時価純資産法による非上場株式評価

少数株主との株式買取交渉において、時価純資産法による評価額が話題に上ったが、この手法がどのような会社に適した評価方法なのか分からないという非上場会社の経営者の方から、御相談をいただくことがあります。
この場面で問題となるのは、評価の手法にはそれぞれ適合する会社の性質があり、時価純資産法が適していない会社にこれを用いると、実態とかけ離れた評価額が算定されてしまうおそれがあるという点です。
以下では、時価純資産法が適合しやすい会社の性質、及び基準日の考え方を御説明します。
| 基準日 | いつの時点で評価するか | 直近の決算日以後の変動の扱い |
|---|
どのような会社に適合するか
不動産その他の資産を多く保有する会社、事業からの収益が乏しい会社、清算が現実的な選択肢として想定される会社については、この手法が適合しやすいといえます。
他方、収益の獲得が事業の中心であり、資産の額と事業の価値とが乖離している会社については、この手法のみによって評価することが適切でない場合があります。
会計上の純資産との違い
貸借対照表に記載された純資産の額は、会計上の基準に従って計上された帳簿価額に基づくものです。時価純資産法における純資産は、これを時価に置き換えたものであり、両者は一致しません。
表2 会計上の純資産と時価純資産の違い
| 項目 | 会計上の純資産 | 時価純資産 |
|---|---|---|
| 不動産 | 取得の価額から減価償却を控除した額 | 評価の基準日における時価 |
| 有価証券 | 会計基準に従った計上額 | 評価の基準日における時価 |
| 保険 | 会計処理により計上額が異なります | 解約により受け取ることができる金額等 |
| 退職給付に関する債務 | 会計基準により計上の有無が異なります | 見積額を反映させます |
| 保証債務 | 計上されないことがあります | 履行の可能性を検討します |
| 係争中の事件 | 計上されないことがあります | 生じ得る負担を検討します |
要件と論点
資産の評価
表3 資産の評価をめぐる主な論点
| 資産 | 論点 |
|---|---|
| 土地及び建物 | 評価の方法。鑑定を行うか、公的な指標を用いるか。用途、賃貸借の状況の反映 |
| 有価証券 | 上場しているものと非上場のもので方法が異なります。子会社株式の扱い |
| 生命保険 | 解約により受け取ることができる金額の把握。契約者と受取人の確認 |
| 売掛金 | 回収の可能性。長期にわたって滞留しているものの扱い |
| 在庫 | 実在性、評価の減額の要否 |
| 貸付金 | 回収の可能性。同族関係者に対するものの扱い |
| 無形の資産 | 計上されていない権利の扱い |
会社側にとって、不動産の評価は最も影響の大きい論点となることが多いといえます。鑑定を行うかどうか、どの評価の方法を用いるかによって、結論が大きく変わります。
負債の把握
会社側が説明を求められる場面では、負債の網羅的な把握が重要です。貸借対照表に計上されていない項目についても、検討の対象となります。
表4 把握すべき負債及び将来の負担
| 項目 | 確認する内容 |
|---|---|
| 退職給付に関する債務 | 役員及び従業員に対する将来の支払の見積り。規程の有無 |
| 保証債務 | 保証の相手方、金額、履行の可能性 |
| 係争中の事件 | 相手方、請求の内容、見込まれる負担 |
| 未払の残業代等 | 労務に関する潜在的な負担 |
| 原状回復の義務 | 賃借している物件に関する将来の負担 |
| 税務に関する負担 | 資産を売却した場合に生じ得る負担。税務専門家の確認が必要です |
資産を時価に置き換えることによって含み益が生じる場合、その資産を売却したとすれば生じ得る税務上の負担をどのように扱うかという論点があります。この点については、税理士その他の税務専門家にご確認いただく必要があります。
基準日の設定
いつの時点で評価するかによって、結論は変わります。直近の決算日を用いるのか、より近い時点を用いるのかは、制度と事案によって異なります。決算日以後に大きな変動があった場合には、その扱いが論点となります。
少数株式である場合の扱い
対象となる株式が支配権を伴わないものである場合に、減価を行うかどうかという論点があります。この点については、少数株式の評価に関する記事において整理しております。
会社側の実務
表5 会社側が準備する資料
| 区分 | 資料 |
|---|---|
| 計算関係 | 直近3期から5期分の計算書類、勘定科目内訳明細書 |
| 不動産 | 一覧、登記事項証明書、固定資産税の課税明細、賃貸借契約、鑑定の有無 |
| 有価証券 | 明細、子会社及び関連会社の計算書類 |
| 保険 | 契約の一覧、解約により受け取ることができる金額が分かる資料 |
| 債権 | 売掛金及び貸付金の明細、回収の状況が分かる資料 |
| 在庫 | 明細、実地の棚卸しの記録 |
| 負債 | 借入金の一覧、保証の状況、退職に関する規程、係争中の事件の資料 |
| 固定資産 | 固定資産台帳、除却及び売却の記録 |
負債の把握は会社側の主張の要になります
株主側の算定においては、資産の含み益が強調される一方で、負債及び将来の負担の把握が十分でないことがあります。会社側としては、これらを網羅的に把握し、資料とともに示すことが重要です。
もっとも、根拠のない負担を計上することは、かえって主張の信用性を損ないます。資料によって裏付けられる範囲で整理してください。
不動産の評価は早期に検討します
不動産の評価は、時間と費用を要します。鑑定を行うかどうか、どの時点で行うかは、手続の見通しを踏まえて判断する必要があります。有事となってから着手すると、期限に追われることになります。
単一の手法に依拠しない検討
会社の実態によっては、資産に着目する手法と収益に着目する手法とを併用することが適切な場合があります。自社にとってどの手法が有利かという観点のみで選択することは、適切ではありません。
資産の網羅性を確認します
貸借対照表に計上されていない資産についても、検討の対象となり得ます。過去に取得したまま台帳に反映されていない資産、名義が会社となっていない事業用の資産、償却が終わっているものの現に使用している設備などが、これに当たります。
会社側としては、資産の網羅性を確認しておくことが、後に指摘を受けないための前提となります。固定資産台帳と現況との照合、不動産の登記事項証明書の取得、保険契約の一覧の作成は、早期に行っておくことが有用です。
記録の整備
評価の前提条件、参照した資料、社内での検討の経緯は、記録として保存してください。とりわけ、資産の評価にあたって参照した指標、鑑定を行った場合の依頼の経緯、負債の見積りの根拠については、理由を併せて記録しておくことが有用です。
関連する手続
協議によって折り合わない場合、制度によっては、裁判所に価格の決定を求める手続が用意されています。この手続においては、鑑定が行われることがあり、資産及び負債に関する資料の提出が求められます。手続によっては期間の定めが置かれている場合があります。その有無と起算点は、受け取った書面の内容や事実関係により異なりますので、早めにご確認いただくことをお勧めします。
弁護士に相談する意味
第一に、手法の適合性の検討です。自社の実態に照らして、この手法が適合するかどうか、他の手法との併用が適切かどうかを判断する必要があります。
第二に、負債及び将来の負担の整理です。網羅的に把握し、かつ、資料によって裏付けられる範囲で整理する作業には、経験が必要です。
第三に、不動産その他の資産の評価に関する検討です。鑑定の要否、時期、費用を含めて判断する必要があります。
第四に、税務上の論点との切り分けです。含み益に係る将来の負担の扱いについては、税理士その他の税務専門家にご確認いただく必要があります。当事務所では、法律上の論点と税務上の論点とを区別してご説明いたします。
なお、具体的な主張の組立てと進め方は、株主構成、財務状況、株価、従前の経緯等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
当事務所は、発行会社、支配株主、代表取締役、法務責任者の側に立ってご依頼をお受けしております。ご相談は事前予約制です。
よくある質問
質問1 貸借対照表の純資産の額をそのまま用いてよいですか。
会計上の帳簿価額に基づく金額であり、時価に置き換えたものではありません。そのまま用いることは、この手法の考え方に沿いません。
質問2 含み益のある不動産があると、必然的に評価額は高くなりますか。
含み益は評価額を押し上げる要素となりますが、他方で、負債及び将来の負担も反映されます。資産の側だけを見て結論を出すことはできません。
質問3 役員に対する将来の退職金は考慮されますか。
規程その他の資料により見積りが可能である場合、負担として検討の対象となり得ます。根拠となる資料の有無が重要となります。
質問4 保有する不動産の鑑定は必要ですか。
案件の規模、争いの程度、手続の見通しによって異なります。費用と時期を含めてご相談ください。
質問5 含み益に対する税務上の負担は差し引けますか。
この点は論点となり得ます。取扱いは事案によって異なり、税務上の検討も必要となりますので、税理士その他の税務専門家にご確認いただいたうえで、法律上の主張を組み立てることになります。
質問6 相談の際には何を持参すればよいですか。
定款、株主名簿、直近3期から5期分の計算書類と勘定科目内訳明細書、不動産の一覧と登記事項証明書、有価証券及び保険の明細、借入金と保証の状況が分かる資料、相手方が提出した算定書がある場合はその写しをご持参ください。
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