会計帳簿の閲覧謄写の請求が拒絶事由に当たるかどうかの判断

第1号、第2号及び第4号は請求者の目的に関するもの、第3号は客観的な地位に関するもの、第5号は過去の行為に関するものです。会社が主張しやすい順序は、事案により異なります。
第1号 権利の確保又は行使に関する調査以外の目的
要件
請求を行う株主が、その権利の確保又は行使に関する調査以外の目的で請求を行ったときは、会社は請求を拒むことができます。
「権利」とは、株主としての権利を指します。議決権の行使、剰余金の配当を受ける権利、取締役の責任を追及する訴えの提起の請求(会社法第847条第1項)、取締役の行為の差止めの請求(会社法第360条第1項)、株式の売買価格をめぐる手続等が、これに含まれ得ます。
会社が主張し得る場面
| 場面 | 検討の視点 |
|---|---|
| 個人的な関心から会社の内情を知ろうとしている | 株主としての権利との関連が示されているか |
| 株主でない第三者のために情報を取得しようとしている | 誰の利益のための請求か |
| 訴訟における証拠の収集のみを目的としている | 株主としての権利の行使との関係 |
| 株式の売却先に提供する目的である | 株主としての権利の行使に当たるか |
立証の難しさ
目的は請求者の内心に関する事柄ですので、直接に立証することは困難です。会社としては、請求書の記載、従前のやり取り、請求者の行動といった外形的な事実から、目的を推認させる事情を積み上げることになります。
なお、株主が株式の売却を検討していること自体は、株主としての権利の行使と無関係とは言い切れませんので、この一事のみをもって第1号に該当すると判断することには慎重を要します。
第2号 業務の遂行を妨げ、株主の共同の利益を害する目的
要件
請求者が会社の業務の遂行を妨げ、株主の共同の利益を害する目的で請求を行ったときは、会社は請求を拒むことができます。
会社が主張し得る事情
- 過大な範囲の資料を短期間に要求し、会社の通常の業務が停止するような態様であること
- 同種の請求が短期間に繰り返されていること
- 請求と併せて、業務を妨げる言動が繰り返されていること
- 請求の目的が、会社に金銭的な負担を与えることにあると認められる事情があること
留意点
会社の業務に一定の負担が生じることは、閲覧謄写の請求に本来伴うものです。負担が生じることのみをもって第2号に該当するとはいえません。「妨げる目的」の存在を示す必要があります。
第3号 実質的な競争関係
要件
請求者が会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事するものであるときは、会社は請求を拒むことができます。
判断の枠組み
この号については、裁判所の判断として、請求者が会社と競業をなす者であるという客観的な事実が認められれば足り、当該株主に会社を害する主観的な意図があることを要しないという考え方が示されております。すなわち、他の号と異なり、目的の立証を要しないという点が、会社の側にとって実務上の意味を持ちます。
「実質的に」の意味
同一の業種に属していることが常に必要というわけではなく、また、同一の業種に属していれば常に該当するというわけでもありません。市場が地理的に重なるか、顧客層が競合するか、取り扱う商品又は役務が代替関係にあるかといった点から、実質的に競争関係にあるといえるかを判断することになります。
「従事するもの」
請求者自身が事業を営んでいなくとも、競争関係にある事業に従事している場合には該当し得ます。競争関係にある会社の役員又は従業員である場合が、これに当たります。
また、請求者が支配する法人が競争関係にある事業を営んでいる場合の取扱いについては、実質的に判断されることになります。
会社が示すべき資料
- 請求者又はその関係者の会社の登記事項証明書
- 事業の内容を示す資料(会社の案内、ウェブサイトの記録等)
- 商圏及び顧客層が重なることを示す資料
- 取引先が共通していることを示す資料
第4号及び第5号 利益を得て第三者に通報すること
第4号の要件
請求者が、会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧又は謄写によって知り得た事実を利益を得て第三者に通報するため請求したときは、会社は請求を拒むことができます。
第5号の要件
請求者が、過去2年以内において、会計帳簿又はこれに関する資料の閲覧又は謄写によって知り得た事実を利益を得て第三者に通報したことがあるものであるときは、会社は請求を拒むことができます。
実務上の位置付け
第5号は、過去の行為という客観的な事実に関するものですので、これを立証し得る場合には有力な主張となります。もっとも、他社における過去の行為を会社が把握していることは多くありませんので、実際に用いられる場面は限られます。
拒絶の判断を誤った場合の帰結
訴訟又は仮処分の手続
会社が請求を拒んだ場合、株主は、会計帳簿等の閲覧謄写を求める訴えを提起し、又は仮処分を申し立てることが考えられます。この手続において、拒絶の事由の存在は会社が主張立証すべき事柄とされます。
会社の負担
手続に要する期間及び費用に加え、手続の中で会社の対応の経過が明らかとなります。拒絶の事由が認められなかった場合、会社が不誠実な対応をしたという評価が、他の紛争にも及ぶことがあります。
他の請求への波及
会計帳簿の閲覧謄写を拒んだことが、取締役の責任を追及する根拠として主張されることがあります。また、株主総会において説明を求められた場合の対応(会社法第314条)とも関連いたします。
拒絶する場合の実務
書面により理由を示します
拒絶する場合には、会社法第433条第2項のどの号に該当すると考えるのかを、条文に即して明示いたします。単に「応じられません」と回答することは、その後の手続において会社の主張を裏付ける資料としての価値が乏しくなります。
一部について応じるという整理
拒絶の事由が請求の全体に及ぶとは限りません。例えば、実質的な競争関係を理由とする拒絶であっても、競争関係と関連しない部分については応じるという整理が考えられます。
根拠となる資料の確保
拒絶の事由を主張するに当たっては、これを裏付ける資料をあらかじめ確保しておく必要があります。手続が開始してから資料を探すのでは、間に合わないことがあります。
具体的な主張の順序及び資料の提出の方法は、請求者との関係、係属している他の紛争、会社の事業の内容等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本ページでは詳細を開示しておりません。
確認すべき期限と資料
主な期限
| 事項 | 期限 | 根拠条文 |
|---|---|---|
| 会計帳簿及び重要な資料の保存 | 会計帳簿の閉鎖の時から10年間 | 会社法第432条第2項 |
| 計算書類等の保存 | 作成した時から10年間 | 会社法第435条第4項 |
| 第5号の期間 | 過去2年以内 | 会社法第433条第2項第5号 |
| 提訴の請求に対する会社の判断 | 請求の日から60日 | 会社法第847条第3項 |
会社の側でご準備いただきたい資料
- 株主から届いた請求の書面及びその封筒
- 請求者及びその関係者の登記事項証明書
- 請求者が営む事業の内容を示す資料
- 会社の事業の内容及び商圏を示す資料
- 請求者との従前のやり取りの記録
- 株主名簿及び議決権の数の一覧
- 現に効力を有する定款
弁護士にご相談いただく意味
拒絶の事由に当たるかどうかの判断は、会社にとって最も難しい判断の一つです。該当すると考えて拒んだところ、後の手続で認められなければ、開示することになるだけでなく、会社の対応が不誠実であったという評価を受けます。他方、該当するにもかかわらず応じてしまえば、本来は開示を要しない情報が競争関係にある者の手に渡ることになります。
判断の分かれ目は、多くの場合、「客観的な事実を示す資料があるか」という一点にあります。とりわけ第3号については、目的の立証を要しないという点で会社の側にとって用いやすい主張ですが、実質的な競争関係を示す資料の準備が前提となります。当事務所は、会社の側のお立場で、この判断と資料の準備をご一緒に行っております。
よくあるご質問
質問1 請求者が同業の会社の役員です。これだけで拒めますか。
会社法第433条第2項第3号は、請求者が会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事するものであるときを拒絶の事由としております。同業であることのみで直ちに実質的な競争関係が認められるわけではなく、商圏、顧客層、取り扱う商品又は役務の関係等から判断されます。
質問2 第3号を主張するには、株主に加害の意図があることを示す必要がありますか。
裁判所の判断としては、請求者が会社と競業をなす者であるという客観的な事実が認められれば足り、加害の意図等の主観的な要件を要しないという考え方が示されております。
質問3 請求の目的が株式の売却の準備であるようです。
株主が株式の売却を検討していること自体は、株主としての権利と無関係とは言い切れません。第1号に該当するというためには、権利の確保又は行使に関する調査以外の目的であることを示す事情が必要です。
質問4 資料の量が膨大で、業務に支障が生じます。
閲覧謄写に一定の負担が伴うことは制度上想定されております。負担が生じることのみでは第2号に該当いたしません。日時及び方法を調整すること、対象を請求の理由と関連する範囲に整理することが、現実的な対応となります。
質問5 拒絶した場合、会社にどのような不利益がありますか。
株主は、閲覧謄写を求める訴えを提起し、又は仮処分を申し立てることが考えられます。この手続において拒絶の事由の存在は会社が主張立証すべき事柄とされます。認められなかった場合、開示することになるほか、会社の対応が他の紛争において不利に評価されることがあります。
本記事の根拠条文
会社法
- 第314条(取締役等の説明義務)
- 第360条第1項(取締役の行為の差止めの請求)
- 第432条第2項(会計帳簿等の保存)
- 第433条第1項・第2項第1号から第5号まで(会計帳簿の閲覧等の請求及び拒絶事由)
- 第435条第4項(計算書類等の保存)
- 第847条第1項・第3項(責任追及等の訴えの提起の請求、60日)
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、会計帳簿の閲覧謄写の請求について、拒絶の事由の有無を検討する段階から、会社の側のご相談をお受けしております。事実の調査、資料の確保、回答書の作成、訴訟又は仮処分の手続における主張立証まで、会社の側の代理人としてお引き受けいたします。
詳しくは、会計帳簿の閲覧謄写を請求された会社の方に向けたご案内のページ(/choboetsuran_taiou/)をご覧ください。同ページでは、当事務所が行うこと、費用の目安、ご相談から受任までの流れをご説明しております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日・日曜日・祝日も受付いたします
ご相談の際に、株主から届いた請求の書面、請求者及びその関係者の登記事項証明書、請求者の事業の内容が分かる資料、従前のやり取りの記録、株主名簿をご用意いただけますと検討が早く進みます。これらがお手元にないことを理由にご相談をお断りすることはありません。
本記事は一般的な制度の説明であり、結論は事案ごとに異なります。同種の事案において同じ結果となることを保証するものではありません。個別の事情については、弁護士にご相談ください。
必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
拒絶事由ごとの立証の負担と会社側の準備
会社法第433条第2項各号の拒絶事由は、会社の側が主張し、立証すべき事項です。株主の側が「拒絶事由に当たらないこと」を立証するのではありません。したがって、拒絶するという判断を採る場合には、その時点で立証の見通しを立てておく必要がございます。
| 拒絶事由 | 会社側が示すべき事実 | 準備しておく資料 |
|---|---|---|
| 権利の確保又は行使に関する調査以外の目的 | 請求の目的が株主としての権利と無関係であること | 請求書の記載、株主からの過去の連絡の記録 |
| 会社の業務の遂行を妨げ、株主の共同の利益を害する目的 | 請求の態様、頻度、対象の範囲が業務の遂行を妨げる程度に至ること | 請求の履歴、対応に要した時間の記録 |
| 実質的に競争関係にある事業を営み、又はこれに従事する者 | 株主又はその関係者の事業の内容が会社の事業と競合すること | 登記事項証明書、公開情報、取引の記録 |
| 閲覧により知り得た事実を利益を得て第三者に通報するため | 過去に同様の行為があったこと、その具体的な態様 | 過去の経緯に関する記録 |
| 過去2年以内に前号の通報をしたことがあるとき | 通報の事実と時期 | 当時の記録 |
一部について応じるという設計
実務上は、請求の全部を拒絶するのではなく、理由との関連が認められる範囲に限って応じるという設計が有効な場合がございます。この場合、会社側は、応じる範囲と応じない範囲とを明示し、応じない部分についてはその理由を示します。全部を拒絶した場合と比較して、後の手続における会社側の対応の合理性が評価されやすくなります。
拒絶の判断を誤った場合に生じること
拒絶が相当でないと判断された場合、株主は閲覧謄写を求める訴えを提起し、又は仮処分を申し立てることができます。会社側は、その手続への対応の負担を負うほか、拒絶したという事実そのものが、役員の責任が問題とされる局面において不利に評価される可能性があります。拒絶という判断は、立証の見通しが立つ場合に限って採るべきものです。
このページの位置付けと、関連するページ
本ページは、会計帳簿の閲覧謄写請求への対応に関する解説のうち、「会計帳簿の閲覧謄写の請求が拒絶事由に当たるかどうかの判断」という論点を扱うページです。会計帳簿の閲覧謄写請求への対応の全体像は、次の中核となるページを御覧ください。
同じ主題を扱う関連ページ
具体的な御相談をお考えの会社の皆様へ
本ページの主題に関し、当事務所の取扱内容、対応の進め方及び費用の考え方は、次の御案内のページに整理しています。あわせて御覧ください。


