解任の請求を受けた取締役の職務の執行を止めるべきかどうかの判断

株主総会において解任が決議され、又は解任を求める訴えが提起された取締役について、判決や登記を待たずに、その職務の執行を止めるべきかどうかという非上場会社の経営者の方から、御相談をいただくことがあります。
この場面で問題となるのは、解任の決議や訴えの提起だけでは直ちに職務の執行が止まるわけではなく、仮処分を申し立てられた場合に会社の側にどのような手続上の負担が生じるかを理解しておかないと、対応を誤ってしまうという点です。
以下では、代表取締役の解職に伴う登記の扱い、及び仮処分を申し立てられた場合に会社の側で生じることを御説明します。
| 登記 | 登記されます | 代表取締役の解職は登記されます |
|---|---|---|
| 会社の責任 | 裁判所の判断によるものです | 手続に瑕疵があれば争われ得ます |
仮処分を申し立てられた場合に会社の側で生じること
審尋の期日が設けられます
仮の地位を定める仮処分命令は、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ発することができないのが原則です(民事保全法第23条第4項)。したがって、会社及び当該取締役は、裁判所において主張と資料を提出する機会を与えられます。この期日までの準備が、結論に大きく影響いたします。
被保全権利と保全の必要性が審理されます
仮処分においては、暫定的に保護されるべき権利関係(被保全権利)と、暫定的な措置を必要とする事情(保全の必要性)の双方が審理されます。取締役の解任の訴え(会社法第854条第1項)を本案とする場合であれば、不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実の存否と、判決を待っていては回復し難い不利益が生じるといえるかが、それぞれ検討されることになります。
会社の側としては、事実そのものを争うだけでなく、保全の必要性を欠くこと、すなわち、既に是正の措置が執られていること、監督の体制が整備されていること、当該取締役の関与が限定されていること等を示すことが考えられます。
担保が定められます
仮処分命令は、担保を立てさせて発することができるものとされております(民事保全法第14条第1項)。申立てをする株主にとって、担保の額は事実上の負担となります。
登記がされます
取締役の職務の執行を停止し、又はその職務を代行する者を選任する仮処分があったときは、その旨の登記がされることとされております(会社法第917条)。登記事項証明書に記録されますので、取引先及び金融機関が知り得る状態となります。会社の信用に対する影響は、実務上、最も重い帰結の一つです。
職務代行者が選任された場合の会社の運営
職務代行者が行い得るのは常務に限られます
職務代行者は、仮処分命令に別段の定めがある場合を除き、会社の常務に属しない行為をするには裁判所の許可を得なければならないとされております(会社法第352条第1項)。日常的な取引や定型的な業務は常務に属すると考えられますが、重要な財産の処分、多額の借財、組織の再編、事業の方針の大幅な変更等は、常務に属しないと判断される可能性があります。
したがって、職務代行者が選任された期間中は、会社の意思決定の速度が著しく低下いたします。この点は、会社の側が仮処分に対応する際に、保全の必要性を争う一つの視点ともなります。
常務に属するかどうかの判断
常務に属するかどうかの判断は容易でないことが多く、疑義がある場合には裁判所の許可を求めることになります。取引の相手方から見れば、職務代行者の権限の範囲が明らかでないという不安定な状態が生じます。会社としては、重要な取引について、あらかじめ許可を得ておく等の対応を検討することになります。
取締役会の運営
取締役の職務の執行が停止された場合、取締役会の決議に必要な定足数(会社法第369条第1項)を満たすことができるかという問題が生じます。職務代行者が選任されている場合には、職務代行者が取締役会に出席することになりますが、選任されていない場合には、取締役会が開けない状態となることがあります。この場合の対応については、機関が機能しなくなった場合の手続を別途検討する必要があります。
会社の側が採り得る対応の選択肢
| 選択肢 | 内容 | 留意点 |
|---|---|---|
| 職務の執行を継続させる | 法的な根拠なく職務から外すことを避けます | 新たな行為により事態が悪化しないかを検討いたします |
| 代表取締役を解職する | 取締役会の決議により代表権を失わせます | 取締役としての地位は残ります。解職の理由の記録を残します |
| 業務の分掌を変更する | 特定の業務の担当から外します | 実質的に報酬の減額とならないよう留意いたします |
| 決裁の権限を制限する | 社内規程に基づき決裁の権限を見直します | 規程の改定の手続を経る必要があります |
| 資料の保全の措置を執る | 会計の記録、電子メール、契約書等を保全いたします | 手続の適正を確保いたします |
| 仮処分に対して争う | 被保全権利及び保全の必要性の双方を争います | 審尋の期日までの準備が結論を左右いたします |
| 辞任を含む協議を行う | 当事者間の協議により解決を図ります | 協議の内容と経過を書面で残します |
いずれを選ぶかは、指摘されている事実の内容、当該取締役が会社の業務において占める位置、他の役員及び従業員の状況、金融機関及び取引先との関係、株主構成等により異なります。具体的な進め方は、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウにも属するため、本ページでは詳細を開示しておりません。
判断に当たって整理すべき事項
当該取締役が単独で行い得る行為の範囲
代表取締役であるか、業務執行取締役であるか、社内における決裁の権限がどこまで及ぶかを整理いたします。代表取締役であれば、会社の業務に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有し(会社法第349条第4項)、その権限に加えた制限は善意の第三者に対抗することができません(同条第5項)。
資金及び印章の管理
銀行印、代表者印、預金口座の管理、電子的な決済の権限が誰にあるかを確認いたします。会社の内部の管理の問題ですので、会社法上の手続を経ることなく見直し得る事項が含まれます。
情報の管理
会社の内部の情報が、紛争の相手方である株主に対して流出する経路がないかを確認いたします。もっとも、株主には法令に基づく閲覧謄写の請求権がありますので、正当な権利の行使を妨げる対応は避ける必要があります。
従業員及び取引先への説明
紛争が公になった場合の説明の方針を、あらかじめ定めておくことが有用です。登記により職務の執行の停止が明らかとなる場合には、取引先からの照会に備えることになります。
弁護士にご相談いただく意味
この場面では、「何もしない」ことも「直ちに職務から外す」ことも、いずれも危険を伴います。法的な根拠なく職務から外せば、当該取締役から地位の確認や損害賠償を求められる可能性があります。他方、何らの措置も執らなければ、保全の必要性を裏付ける事情として主張されることがあります。
会社が採り得る措置と採り得ない措置の境界は、会社法上の機関の権限の配分によって定まります。取締役会の決議で足りるのか、株主総会の決議を要するのか、社内規程の改定で対応し得るのかという点は、定款及び規程の内容によっても異なります。当事務所は、会社の側のお立場で、この判断をご一緒に整理いたします。
よくあるご質問
質問1 会社の判断で取締役の職務を停止することはできますか。
取締役としての職務の執行そのものを会社の判断で停止する仕組みは、会社法には設けられておりません。会社が採り得るのは、代表取締役の解職(会社法第362条第2項第3号)、業務の分掌の変更、社内における決裁の権限の制限等の措置です。職務の執行の停止は、裁判所の仮処分によるのが原則です。
質問2 職務執行停止の仮処分は、申し立てられれば必ず認められますか。
そうではありません。仮の地位を定める仮処分については、被保全権利と保全の必要性の双方が審理され、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経ることが原則とされております(民事保全法第23条第2項、第4項)。会社の側にも、主張と資料を提出する機会が与えられます。
質問3 職務代行者が選任されると、会社の経営はどうなりますか。
職務代行者は、仮処分命令に別段の定めがある場合を除き、会社の常務に属しない行為をするには裁判所の許可を得なければならないとされております(会社法第352条第1項)。重要な財産の処分や多額の借財等は常務に属しないと判断される可能性があり、意思決定の速度が低下いたします。
質問4 代表取締役を解職した場合、報酬はどうなりますか。
役員報酬は、定款に定めがない場合には株主総会の決議によって定めるものとされております(会社法第361条第1項)。いったん具体的に定まった報酬について、当該取締役の同意なく一方的に減額することは原則として認められないと解されております。代表取締役の解職と報酬の減額は別の問題として整理する必要があります。
質問5 仮処分の登記は、いつ抹消されますか。
職務の執行を停止する仮処分の登記は、仮処分命令が取り消され、又はその効力が失われたときに、その旨の登記がされることとなります(会社法第917条に関する登記の取扱い)。本案の訴訟の結論が出るまでの間、登記が残ることになりますので、取引先への説明を含めた対応が必要です。
本記事の根拠条文
会社法
- 第349条第4項・第5項(代表取締役の権限及びその制限)
- 第352条第1項・第2項(職務代行者の権限、常務に属しない行為についての裁判所の許可)
- 第362条第2項第3号(取締役会による代表取締役の選定及び解職)
- 第361条第1項(取締役の報酬等)
- 第369条第1項(取締役会の決議の要件)
- 第854条第1項(役員の解任の訴え)
- 第917条(職務の執行を停止し、又は職務代行者を選任する仮処分等の登記)
民事保全法
- 第14条第1項(担保)
- 第23条第2項(仮の地位を定める仮処分命令)
- 第23条第4項(口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日)
弁護士法人M&A総合法律事務所へのご相談
弁護士法人M&A総合法律事務所(代表弁護士 土屋勝裕)では、取締役の解任をめぐる紛争において、職務の執行の停止が問題となっている会社の側からのご相談をお受けしております。会社が採り得る内部の措置の検討、仮処分の申立てに対する審尋の期日への対応、職務代行者が選任された場合の会社の運営まで、会社の側の代理人としてお引き受けいたします。
詳しくは、少数株主から役員の解任を請求された会社の方に向けたご案内のページ(/kainin_seikyu_taiou/)をご覧ください。同ページでは、当事務所が行うこと、費用の目安、ご相談から受任までの流れをご説明しております。
- 電話番号 03-6435-8418
- 受付時間 8時00分から21時00分まで
- 土曜日・日曜日・祝日も受付いたします
ご相談の際に、裁判所から届いた書面、現に効力を有する定款、取締役会規程その他の社内規程、直近の取締役会の議事録、登記事項証明書をご用意いただけますと検討が早く進みます。これらがお手元にないことを理由にご相談をお断りすることはありません。
本記事は一般的な制度の説明であり、結論は事案ごとに異なります。同種の事案において同じ結果となることを保証するものではありません。個別の事情については、弁護士にご相談ください。
必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
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