提訴の請求を受け取った会社が60日以内に行うこと

株主から、「取締役○○に対し、会社が被った損害の賠償を求める訴えを提起することを請求する」という書面が届きました。書面には会社法第847条第1項が引用されております。この書面を受け取った日から、会社には60日という期間が動き始めます。
先に結論を申し上げます。この60日は、会社が訴えを提起するかどうかを判断するための期間です。期間の経過によって会社に直ちに不利益が生じるわけではありませんが、期間内に訴えを提起しなければ、株主が会社に代わって訴えを提起することができるようになります(会社法第847条第3項)。そして、株主が訴えを提起した後は、会社は当事者ではないにもかかわらず、訴訟の帰趨に拘束される立場に置かれます。したがって、この60日をどのように使うかが、その後の展開を大きく左右いたします。本記事では、60日の間に行うべきことを順に整理いたします。
制度の全体像
株主による提訴の請求
6か月前から引き続き株式を有する株主は、会社に対し、書面その他の法務省令で定める方法により、責任追及等の訴えの提起を請求することができます(会社法第847条第1項本文)。公開会社でない株式会社においては、6か月の保有期間の要件は適用されません(同条第2項)。
ただし、責任追及等の訴えが当該株主若しくは第三者の不正な利益を図り、又は当該会社に損害を加えることを目的とする場合には、この請求をすることができないとされております(同条第1項ただし書)。
請求の方法についても法務省令に定めが置かれており、被告となるべき者及び請求の趣旨並びに請求を特定するのに必要な事実を明らかにすることとされております。
60日の意味
会社が請求の日から60日以内に責任追及等の訴えを提起しないときは、当該請求をした株主は、会社のために責任追及等の訴えを提起することができます(会社法第847条第3項)。
例外
会社に回復することができない損害が生ずるおそれがある場合には、株主は、60日の期間の経過を待たずに、直ちに責任追及等の訴えを提起することができます(会社法第847条第5項)。したがって、60日が常に確保されるわけではありません。
不提訴理由の通知
会社は、請求の日から60日以内に責任追及等の訴えを提起しない場合において、当該請求をした株主又は当該請求に係る役員等から請求を受けたときは、遅滞なく、責任追及等の訴えを提起しない理由を書面その他の法務省令で定める方法により通知しなければなりません(会社法第847条第4項)。
第1週から第2週に行うこと
書面の性質と到達の日の確定
まず、届いた書面が会社法第847条第1項の請求に該当するかを確認いたします。標題が「通知書」「申入書」であっても、実質が提訴の請求であれば、60日の期間が動きます。
到達の日は、封筒の消印、配達の記録、社内の受領の記録により確定いたします。60日の起算点となる重要な事実ですので、記録を保存いたします。
会社を代表する者の確認
監査役設置会社において、株主が会社法第847条第1項の規定による請求をする場合には、監査役が会社を代表するものとされております(会社法第386条第2項第1号)。したがって、監査役設置会社に提訴の請求が届いた場合、これを受け、判断すべき者は監査役です。
監査役を置かない会社においては、会社が取締役に対して訴えを提起する場合における会社の代表者について、株主総会が定めることができ、取締役会設置会社においては取締役会が定めることができるものとされております(会社法第353条、第364条)。
この点の整理を誤りますと、その後の手続全体の適正が争われます。
対象と請求の原因の特定
請求書に記載された被告となるべき者、請求の趣旨、請求を特定するのに必要な事実を、正確に読み取ります。記載が不明確な場合には、補充を求めることが考えられます。
資料の保全
問題とされている取引に関する契約書、稟議の記録、会計の記録、電子メール等について、廃棄や改変が生じないよう保全の措置を執ります。この措置は、後に会社が行った調査の適正を示す事情ともなります。
役員等賠償責任保険の確認
役員等賠償責任保険契約が締結されている場合には、保険会社に対する通知の期限を確認いたします。契約の内容の決定については、取締役会設置会社にあっては取締役会の決議によることとされております(会社法第430条の3第1項)。
第2週から第6週に行うこと
調査の主体と範囲を定めます
監査役設置会社においては、監査役が調査を行います。監査役は、いつでも、取締役及び会計参与並びに支配人その他の使用人に対して事業の報告を求め、又は会社の業務及び財産の状況の調査をすることができます(会社法第381条第2項)。
対象となる取締役が調査を主導することは、適切でありません。調査の主体、対象、方法、期間をあらかじめ定め、記録に残します。
事実の調査
| 調査の項目 | 内容 |
|---|---|
| 行為の特定 | いつ、誰が、どのような行為をしたか |
| 手続の履践 | 取締役会又は株主総会の決議を経ているか |
| 利益が相反する取引該当性 | 会社法第356条第1項第2号及び第3号に当たるか |
| 競業の制限の違反 | 会社法第356条第1項第1号に当たるか |
| 損害の有無及び額 | 会社に生じた損害を金額により特定し得るか |
| 因果関係 | 行為と損害との間の関係 |
| 消滅時効 | 起算点及び期間 |
| 責任の免除の有無 | 総株主の同意、株主総会の決議、責任限定契約 |
法的な評価
調査により確認した事実に基づき、会社法第423条第1項の責任が認められる可能性を評価いたします。推定の規定(同条第2項及び第3項)が働く場面かどうか、経営上の判断の領域に属する事項かどうかを検討いたします。
関係者からの聴取
対象となる取締役からの聴取も行います。この聴取の機会を与えなかった場合、調査の適正が争われる要因となります。
第6週から第8週に行うこと
判断の分岐
| 判断 | その後の手続 |
|---|---|
| 訴えを提起する | 60日以内に会社が原告として訴えを提起いたします |
| 訴えを提起しない | 請求があったときは不提訴の理由を通知いたします(会社法第847条第4項) |
| 一部について訴えを提起する | 提起しない部分について理由を通知いたします |
| 当事者間の協議により解決する | 責任の免除の要件(会社法第424条から第427条まで)に留意いたします |
訴えを提起する場合
会社が原告となって訴えを提起いたします。この場合、株主が別途訴えを提起する余地はなくなりますが、株主は共同訴訟人として、又は当事者の一方を補助するため、訴訟に参加することができます(会社法第849条第1項)。
会社が訴えを提起することは、対象となる取締役との関係を決定的に悪化させます。他方、株主の主張のとおりに責任が認められるべき事案において訴えを提起しないことは、他の取締役の責任問題を招くこともあります。
訴えを提起しない場合
不提訴の理由の通知の準備を進めます。この通知の記載事項は法務省令に定められており、会社が行った調査の内容、責任又は義務の有無についての判断及びその理由等を記載することとされております。詳細は別の記事において整理いたします。
和解による解決
責任追及等の訴えに関しては、和解についての規律が置かれております。会社が和解の当事者でない場合には、会社の承認がなければ確定判決と同一の効力を有しないものとされ、裁判所は、会社に対し和解の内容を通知し、異議があれば2週間以内に述べるべき旨を催告することとされております(会社法第850条第1項から第3項まで)。
60日を経過した後に生じること
株主による訴えの提起
株主は、会社のために責任追及等の訴えを提起することができます(会社法第847条第3項)。この訴えの訴訟の目的の価額の算定については、財産権上の請求でない請求に係る訴えとみなされます(会社法第847条の4第1項)。すなわち、請求する金額が多額であっても、手数料は一定額にとどまります。
訴訟告知と公告
株主は、責任追及等の訴えを提起したときは、遅滞なく、会社に対し、訴訟告知をしなければなりません(会社法第849条第4項)。会社は、訴訟告知を受けたときは、遅滞なく、その旨を公告し、又は株主に通知しなければならないとされております(同条第5項)。
会社の訴訟参加
会社は、共同訴訟人として、又は当事者の一方を補助するため、訴訟に参加することができます(会社法第849条第1項)。ただし、会社が取締役等を補助するため参加するには、監査役設置会社にあっては監査役(監査役が2人以上ある場合には各監査役)の同意を得なければならないとされております(同条第3項)。
担保の提供
責任追及等の訴えについては、被告が原告の悪意を疎明して、裁判所に対し、原告に相当の担保を立てるべきことを命ずるよう申し立てることができるものとされております(会社法第847条の4)。
費用の負担
責任追及等の訴えを提起した株主が勝訴した場合には、当該株主は、会社に対し、弁護士等に支払うべき報酬の額の範囲内で相当と認められる額の支払を請求することができます(会社法第852条第1項)。他方、敗訴した場合であっても、悪意があったときを除き、会社に対して損害を賠償する義務を負わないものとされております(同条第2項)。
確認すべき期限と資料
期限
| 事項 | 期限 | 根拠条文 |
|---|---|---|
| 会社による訴えの提起 | 請求の日から60日以内 | 会社法第847条第3項 |
| 不提訴理由の通知 | 請求を受けたときは遅滞なく | 会社法第847条第4項 |
| 回復することができない損害が生ずるおそれがある場合 | 60日を待たずに株主が提訴し得ます | 会社法第847条第5項 |
| 訴訟告知を受けた後の公告又は通知 | 遅滞なく | 会社法第849条第5項 |
| 和解に関する異議 | 通知及び催告を受けた日から2週間以内 | 会社法第850条第2項・第3項 |
ご準備いただきたい資料
- 株主から届いた請求の書面及びその封筒
- 現に効力を有する定款及び登記事項証明書
- 問題とされている取引に関する契約書及び関連する書面
- 当該期間の取締役会及び株主総会の議事録
- 稟議の記録、社内の報告書
- 会計の記録
- 役員等賠償責任保険契約の証券及び約款
- 責任限定契約に関する書面
弁護士にご相談いただく意味
60日という期間は、事実の調査、法的な評価、判断、通知の準備を行うには、決して長くありません。しかも、監査役設置会社においては監査役が会社を代表するという点、対象となる取締役に調査を主導させてはならないという点、会社と当該取締役の代理人を分けるべき場面があるという点など、手続上の留意事項が多く含まれます。
さらに、この60日の間に会社が行った調査の内容は、不提訴の理由の通知に記載され、その後の訴訟において検証されます。すなわち、調査そのものが後に評価の対象となります。形式的に調査を行ったという記録では足りず、実質的な調査を、記録に残る形で行う必要があります。当事務所は、会社の側のお立場で、この60日の設計と実行をご一緒に行っております。
よくあるご質問
質問1 60日を過ぎると、会社は訴えを提起できなくなりますか。
そうではありません。60日は、これを経過すると株主が会社に代わって訴えを提起することができるようになるという期間です(会社法第847条第3項)。会社が60日の経過後に訴えを提起することは妨げられません。
質問2 請求書の記載が不明確です。
請求の方法については法務省令に定めがあり、被告となるべき者及び請求の趣旨並びに請求を特定するのに必要な事実を明らかにすることとされております。記載が不十分な場合には補充を求めることが考えられます。もっとも、補充を求めることによって期間が延びるわけではありませんので、並行して調査を進める必要があります。
質問3 監査役が高齢で、実質的な調査が困難です。
監査役設置会社において提訴の請求を受けるのは監査役ですが、監査役が補助者を用いて調査を行うことは妨げられません。監査役が弁護士等の専門家の助力を得て調査を行うことは、実務上、広く行われております。
質問4 株主の目的が不当であると考えます。
責任追及等の訴えが当該株主若しくは第三者の不正な利益を図り、又は会社に損害を加えることを目的とする場合には、提訴の請求をすることができないとされております(会社法第847条第1項ただし書)。また、訴えが提起された場合には、被告が原告の悪意を疎明して担保を立てるべきことを命ずるよう申し立てることが考えられます(会社法第847条の4)。
質問5 対象の取締役と和解して解決できませんか。
役員等の会社に対する責任は、総株主の同意がなければ免除することができないのが原則です(会社法第424条)。一定の場合に株主総会の決議等による一部の免除が認められておりますが(会社法第425条から第427条まで)、要件と手続が定められております。また、責任追及等の訴えにおける和解については、会社の承認に関する規律が置かれております(会社法第850条)。
本記事の根拠条文
会社法
- 第353条、第364条(会社と取締役との間の訴えにおける会社の代表)
- 第356条第1項第1号から第3号まで(競業及び利益が相反する取引の制限)
- 第381条第2項(監査役の調査の権限)
- 第386条第2項第1号(提訴の請求における会社の代表)
- 第423条第1項から第3項まで(役員等の会社に対する損害賠償責任及び推定)
- 第424条から第427条まで(責任の免除及び責任限定契約)
- 第430条の3第1項(役員等賠償責任保険契約)
- 第847条第1項から第5項まで(責任追及等の訴えの提起の請求、60日、不提訴理由の通知、例外)
- 第847条の4(訴訟の目的の価額、担保を立てるべきことの命令)
- 第849条第1項・第3項・第4項・第5項(訴訟参加、監査役の同意、訴訟告知、公告)
- 第850条第1項から第3項まで(和解)
- 第852条第1項・第2項(費用等の請求、敗訴株主の責任)
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、株主から責任追及等の訴えの提起を請求された会社の側からのご相談をお受けしております。60日の期間の管理、監査役による調査の設計と実施、訴えを提起するかどうかの判断、不提訴の理由の通知の作成、株主代表訴訟が提起された場合の対応まで、会社の側の代理人としてお引き受けいたします。
詳しくは、株主代表訴訟を提起された会社の方に向けたご案内のページ(/kabunushidaihyososho_taiou/)をご覧ください。同ページでは、当事務所が行うこと、費用の目安、ご相談から受任までの流れをご説明しております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日・日曜日・祝日も受付いたします
ご相談の際に、株主から届いた請求の書面とその封筒、現に効力を有する定款、登記事項証明書、問題とされている取引に関する資料、取締役会の議事録、役員等賠償責任保険契約の証券をご用意いただけますと検討が早く進みます。これらがお手元にないことを理由にご相談をお断りすることはありません。
本記事は一般的な制度の説明であり、結論は事案ごとに異なります。同種の事案において同じ結果となることを保証するものではありません。個別の事情については、弁護士にご相談ください。
必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
60日の期間内に会社が行う調査の設計
提訴請求を受けた会社にとって、60日という期間は、単に経過を待つための期間ではありません。この期間内に調査を行い、提訴するか否かの判断を行うことが予定されております。調査を行わないまま期間を経過させた場合、株主が提起した訴訟において、会社の判断の過程そのものが問題とされる可能性がございます。
| 工程 | 行うこと | 担い手 |
|---|---|---|
| 第1 | 提訴請求書の記載から、追及されている役員、行為、損害の三つを特定いたします | 監査役又は当該役員以外の取締役 |
| 第2 | 関係する資料を保全いたします。稟議書、契約書、取締役会議事録、会計帳簿、電子的な記録を含みます | 管理部門 |
| 第3 | 関係者から事情を聴取し、記録を作成いたします | 監査役又は外部の弁護士 |
| 第4 | 責任の成否について法的な評価を行います | 外部の弁護士 |
| 第5 | 提訴するか否かを判断し、提訴しない場合はその理由を通知いたします | 会社を代表する者 |
不提訴理由の通知に記載する事項
提訴しないと判断した場合、株主から請求があったときは、会社は不提訴理由を書面により通知いたします。記載すべき事項は、会社が行った調査の内容、責任の有無についての判断、及びその判断の理由です。形式的な記載にとどめますと、判断の過程が不十分であったという評価を招きかねません。調査の工程を記録として残しておくことが、そのまま通知書の内容となります。
調査の記録が後の手続で持つ意味
調査の記録は、株主代表訴訟が提起された場合の会社の対応の合理性を示す資料となります。また、株式の買取りを含む全体の解決を検討する局面においても、事実関係が整理されていることは交渉の前提となります。60日の期間は、争いを避けるための猶予ではなく、事実関係を確定させるための期間であるとお考えください。
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