元従業員が株主のまま退職した場合、会社は株式を回収できるか

この記事の位置付け

元従業員が株主のまま退職した場合に関するメインのページです。本ページは、発行会社の側から、譲渡制限や買取りの定めにより株式を回収し得るかをご説明します。元役員の場合は別のページをご参照ください。

▶ 元役員が株式を持ったまま退任した場合の会社側対応

従業員持株会又は個人名義で自社株式を保有していた従業員が退職することになったが、株式を保有したまま退職されると困る、何とか回収することはできないだろうかという非上場会社の経営者の方から、ご相談をいただくことがあります。

この場面で問題となるのは、株式の保有形態や、退職時の取扱いについての取決めの有無によって、会社が株式を回収できるかどうかが大きく異なってくるという点です。取決めがないまま退職を迎えると、元従業員が株主として残ってしまう場合があります。

以下では、保有形態ごとに会社が採り得る対応を整理してご説明します。

従業員持株会を通じて保有している 規約に退会及び持分の払戻しに関する定めが置かれていることがあります 規約の定めに従って処理します
個人の名義で保有し、譲渡に関する取決めがある 取決めの内容に従うことになります 取決めの内容と有効性を確認します
個人の名義で保有し、取決めがない 株主として残ります 合意による取得を検討します
定款に取得条項の定めがある 定めの内容に従うことになります 定款を確認します

実務上、最も多く問題となるのは、個人の名義で保有し、取決めがない場合です。

 従業員持株会による場合

従業員持株会を通じて保有している場合、規約に、退職を退会の事由とし、持分の払戻しを行う旨の定めが置かれていることがあります。この場合、規約の定めに従って処理することになります。

もっとも、持株会の実態が伴っていない場合、規約が整備されていない場合、運営が長期にわたって行われていない場合には、規約の定めに従った処理ができないことがあります。

表2 従業員持株会について確認すべき事項

確認事項 内容
規約の有無 規約が作成され、保管されているか
退会に関する定め 退職を退会の事由としているか
払戻しの定め 払戻しの方法と価額の定めがあるか
運営の実態 総会の開催、名簿の管理、配当の処理が行われているか
名義 株主名簿上の記載がどうなっているか
加入の手続 加入の際の書面が残っているか

これらのいずれかを欠く場合、退職者との間で争いが生じ得ます。

 個人の名義で保有し、取決めがある場合

株式を保有させた際に、退職時に会社又は会社の指定する者に譲渡する旨の取決めがされている場合があります。この場合、その内容に従うことになります。

もっとも、価格の定めがない場合、定めがあってもその内容が問題となる場合には、そのまま請求できるとは限りません。取決めの内容と有効性については、事案ごとの検討を要します。

 個人の名義で保有し、取決めがない場合

取決めがない場合、会社が一方的に取り戻すことはできません。合意による取得を検討することになります。この点については、任意の買取りに関する記事をご参照ください。

例外及び注意点

 定款に取得条項の定めがある場合

定款において、一定の事由が生じた場合に会社が株式を取得することができる旨の定めが置かれている場合があります。この定めの内容によっては、退職を事由とする取得が可能となる場合があります。

もっとも、このような定めを新たに置くには定款の変更が必要であり、既に発行されている株式について内容を変更するには、追加の手続を要する場合があります。

 譲渡制限の定めとの関係

譲渡制限の定めがある会社においては、退職者が第三者に株式を譲渡しようとする場合、会社の承認を要します。この場面での対応については、株式譲渡承認請求に関する記事をご参照ください。

 人数が多い場合

従業員に株式を保有させてきた会社においては、退職者が多数に及ぶことがあります。1名ごとの対応では処理が追いつかないことがありますので、全体の方針を定めたうえで進める必要があります。

 相続が発生する場合

退職者に相続が発生すると、相続人が株主となります。会社との関係がさらに薄い者が株主となりますので、早期の対応が望まれます。

 対価の水準

対価の水準については、算定の根拠を整えたうえで検討することになります。取得した当時の価額をそのまま用いることができるとは限りません。

税務上の取扱いについては、税理士その他の税務専門家にご確認いただく必要があります。

次に確認すること

表3 ご相談の際に整理していただく事項

項目 内容
保有の形態 従業員持株会か、個人の名義か
規約 従業員持株会の規約の有無と内容
取得の経緯 いつ、どのような目的で保有させたか
書面 加入の際、取得の際の書面の有無
対象者 退職者の人数、退職の時期
株式数 各人が保有する株式数と合計の割合
定款 譲渡制限、取得条項に関する定め
株主名簿 現在の記載の状況
現在の関係 連絡がつくか、対立があるか

 書面の有無を最初に確認してください

加入の際の書面、取得の際の書面が残っているかどうかが、対応の出発点です。長期間が経過している場合、書面が失われていることが少なくありません。

 株主名簿の記載を確認します

従業員持株会を通じて保有している場合と個人の名義で保有している場合とで、株主名簿の記載が異なります。実態と記載が一致しているかを確認してください。

 全体の方針を先に定めます

対象者が複数いる場合、1名ごとに条件を定めると、条件が食い違うことになります。全体の方針を先に定めてください。

 M&Aの直前に売却を拒否された場合の進め方

M&Aの交渉が進んだ段階で、元従業員である株主が株式の売却を拒否するという事態が生じます。拒否の理由は、次の3つの類型に整理できます。それぞれ対応が異なりますので、まず理由を特定してください。

第1に、価格を理由とする拒否です。提示した価格の算定の根拠を説明し、必要に応じて第三者による算定を行います。M&Aの譲渡価格が判明している場合には、その価格との関係を問われますので、支配権を伴う譲渡と少数株式の譲渡との相違について、あらかじめ説明を用意してください。価格の上乗せを行う場合には、他の株主との均衡に留意し、上乗せの理由を記録に残します。

第2に、感情を理由とする拒否です。退職の経緯、在職中の処遇、経営者との関係に起因するものであり、価格の調整のみでは解決しません。この場合には、交渉の担当者を代えること、代理人を通じて協議すること、対面ではなく書面により進めることが有効な場合があります。過去の経緯に関する主張には反論をせず、株式の取扱いという論点に限って協議を進めてください。

第3に、税務を理由とする拒否です。譲渡による所得に対する課税の負担を懸念する場合には、税理士による説明の機会を設けることが有効です。会社が税務上の助言を行うことは避け、専門家を紹介するにとどめてください。

第4に、会社法上の手続へ移行する判断の時期です。交渉の期限は、M&Aの最終契約の締結の予定日から逆算して定めます。株式の併合による手続には株主総会の決議及び債権者に対する手続を要せず、比較的短期間で完了しますが、価格の決定の申立てを受ける可能性は残ります。買主との間では、集約が完了していない場合の取扱い(前提条件とするか、価格の調整によるか)をあらかじめ協議してください。

弁護士に相談する意味

この問題は、株式を保有させた当時の書面の有無によって、対応が大きく異なります。書面がある場合はその解釈が、ない場合は合意による取得の検討が中心となります。

また、従業員持株会による場合、規約と運営の実態が問題となります。実態を欠く持株会については、その整理そのものが課題となることがあります。

さらに、この問題は、将来にわたって繰り返されます。今後も従業員に株式を保有させるのであれば、退職時の取扱いを制度として整えておく必要があります。

なお、対象者への働きかけの方法、条件の組立てについては、事案ごとに異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウに属するため、本記事では詳細を開示しておりません。

当事務所は、発行会社、支配株主、代表取締役、法務責任者の側に立ってご依頼をお受けしております。ご相談は事前予約制です。

よくあるご質問

質問1 退職したのだから返すのが当然ではありませんか。

退職により当然に株主でなくなるものではありません。取決めの有無を確認することが出発点となります。

質問2 持株会の規約が見当たりません。

規約がない、又は運営の実態を欠く場合、退職者との間で争いが生じ得ます。現状を確認したうえでご相談ください。

質問3 取得した当時の値段で買い戻せますか。

そのように定めた有効な取決めがある場合を除き、当時の価額をそのまま用いることはできません。

質問4 退職者が多数います。

全体の方針を先に定めたうえで進めることをお勧めいたします。

質問5 相談の際には何を持参すればよいですか。

定款、登記事項証明書、株主名簿、従業員持株会の規約、加入及び取得に関する書面、退職者の一覧、直近3期分の計算書類をご持参ください。

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執筆者

弁護士法人M&A総合法律事務所 代表弁護士 土屋勝裕(東京弁護士会所属 登録番号26775)

平成23年に最高裁判所において株式買取請求権に関する逆転判決を得た弁護士であります。長島・大野・常松法律事務所に在籍した後、慶應義塾大学ビジネス・スクール及びペンシルベニア大学ウォートン校に留学し、ファイナンス理論並びにM&A及び不動産を専攻しました。不動産投資信託(J-REIT)の上場案件にも関与しております。

主として取り扱う分野 M&A、株式買取請求権、非上場株式の価格の決定、企業価値評価、事業承継及び企業法務

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本記事の記載は一般的な法律情報であり、個別の事案に関する法律上の助言ではありません。記載した経歴は事実の記述であり、個別の事件の結果を保証するものではありません。