経営判断の原則を会社の側からどのように主張するか

株主代表訴訟において、取締役の判断が任務懈怠に当たると主張されているが、会社の側から経営判断の原則を主張して取締役を守ることができないだろうかという非上場会社の経営者の方から、御相談をいただくことがあります。

この場面で問題となるのは、問題とされている行為が、そもそも経営上の裁量の対象となる事項なのか、それとも法令や定款、株主総会の決議に違反する行為、利益相反取引や競業取引のように、そもそも経営判断の原則が及ばない類型に当たるのかを、まず見極める必要があるという点です。

以下では、経営判断の原則が及ぶ場面と及ばない場面の区別、及び主張の組み立て方の2つの観点を御説明します。

法令に違反する行為 法令の遵守は経営上の裁量の対象ではありません
定款又は株主総会の決議に違反する行為 同上(会社法第355条)
利益が相反する取引 任務を怠ったことが推定されます(会社法第423条第3項)
競業の制限に違反する取引 損害の額が推定されます(会社法第423条第2項)
自己のためにした直接取引 責めに帰することができない事由による免責が認められません(会社法第428条第1項)
監視及び監督の義務の懈怠 判断の当否ではなく体制の問題として審査されます

したがって、会社の側としては、問題とされている行為が経営上の判断の領域に属するものであるかを、まず確認する必要があります。

2つの観点

 判断の前提となった事実の認識

第1の観点は、判断の前提として認識した事実に、不注意な誤りがなかったかという点です。ここで問われるのは、判断の内容そのものではなく、判断に至る情報の収集と確認の過程です。

会社の側が示すべき事実としては、次のようなものが考えられます。

  • どのような資料を収集したか(財務の資料、市場の調査、法令上の規制の確認)
  • 誰に意見を求めたか(社内の担当部署、弁護士、公認会計士、税理士、外部の専門家)
  • 相手方の信用の状況をどのように確認したか
  • 前提とした数値がどのような根拠に基づくものであったか
  • 予想される危険をどのように評価したか

情報の量が十分であったかは、当該取引の規模、会社の規模、判断に要した時間との関係で相対的に判断されます。小規模な会社に対して大企業と同じ水準の調査を求めることが常に相当であるとは限りません。

 意思決定の過程及び内容

第2の観点は、認識した事実に基づく意思決定の過程及び内容が、著しく不合理でなかったかという点です。「不合理」ではなく「著しく不合理」であることが要件とされている点に、この枠組みの意味があります。

会社の側が示すべき事実としては、次のようなものが考えられます。

  • 取締役会において審議が行われたか(会社法第362条第2項第1号)
  • 審議において反対の意見や懸念が示されたか、それにどのように応答したか
  • 複数の選択肢を比較検討したか
  • 想定される損失の限度を検討したか
  • 決定の後に状況を監視する仕組みを設けたか

会社の側が示すべき資料

資料 何を裏付けるか
取締役会の議事録 審議の存在、議論の内容、反対意見の有無
稟議の記録 検討の過程、決裁の経路
社内の調査の報告書 情報の収集の状況
外部の専門家の意見書 専門的な事項についての確認
相手方の信用に関する調査の資料 前提事実の確認
事業計画及び収支の予測 判断の基礎となった数値
決定後の報告の記録 監視の体制
当時の市場及び業界の状況に関する資料 判断の合理性の背景

これらの資料は、事後に作成することができません。したがって、経営判断の原則を主張し得るかどうかは、実際には、当時どのような記録を残していたかによって大きく左右されます。

取締役会の議事録については、議事の経過の要領及びその結果を記載することとされており、出席した取締役及び監査役が署名し、又は記名押印しなければなりません(会社法第369条第3項)。また、取締役会の決議に参加した取締役であって議事録に異議をとどめないものは、その決議に賛成したものと推定されます(同条第5項)。反対の意見を述べた取締役は、その旨を議事録に記載しておく必要があります。

主張の組立て

 時系列に沿って構成いたします

「いつ、どのような課題が生じ、どのような情報を集め、どこで審議し、何を決め、その後どうしたか」という時系列を、資料と対応させて構成いたします。結論から述べるのではなく、当時の状況を再現する形が、説得力を持ちます。

 結果論を切り分けます

損失が生じたという結果は動かしがたい事実です。会社の側の主張は、結果を否定することではなく、判断の時点において当該判断が著しく不合理でなかったことを示すことにあります。判断の時点で入手し得なかった情報を持ち出して正当化することは、かえって主張の信用性を損ないます。

 小規模な会社における留意

同族会社では、取締役会を実際には開催せず、経営者が単独で判断していたという例が少なくありません。この場合、意思決定の過程を示す資料が乏しく、経営判断の原則の主張が困難となることがあります。

もっとも、会社の規模や体制に照らして、どの程度の手続が求められるかは相対的に判断されるべき事柄です。取締役会を設置していない会社においては、取締役会の決議がないこと自体は問題となりません。会社の実態に即した主張を構成することになります。

具体的な主張の順序や資料の提出の方法は、問題とされている取引の内容、係属している他の紛争、株主構成等により異なり、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本ページでは詳細を開示しておりません。

平時に備えておくこと

 取締役会の運営

重要な財産の処分及び譲受け、多額の借財、支配人その他の重要な使用人の選任及び解任、支店その他の重要な組織の設置、変更及び廃止等は、取締役会において決定しなければならず、取締役に委任することができないとされております(会社法第362条第4項)。これらの事項について取締役会の決議を経ていない場合、その一事をもって法令違反が問題となり得ます。

 議事録の記載の充実

議事録に「原案どおり承認可決した」とのみ記載されている場合、審議の存在を示す資料としての価値は限られます。議事の経過の要領として、示された資料、質疑の内容、示された懸念とその応答を記載しておくことが、後に意味を持ちます。

 利益が相反する取引の承認

取締役が自己又は第三者のために会社と取引をしようとするとき、及び会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするときは、株主総会(取締役会設置会社にあっては取締役会)において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければなりません(会社法第356条第1項第2号及び第3号、第365条第1項)。

また、取締役会設置会社においては、当該取引をした取締役は、当該取引の後、遅滞なく、当該取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければならないとされております(会社法第365条第2項)。

同族会社では、経営者個人と会社との間の取引が日常的に行われていることがあります。承認の手続を経ていない取引は、任務を怠ったことの推定(会社法第423条第3項)を招き、経営判断の原則による保護が及びにくくなります。

 内部の管理の体制

大会社である取締役会設置会社においては、取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他会社の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備について、取締役会において決定しなければならないとされております(会社法第362条第4項第6号、第5項)。中小の会社においてこの義務が直ちに及ぶわけではありませんが、規模に応じた管理の体制を整えておくことは、監視及び監督の義務との関係で意味を持ちます。

確認すべき期限と資料

 期限

事項 期限 根拠条文
会社が訴えを提起するかどうかの判断 提訴の請求の日から60日 会社法第847条第3項
不提訴理由の通知 請求を受けたときは遅滞なく 会社法第847条第4項
取締役会の議事録の備置き 取締役会の日から10年間 会社法第371条第1項
会計帳簿等の保存 帳簿の閉鎖の時から10年間 会社法第432条第2項
計算書類等の保存 作成した時から10年間 会社法第435条第4項

 ご準備いただきたい資料

  • 問題とされている取引に関する契約書及び関連する書面
  • 当該期間の取締役会の議事録
  • 稟議の記録及び社内の報告書
  • 外部の専門家の意見書
  • 事業計画、収支の予測、資金繰りの資料
  • 当時の会計の記録
  • 現に効力を有する定款及び登記事項証明書

弁護士にご相談いただく意味

経営判断の原則は、「結果が悪くても責任を負わない」という趣旨の免罪符ではありません。むしろ、判断に至る過程が適切であったことを、会社の側が資料により示すことを求める枠組みです。したがって、この主張が成り立つかどうかは、実際には、当時の記録が残っているかどうかによって決まります。

責任を追及されてから資料を探すのでは、多くの場合、間に合いません。他方、記録が十分でない場合であっても、会社の規模と体制に即した主張を構成することは可能です。どの資料が何を裏付け、どの順序で示すかという設計が、この類型では特に重要となります。当事務所は、会社の側のお立場で、この設計をご一緒に行っております。

よくあるご質問

質問1 結果として損失が出ています。それだけで責任を負いますか。

結果として損失が生じたことのみをもって直ちに責任が認められるわけではありません。裁判実務においては、判断の前提となった事実の認識に不注意な誤りがなかったか、その事実に基づく意思決定の過程及び内容が著しく不合理でなかったかという観点から審査される枠組みが用いられております。

質問2 当社は取締役会を設置しておりません。不利になりますか。

取締役会を設置していない会社において、取締役会の決議がないこと自体が問題となるものではありません。会社の規模と体制に照らして、どのような検討が行われたかを示すことになります。

質問3 弁護士や税理士の意見を聞いていた場合、有利になりますか。

専門的な事項について外部の専門家の意見を得ていたことは、判断の前提となった事実の認識について不注意な誤りがなかったことを示す事情となり得ます。もっとも、意見を得ただけで足りるわけではなく、その内容をどのように検討したかも問われます。

質問4 法令に違反する行為であった場合はどうなりますか。

法令の遵守は経営上の裁量の対象ではありませんので、経営判断の原則による保護は及びにくいと考えられます。取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守しなければならないとされております(会社法第355条)。

質問5 議事録に「異議なく承認可決した」としか書いていません。

議事の経過の要領及びその結果を記載することとされております(会社法第369条第3項及び法務省令)。記載が簡略であることは、審議の存在を示す資料としての価値を限定いたしますが、稟議の記録、当時のやり取り、外部の専門家への相談の記録等により補うことが考えられます。

本記事の根拠条文

会社法

  • 第330条(会社と役員との関係)
  • 第355条(忠実義務)
  • 第356条第1項第2号・第3号、第365条第1項・第2項(利益が相反する取引の承認及び報告)
  • 第362条第2項第1号・第4項・第5項(取締役会の職務、決定を委任することができない事項、体制の整備)
  • 第369条第3項・第5項(取締役会の議事録、賛成の推定)
  • 第371条第1項(取締役会の議事録の備置き)
  • 第423条第1項から第3項まで(役員等の会社に対する損害賠償責任及び推定)
  • 第428条第1項(自己のためにした直接取引に関する特則)
  • 第432条第2項(会計帳簿の保存)
  • 第435条第4項(計算書類等の保存)
  • 第847条第3項・第4項(60日、不提訴理由の通知)

民法 第644条(受任者の善管注意義務)

弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談

弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、取締役の責任を追及された会社の側からのご相談をお受けしております。問題とされている行為が経営上の判断の領域に属するかの検討、当時の記録の収集と整理、主張の構成、訴えが提起された場合の応訴まで、会社の側の代理人としてお引き受けいたします。平時における取締役会の運営及び議事録の記載の整備についても、ご相談をお受けしております。

詳しくは、少数株主から取締役の責任を追及された会社の方に向けたご案内のページ(/torishimariyaku_sekinin/)をご覧ください。同ページでは、当事務所が行うこと、費用の目安、ご相談から受任までの流れをご説明しております。

  • 電話番号 03-6435-8418
  • 受付時間 8時00分から21時00分まで
  • 土曜日・日曜日・祝日も受付いたします

ご相談の際に、問題とされている取引に関する契約書、当該期間の取締役会の議事録、稟議の記録、外部の専門家の意見書、当時の会計の記録をご用意いただけますと検討が早く進みます。これらがお手元にないことを理由にご相談をお断りすることはありません。

本記事は一般的な制度の説明であり、結論は事案ごとに異なります。同種の事案において同じ結果となることを保証するものではありません。個別の事情については、弁護士にご相談ください。

必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。

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