会計帳簿の閲覧謄写の仮処分を申し立てられた場合の会社の対応

会計帳簿の閲覧謄写の請求を拒んだところ、裁判所から書面が届きました。株主が、会計帳簿等の閲覧及び謄写を求める仮処分を申し立てたとのことです。審尋の期日が指定されております。会社としてどのように臨めばよいのでしょうか。
先に結論を申し上げます。この仮処分は、仮の地位を定める仮処分(民事保全法第23条第2項)として申し立てられるものであり、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ発することができないのが原則です(同条第4項)。すなわち、会社には主張と資料を提出する機会が与えられます。そして、この種の仮処分は、認められれば閲覧謄写が実際に行われ、本案の判決を待たずに目的が達せられるという性質を持ちますので、被保全権利のみならず、保全の必要性についても慎重な審理が行われます。会社の側は、この二つの側面から主張を組み立てることになります。本記事では、その組立てを整理いたします。
仮処分の性質
仮の地位を定める仮処分
争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときは、仮の地位を定める仮処分命令を発することができるものとされております(民事保全法第23条第2項)。
会計帳簿の閲覧謄写を求める仮処分は、この類型に属します。
審尋の期日
仮の地位を定める仮処分命令は、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ、これを発することができません。ただし、その期日を経ることにより仮処分命令の申立ての目的を達することができない事情があるときは、この限りでないとされております(民事保全法第23条第4項)。
したがって、会社は、原則として、裁判所において主張と資料を提出する機会を与えられます。この期日までの準備が、結論を大きく左右いたします。
満足的な性質
閲覧謄写が実施されれば、株主は情報を取得いたします。いったん取得された情報を回復することはできませんので、この仮処分は、本案の訴訟の結論を実質的に先取りする性質を持ちます。この点は、保全の必要性の審理において考慮され得る事情です。
担保
仮処分命令は、担保を立てさせて発することができるものとされております(民事保全法第14条第1項)。
被保全権利をめぐる主張
被保全権利は、会社法第433条第1項に基づく会計帳簿等の閲覧謄写の請求権です。会社の側の主張としては、次のようなものが考えられます。
| 主張 | 内容 | 根拠条文 |
|---|---|---|
| 株主でないこと | 株主名簿の記載、株式の取得の経緯 | 会社法第130条第1項 |
| 持株の要件を欠くこと | 100分の3の計算(自己株式を除いた分母) | 会社法第433条第1項 |
| 請求の理由が具体的でないこと | 請求の理由の記載の程度 | 会社法第433条第1項後段 |
| 対象が「会計帳簿又はこれに関する資料」に当たらないこと | 対象の範囲 | 会社法第433条第1項 |
| 請求の理由と対象との関連がないこと | 理由に照らした範囲 | 会社法第433条第1項 |
| 拒絶の事由があること | 5つの号のいずれかに該当すること | 会社法第433条第2項 |
拒絶の事由の主張
会社法第433条第2項各号の拒絶の事由は、会社の側が主張立証すべき事柄です。仮処分の手続においては、証明ではなく疎明で足りますが、抽象的な主張では認められません。客観的な資料により裏付ける必要があります。
とりわけ第3号(実質的な競争関係)については、請求者の主観的な意図の立証を要しないという考え方が示されておりますので、客観的な資料を確保し得る場合には、有力な主張となります。
対象の範囲に関する主張
「会計帳簿又はこれに関する資料」の範囲については見解が分かれております。会社の側としては、請求の理由に照らして必要な範囲を超える資料が対象とされていることを主張することが考えられます。
保全の必要性をめぐる主張
保全の必要性とは
仮の地位を定める仮処分は、債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるため必要があるときに発せられるものです(民事保全法第23条第2項)。したがって、本案の訴訟の判決を待っていては目的を達し得ないという事情が必要となります。
会社の側の主張
| 主張 | 内容 |
|---|---|
| 急を要する事情がないこと | 請求から申立てまでに相当の期間が経過していること |
| 目的とする権利の行使に期限がないこと | 期限のある手続と結び付いていないこと |
| 既に必要な情報が提供されていること | 計算書類等が開示されていること |
| 本案の訴訟で足りること | 判決を待っても株主に不利益が生じないこと |
| 満足的な仮処分であること | 実施されれば回復し得ないこと |
期限との結び付き
株主が、株式の売買価格の決定の申立て、取締役の解任の訴え、決議の取消しの訴えといった期限のある手続を予定している場合には、保全の必要性が認められやすくなります。他方、そのような期限が示されていない場合には、本案の訴訟によれば足りるという主張が成り立ち得ます。
会社が既に応じている範囲
会社が、計算書類等の閲覧謄本の交付(会社法第442条第3項)に応じている、一部の資料を任意に開示しているといった事情は、保全の必要性を減殺する事情となり得ます。会社の側が、これまでの対応の経過を記録により示すことが有用です。
審尋の期日までの準備
時間的な制約
審尋の期日は、申立てから短い期間で指定されることがあります。会社としては、直ちに資料の収集と主張の整理に着手する必要があります。
準備する資料
- 株主名簿及び議決権の数の一覧(自己株式の数を含みます)
- 発行済株式の総数が分かる登記事項証明書
- 現に効力を有する定款
- 請求書及び会社の回答書並びに従前のやり取りの記録
- 拒絶の事由を裏付ける資料(請求者の事業の内容、登記事項証明書等)
- 対象となり得る資料の一覧及びその分量が分かる資料
- 会社が既に開示した資料の一覧
陳述書
会社の対応の経過、請求者との従前の関係、拒絶の事由を基礎付ける事実については、担当者の陳述書を作成することが有用です。
代替案の提示
閲覧謄写の範囲を限定する、実施の方法を定める、といった代替案を会社の側から提示することにより、争点を限定し得る場合があります。全面的に争うか、範囲を限定して受け入れるかの判断は、会社の状況によります。具体的な方針の立て方は、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本ページでは詳細を開示しておりません。
決定が出た場合の対応
仮処分命令が発せられた場合
命令の内容に従い、閲覧謄写を実施することになります。実施の日時、場所、立会いの有無、謄写の方法及び費用については、命令の内容の範囲内で調整いたします。
命令の対象とされた資料の範囲を正確に把握し、対象外の資料が閲覧の対象とならないよう管理することが必要です。
保全異議及び保全抗告
仮処分命令に対しては、債務者は保全異議を申し立てることができます(民事保全法第26条)。また、保全異議の申立てについての決定に対しては、保全抗告をすることができます(民事保全法第41条第1項)。
もっとも、閲覧謄写が実施された後は、これらの手続を経ても情報が回復するわけではありません。したがって、争うのであれば審尋の期日の段階で十分な主張を行うことが重要です。
申立てが却下された場合
株主は、本案の訴訟を提起することが考えられます。会社としては、同じ争点について改めて審理が行われることを想定し、資料を保存しておく必要があります。
本案の訴訟との関係
仮処分は暫定的な手続ですので、本案の訴訟の結論とは別のものです。仮処分において会社の主張が認められなかったとしても、本案の訴訟において改めて主張立証を行うことができます。
確認すべき期限と資料
期限
| 事項 | 期限 | 根拠条文 |
|---|---|---|
| 審尋の期日 | 裁判所が指定いたします | 民事保全法第23条第4項 |
| 保全異議の申立て | 期間の制限はありません | 民事保全法第26条 |
| 保全抗告 | 送達を受けた日から2週間の不変期間 | 民事保全法第41条第1項 |
| 会計帳簿等の保存 | 会計帳簿の閉鎖の時から10年間 | 会社法第432条第2項 |
会社の側でご準備いただきたい資料
- 裁判所から届いた書面一式
- 株主から届いた請求の書面及び会社の回答書
- 現に効力を有する定款
- 株主名簿及び議決権の数の一覧
- 登記事項証明書
- 拒絶の事由を裏付ける資料
- 対象となり得る資料の所在及び分量の一覧
弁護士にご相談いただく意味
この手続の特徴は、期日までの時間が短いこと、そして、いったん閲覧謄写が実施されれば取り返しがつかないことにあります。したがって、争うのであれば、最初の審尋の期日に主張と資料をそろえる必要があります。「次回までに準備する」という進め方が通用しにくい手続です。
また、会社が請求を拒んだ経緯そのものが、この手続において検証されます。請求を受けた段階での回答書の内容、対応の経過が、そのまま会社の主張の基礎となります。すなわち、この手続への備えは、最初の請求を受けた時点から始まっております。当事務所は、会社の側のお立場で、請求を受けた段階から手続の終了までをご一緒に行っております。
よくあるご質問
質問1 仮処分は、申し立てられれば認められてしまいますか。
そうではありません。仮の地位を定める仮処分命令は、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ発することができないのが原則であり(民事保全法第23条第4項)、被保全権利と保全の必要性の双方が審理されます。会社にも主張の機会が与えられます。
質問2 審尋の期日までに時間がありません。
期日の変更を求めることが考えられますが、認められるとは限りません。まず、拒絶の事由を裏付ける資料と、これまでの対応の経過を示す資料を優先して整えることになります。
質問3 閲覧謄写に応じた後で、本案の訴訟で争えますか。
本案の訴訟において改めて主張立証を行うことは可能です。もっとも、閲覧謄写が実施された後は、情報が既に取得されておりますので、実際上の意味は限られます。
質問4 命令の対象となっていない資料まで見せる必要がありますか。
命令の内容の範囲を超えて応じる義務はありません。対象の範囲を正確に把握し、管理することが必要です。
質問5 仮処分が認められた場合、担保はどうなりますか。
仮処分命令は担保を立てさせて発することができるものとされております(民事保全法第14条第1項)。担保の取扱いは、その後の手続の結果によります。
本記事の根拠条文
会社法
- 第130条第1項(株式の譲渡の対抗要件)
- 第432条第2項(会計帳簿等の保存)
- 第433条第1項・第2項(会計帳簿の閲覧等の請求及び拒絶事由)
- 第442条第3項(計算書類等の閲覧等)
民事保全法
- 第14条第1項(担保)
- 第23条第2項・第4項(仮の地位を定める仮処分命令、審尋の期日)
- 第26条(保全異議の申立て)
- 第41条第1項(保全抗告)
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、会計帳簿の閲覧謄写を求める仮処分を申し立てられた会社の側からのご相談をお受けしております。審尋の期日に向けた主張の整理と資料の準備、被保全権利及び保全の必要性を争う主張、決定が出た場合の実施の管理、本案の訴訟への対応まで、会社の側の代理人としてお引き受けいたします。
詳しくは、会計帳簿の閲覧謄写を請求された会社の方に向けたご案内のページ(/choboetsuran_taiou/)をご覧ください。同ページでは、当事務所が行うこと、費用の目安、ご相談から受任までの流れをご説明しております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日・日曜日・祝日も受付いたします
ご相談の際に、裁判所から届いた書面一式、株主から届いた請求の書面、会社の回答書、現に効力を有する定款、株主名簿、登記事項証明書をご用意いただけますと検討が早く進みます。これらがお手元にないことを理由にご相談をお断りすることはありません。
本記事は一般的な制度の説明であり、結論は事案ごとに異なります。同種の事案において同じ結果となることを保証するものではありません。個別の事情については、弁護士にご相談ください。
必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
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