株式売買価格決定申立で会社側が示すべき事項

株式売買価格決定の申立てにおいて、会社側が単に希望する金額を主張するだけでは、裁判所に採用されることは期待できません。説得力のある主張とするためには、複数の階層に分けて事実と資料を整理しておく必要があります。以下は、その整理のための3つの階層を示したものです。
| 第1層 評価の枠組み | どの評価の手法が当該事案に適合するか、複数の手法をどう組み合わせるか | 会社の事業の性質、規模、収益の状況が分かる資料 |
|---|---|---|
| 第2層 前提となる数値 | 各手法において用いる数値をどう設定するか | 計算書類、勘定科目内訳明細書、資産の一覧 |
| 第3層 会社の実態 | 数値の背後にある会社の実情 | 契約書、取引の記録、事業の状況が分かる資料 |
この3層のいずれが欠けても、主張は説得力を持ちません。第1層だけを述べても抽象論にとどまり、第2層だけを述べても前提の妥当性が示されず、第3層だけを述べても価格に結び付きません。
会社側から見た意味
会社側が示すべき事項を整理する作業は、実は、会社が自社の価値をどのように理解しているかを言語化する作業でもあります。この作業は、当該手続のためだけでなく、将来の株式の集約、事業承継、M&Aの検討においても資産となります。
要件と論点
評価の手法の選択について示すこと
表2 主な評価の手法と、会社側が示すべき事項
| 手法の類型 | 会社側が示すべき事項 |
|---|---|
| 収益に着目する手法 | 収益の水準が継続的なものか、一時的な要因が含まれていないか |
| 純資産に着目する手法 | 資産及び負債の内容、簿価と実際の価値が乖離する項目の有無 |
| 取引の事例に着目する手法 | 類似すると評価できる会社の範囲、規模と事業内容の相違 |
| 配当に着目する手法 | 配当の実績と方針、対象となる株式の性質 |
いずれの手法を用いるべきかは、会社の事業の性質、収益の状況、資産の構成、対象となる株式の性質によって異なります。会社側としては、当該会社の実情に照らして、なぜその手法が適合するのかを説明する必要があります。
各手法の内容については、それぞれの解説記事をご参照ください。
基準となる時点について示すこと
価格をいつの時点を基準として算定するかは、制度の場面によって定まります。会社側としては、基準となる時点における会社の状況を示す必要があります。
基準となる時点の後に業績が変動している場合、その変動が基準の時点において予見可能であったかどうかが問題となることがあります。会社側としては、変動の原因を説明できる資料を整えてください。
収益の水準について示すこと
収益に着目する手法を用いる場合、過去の実績のうちどの範囲を基礎とするかが争点となります。会社側としては、次の点を説明できるようにしてください。
一時的な要因による増減があった期については、その要因と金額を示してください。設備の更新、大口の取引、災害、補助金といった事情は、継続する収益とは区別して説明する必要があります。
役員報酬の水準についても説明が求められることがあります。同族会社においては、報酬の額が利益の調整として機能している場合があり、この点が争点となり得ます。会社側としては、報酬の決定の経緯と職務の内容を説明できる資料を整えてください。
資産の内容について示すこと
純資産に着目する手法を用いる場合、資産及び負債の内容の把握が前提となります。会社側としては、次の項目について整理してください。
不動産については、所在、面積、用途、賃貸の状況を整理してください。事業に用いているものと、そうでないものとを区別してください。
有価証券、保険、貸付金については、その内容と回収の見込みを整理してください。同族関係者に対する貸付けがある場合には、その経緯を説明できる資料を用意してください。
負債については、簿外のものが存在しないか、保証、係争、退職金の見込みといった将来の負担がないかを確認してください。
会社の実態について示すこと
非上場会社においては、上場会社と異なる事情が多く存在します。これらは、価格の算定において考慮され得る事情です。
表3 会社の実態として説明が必要となり得る事情
| 事情 | 説明の観点 |
|---|---|
| 主要な取引先への依存 | 取引の継続性、契約の内容 |
| 代表者個人への依存 | 事業の遂行における役割、代替の可能性 |
| 同族関係者との取引 | 取引の条件、理由 |
| 事業に用いていない資産 | 保有の経緯、処分の可能性 |
| 借入れに関する個人保証 | 保証の状況、金融機関との関係 |
| 許認可、資格 | 事業の継続に必要な要件 |
これらの事情は、会社にとって不利にも有利にも働き得ます。隠すのではなく、内容と理由を説明できる資料を整えることが、結果として会社側の主張の信頼性を高めます。
対象となる株式の性質について示すこと
対象となる株式が、支配権を伴わない少数の株式である場合、その性質を価格にどのように反映させるかが争点となることがあります。この点の取扱いは、制度の場面と事案の内容によって異なり得ます。
会社側としては、当該株式の議決権の割合、他の株主の構成、当該株主がこれまで経営に関与してきたかどうかといった事実を示すことになります。
会社側の実務
表4 主張と資料を整えるための手順
| 順序 | 行うこと |
|---|---|
| 第1 | 基準となる時点を確定します |
| 第2 | 当該時点における計算書類と附属する資料を揃えます |
| 第3 | 資産の一覧を作成し、簿価と実際の価値が乖離する項目を洗い出します |
| 第4 | 過去数期の収益について、一時的な要因を区別して整理します |
| 第5 | 同族関係者との取引を一覧にし、条件と理由を整理します |
| 第6 | 会社の事業の実態を説明する資料を揃えます |
| 第7 | 評価の手法の選択について、会社としての考え方を整理します |
| 第8 | 主張と資料の対応関係を一覧にします |
資料の整合性を先に確認してください
計算書類、勘定科目内訳明細書、税務の申告に用いた資料、社内の管理資料の間で、数値が整合しているかを確認してください。整合しない点がある場合、その理由を説明できるようにしておく必要があります。
整合しない資料をそのまま提出すると、会社側の主張全体の信頼性が損なわれます。
説明の担当を決めます
会社の実態についての説明は、経理の担当者、事業の責任者、代表取締役のそれぞれが異なる観点から行うことになります。誰が何について説明するかを整理してください。
過去の株式の移転の記録を確認します
過去に株式の売買、贈与、相続があった場合、その価格が引用されることがあります。当時の事情と現在の事情の違いを説明できるようにしてください。
営業上の秘密の取扱いを検討します
提出する資料の中に営業上の秘密が含まれる場合、その取扱いを検討する必要があります。他方で、提出を過度に制限すると主張の裏付けを欠くことになります。
主張と資料の対応関係を一覧にします
どの主張がどの資料によって裏付けられているかを一覧にしてください。裏付けのない主張が残っている場合には、資料を追加するか、主張を修正するかを検討することになります。
関連する手続
主張と資料の整理は、鑑定が行われる場合の前提ともなります。鑑定の前の段階における対応については、鑑定が始まる前に会社がすべきことに関する記事をご参照ください。
また、株式の評価の手法そのものについては、収益還元法、時価純資産法、配当還元法、ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法に関する各記事において解説しております。
弁護士に相談する意味
会社側の主張を組み立てる作業は、会社法上の議論と、企業の評価に関する実務の双方にまたがります。いずれか一方の理解にとどまると、法的には筋が通っていても数値の裏付けを欠く主張、あるいは数値としては説明できても制度の場面に適合しない主張となります。
また、会社の実態に関する事情は、会社の内部にいる者にとっては当然のことであるため、説明すべき事項として認識されないことがあります。外部の目で整理する作業が必要となります。
さらに、資料の整合性の確認には時間を要します。手続の期限との関係で、早期の着手が必要です。手続によっては期間の定めが置かれている場合があります。その有無と起算点は、受け取った書面の内容や事実関係により異なりますので、早めにご確認いただくことをお勧めします。
なお、主張の提出の順序、相手方の主張への対応の方法は、当事務所が個別案件を通じて蓄積してきた実務上のノウハウに属するため、本記事では詳細を開示しておりません。
税務上の取扱いについては、税理士その他の税務専門家にご確認いただく必要があります。
当事務所は、発行会社、支配株主、代表取締役、法務責任者の側に立ってご依頼をお受けしております。ご相談は事前予約制です。
よくある質問
質問1 相手方の主張が誤っていることを述べれば足りますか。
足りません。会社としての価格の根拠を積極的に示す必要があります。
質問2 会社に不利な事情も出さなければなりませんか。
会社に不利に見える事情であっても、その理由を説明できる形で示すことが、結果として主張全体の信頼性を高めます。隠していたことが後から明らかになる方が不利益です。
質問3 役員報酬が高いことを指摘されています。
報酬の決定の経緯と職務の内容を説明できる資料を整えてください。同族会社においてしばしば争点となる事項です。
質問4 過去の贈与のときの評価額を持ち出されました。
当時の事情と現在の事情の違いを説明することになります。税務上の評価と売買の価格は目的が異なりますので、その点の整理も必要です。
質問5 相談の際には何を持参すればよいですか。
裁判所から届いた書類の一式、直近3期分の計算書類及び勘定科目内訳明細書、不動産の登記事項証明書、主要な契約書、同族関係者との取引が分かる資料、株主名簿、定款、登記事項証明書をご持参ください。
関連するご案内
株式売買価格決定の申立てにおける主張の準備を進める会社の方は、株式売買価格決定申立の会社側対応をご覧ください。書類の受領から主張の準備、鑑定への対応までを、会社側の立場から整理してご案内しております。ご相談は事前予約制です。
- 株式売買価格決定申立を受けた会社の対応
- 株式売買価格決定申立で鑑定が始まる前に会社がすべきこと
- 時価純資産法による非上場株式評価
- 収益還元法による非上場株式評価
- 少数株式は何%ディスカウントされるのか
- 非上場株式の適正価格は誰が決めるのか
必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
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