の売主から買い取れる株式数は按分によって減ります。
通知は2週間前、請求は5日前です
通知をすべき時は、原則として株主総会の日の2週間前です(会社法施行規則第28条)。請求をすることができる時は、原則として株主総会の日の5日前であり、招集の通知の期間が短縮される一定の場合には3日前となります(同規則第29条)。株主総会の日を令和9年3月10日とするのであれば、会社は令和9年2月24日までに通知を発し、株主は令和9年3月5日までに請求をすることになります。この通知を怠ったまま決議をした場合、決議の方法が法令に違反するものとして、決議の取消しの訴えを提起される可能性があります(会社法第831条第1項第1号)。
売主追加請求権を外せる場面と、外せない場面
売主追加請求権が働くと、想定していた株主構成の整理ができなくなります。外せる場面を確認します。
定款の定めと、新設に必要な全員の同意
株式会社は、特定の株主からの取得について、売主追加請求権に関する規定を適用しない旨を定款で定めることができます(会社法第164条第1項)。もっとも、株式の発行の後に定款を変更してこの定めを設ける場合には、その株式を有する株主全員の同意が必要です(同条第2項)。株主が分散した後では、事実上導入できません。設立の時点又は株主が限られている段階で置いておくべき定めです。
相続人等からの取得の特則
会社が、株主の相続人その他の一般承継人から、その相続その他の一般承継により取得した株式を取得する場合には、売主追加請求権の規定は適用されません(会社法第162条本文)。ただし、会社が公開会社である場合(同条第1号)、及びその相続人その他の一般承継人が株主総会又は種類株主総会においてその株式について議決権を行使した場合(同条第2号)は、この限りではありません。相続人が一度でも総会で議決権を行使してしまうと、この特則は使えなくなります。相続の発生を知った段階で、議決権の取扱いを整理しておく必要があるのは、このためです。
市場価格のある株式と、子会社からの取得
市場価格のある株式を、市場価格として法務省令で定める方法により算定される額を超えない額で取得する場合にも、売主追加請求権の規定は適用されません(会社法第161条)。また、会社がその子会社の有する自社の株式を取得する場合には、第1段階の決定を取締役会の決議によることができ、第157条から第160条までの規定は適用されません(会社法第163条)。非上場会社では、この子会社からの取得の枠組みが使える場面があります。
財源規制は、決算書の純資産では測れません
手続が整っていても、財源の枠を超えれば実行できません。
分配可能額の考え方
株主に交付する金銭等の帳簿価額の総額は、その行為が効力を生ずる日における分配可能額を超えることができません(会社法第461条第1項第3号)。分配可能額は、剰余金の額を基礎として、自己株式の帳簿価額、自己株式の対価の額その他法務省令で定める額を控除して算定します(同条第2項)。純資産の額が厚くても、資本金及び資本準備金の額が大きければ剰余金は小さくなり、枠は狭くなります。決算書の純資産の部の合計額を見て判断してはなりません。
判定の基準時は、効力を生ずる日です
枠の判定は、決議の日でも、事業年度末でもなく、取得の効力が生ずる日を基準とします。決議から実行までの間に多額の配当や別の買取りを行えば、枠は減ります。複数の株主から順に買い取る場合には、実行の順序と各時点の枠を一覧にして管理します。
枠を超えた場合の責任
分配可能額を超えて交付がされた場合、金銭等の交付を受けた者と、その行為に関する職務を行った業務執行者等は、会社に対し、連帯して、交付を受けた金銭等の帳簿価額に相当する金銭を支払う義務を負います(会社法第462条第1項)。また、その事業年度に係る計算書類の承認の時に欠損が生じているときは、業務執行者は、その職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明した場合を除き、欠損の額を支払う義務を負います(会社法第465条第1項)。取締役個人の責任に直結する点が、この手続の重さです。
実務で頻発する手続上の誤り
相談をお受けする中で、繰り返し目にする誤りが4つあります。
第1 議事録に「枠」しか書かれていない
株主総会の議事録に取得する株式の数と総額だけが記載され、取得することができる期間が抜けている例、特定の株主から取得する旨の記載が抜けている例があります。会社法第156条第1項各号及び第160条第1項の事項は、いずれも決議事項です。記載が欠ければ、決議の有効性が後から争われます。
第2 第2段階の決定を省略している
株主総会の決議だけで買取りを実行し、取締役会の決議(会社法第157条第2項)を経ていない例が多く見られます。株主総会で定めるのは枠であって、実際の取得の条件は別に決定する必要があります。
第3 1年の期間を経過している
数年前の株主総会の決議を根拠に買取りを実行しようとする例があります。取得することができる期間は1年を超えることができませんので(会社法第156条第1項第3号)、期間が経過していれば、改めて決議を経る必要があります。
第4 株券の授受が済んでいない
定款に株券を発行する旨の定めがある会社では、株式の譲渡は株券を交付しなければ効力を生じません(会社法第128条第1項)。株券が長年紛失されたままである例が少なくありません。株券の所在を先に確認し、必要であれば株券を発行しない旨の定款の変更を先行させます。
なぜ株主は、買取りに応じつつ価格で争うのか
合意ができたと思った後に価格の話が蒸し返される背景には、3つの事情があります。
第1 算定の方法が示されていないため
提示された金額の根拠が示されていない場合、株主は他の情報源に当たります。他社の事例や書籍の記述を持ち出され、協議が振り出しに戻ります。算定の考え方を先に示しておくことが、結局は近道になります。
第2 他の株主の条件を知ったため
売主追加請求権に関する通知は、他の株主に対して、誰かが会社に株式を売ろうとしているという事実を知らせるものでもあります。条件の均衡が争点となりますので、順序と条件の考え方をそろえておく必要があります。
第3 会社の財務内容を初めて見たため
買取りの協議の過程で計算書類が開示されると、想定より内部留保が厚いことが判明する例があります。会計帳簿の閲覧謄写請求(会社法第433条第1項)に発展することもあります。開示する資料の範囲を、着手前に決めておきます。
依頼の時期と、任せられる範囲、費用の考え方
この手続は、株主との合意の前に御相談いただくのが最も有効です。
依頼の時期
価格の交渉に入る前が最も望ましい時期です。分配可能額の枠、売主追加請求権を外せるかどうか、株券の有無によって、そもそも会社が買主になれるかどうかが決まります。買主を後継者又は持株会社に変える判断は、交渉が進む前でなければ切り替えが難しくなります。
任せられる範囲
定款と株主名簿の確認、買主を会社とするかどうかの判断、株主総会の招集手続と議案の作成、売主追加請求権に関する通知、取締役会の決議、株主に対する通知と申込みの受付、株式譲渡契約書の作成、株主名簿の書換え、分配可能額の確認の補助が、弁護士の業務です。登記の申請は司法書士が、課税関係の検討は税理士が、株式の価値の算定は評価の専門家が担当します。
費用の考え方
費用は、対象となる株主の人数と、価格の交渉を伴うかどうかによって変わります。手続の設計と書類の作成までを一つの範囲とし、価格の交渉、裁判所の手続をそれぞれ別の範囲として定めるのが通例です。登記及び算定に要する費用は、実費として別に必要となります。委任契約書に範囲と金額を明記したうえで着手します。
いま確認していただきたいこと
本日のうちに、次の事項を御確認ください。
第1に、直近の計算書類から、剰余金の額、資本金及び資本準備金の額、自己株式の帳簿価額を書き出してください。分配可能額の出発点です。
第2に、定款を開き、株券を発行する旨の定めの有無と、特定の株主からの取得に関する定め(会社法第164条第1項)の有無を御確認ください。
第3に、株主名簿から、売主となる株主を除いた議決権の数を計算し、特別決議が成立するかどうかを検算してください。
第4に、他の株主のうち、売主追加請求権を行使しそうな方が何名いるかを見積もってください。全員が請求した場合の按分の結果を試算します。
第5に、株券発行会社である場合には、対象となる株式の株券が現存しているかどうかを御確認ください。
よくあるご質問
株主全員が同意していれば、手続を省略できますか
省略できません。自己株式の取得は、会社の財産を払い戻す行為であり、債権者の利益にも関わりますので、財源規制は同意によって外すことができません。もっとも、株主総会の招集の手続については、株主全員の同意があるときは招集の手続を経ることなく開催することができます(会社法第300条)。手続の一部を簡略化できる場面はありますが、決議事項そのものは省略できません。
分配可能額が足りない場合、どうすればよいですか
買主を後継者又は持株会社に変える方法、取得する株式数を分割して複数の事業年度にまたがらせる方法、剰余金の額を増やすための資本金の額の減少を先行させる方法があります。いずれも要する期間が異なりますので、到達したい期日から逆算して選びます。
売主追加請求権の通知を出したくないのですが
特定の株主から取得する場合には、通知は法律上の義務です(会社法第160条第2項)。省略すれば決議の取消しの原因となり、後から手続をやり直すことになります。相続人その他の一般承継人からの取得であれば特則が使える場面がありますので(会社法第162条)、まず要件に当たるかどうかを確認します。
買い取った株式は、その後どうなりますか
会社が保有する自己株式には議決権がありません(会社法第308条第2項)。したがって、取得によって他の株主の議決権の割合は相対的に上昇します。買取りの結果として誰の比率がどこまで上がるのかを、実行前に計算しておく必要があります。
おわりに
自己株式の取得は、価格の合意ができた後に始まる作業のように見えますが、実際には合意の前に決めておくべき事項が集中しています。分配可能額の枠、売主追加請求権、株券の所在という3点のいずれかが欠けていると、合意が実行できません。逆にいえば、この3点を先に確認しておけば、手続は淡々と進みます。
剰余金の額がいくらか、定款に特定の株主からの取得に関する定めがあるか、株券発行会社であるかという3点が分かれば、その日のうちに会社が買主になれるかどうかを申し上げます。定款と株主名簿、直近の計算書類をお手元に御用意のうえ、お電話をください。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
自己株式の取得に関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8時00分から21時00分まで(土曜・日曜・祝日を含みます)
出典
法令
会社法第128条第1項(株券発行会社の株式の譲渡)、第155条及び同条第3号(自己株式を取得することができる場合)、第156条第1項第1号から第3号まで(株式の取得に関する事項の決定)、第157条第1項から第3項まで(取得価格等の決定)、第158条第1項(株主に対する通知等)、第159条第1項及び第2項(譲渡しの申込み)、第160条第1項から第4項まで(特定の株主からの取得)、第161条(市場価格のある株式の取得の特則)、第162条(相続人等からの取得の特則)、第163条(子会社からの株式の取得)、第164条第1項及び第2項(特定の株主からの取得に関する定款の定め)、第300条(招集手続の省略)、第308条第2項(自己株式の議決権)、第309条第2項第2号(株主総会の特別決議)、第433条第1項(会計帳簿の閲覧等の請求)、第461条第1項第3号及び第2項(配当等の制限及び分配可能額)、第462条第1項(剰余金の配当等に関する責任)、第465条第1項(欠損が生じた場合の責任)、第831条第1項第1号(株主総会等の決議の取消しの訴え)
会社法施行規則第28条(株主に対する通知の時期)、第29条(議案の追加の請求の時期)
付記
税法上の評価と、会社法上の「公正な価格」又は「売買価格」とは、目的も算定方法も異なります。財産評価基本通達は行政庁の内部の取扱いであって、裁判所を拘束するものではありません(国家行政組織法第14条第2項)。
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