非上場株式の評価制度が大きく変わる可能性―相続税だけではない経営者が知っておくべき27のリスク

国税庁では現在、非上場株式、税法上の正式な表現では「取引相場のない株式」の評価制度について、大幅な見直しが検討されています。
非上場会社の経営者にとって、「自社株式の評価制度が変わる」と聞くと、まず相続税や贈与税の問題を思い浮かべるかもしれません。
しかし、今回の問題を単なる相続税対策の問題として捉えるのは十分ではありません。
自社株式の価値が高くなれば、相続税及び贈与税の負担だけでなく、後継者への株式移転、少数株主からの株式集約、自己株式取得、遺産分割、遺留分、親族間紛争、従業員持株会、持株会社、株式買取交渉、さらには会社の経営権そのものにまで影響する可能性があります。
特に注目すべきなのは、今回の見直しにおいて、会社の「収益力」を従来以上に株価へ反映させる方向が検討されていることです。
これは、これまで必ずしも企業の実際の経済的価値とは一致していなかった税務上の株式評価について、企業価値評価の考え方を取り込み、企業の実際の経済的価値に一定程度近づけようとする方向性を有するものと考えられます。
したがって、今回の問題は、
「相続税が高くなるかもしれない」
という問題だけではありません。
場合によっては、
「株式を後継者に承継できない」
「少数株主から株式を買い戻せない」
「親族間で株式を巡る紛争が起きる」
そして最終的には、
「経営権を後継者に承継できない」
という問題にまで発展する可能性があります。
本稿では、現在検討されている非上場株式評価制度の見直しの内容を確認した上で、経営者が今から認識しておくべき27のリスクについて解説します。
- なぜ今、非上場株式の評価制度が見直されているのか
- 「大会社・中会社・小会社」という区分がなくなる可能性
- 類似業種比準方式がなくなる可能性
- 新しい評価方法として検討されている「残余利益方式」
- 経営者が知っておくべき27のリスク
- リスク1 相続税及び贈与税の負担が増加する
- リスク2 後継者が自社株式を取得できなくなる
- リスク3 少数株主から要求される株式買取価格が高くなる
- リスク4 少数株主の株式を集約する費用が増加する
- リスク5 株式集約を後回しにするほど問題が大きくなる
- リスク6 配当還元方式を前提とした低額の株式整理が難しくなる
- リスク7 親族間の相続争いが激化する
- リスク8 遺留分侵害額請求の負担が増加する
- リスク9 会社による自己株式取得の資金負担が増える
- リスク10 役員や従業員から株式を買い戻せなくなる
- リスク11 従業員持株会の制度設計を見直す必要が生じる
- リスク12 持株会社を利用した従来の事業承継対策が機能しなくなる
- リスク13 利益を一時的に圧縮する株価対策が効かなくなる
- リスク14 高収益企業ほど事業承継が困難になる
- リスク15 内部留保が厚く、かつ高収益な会社は二重に影響を受ける
- リスク16 「会社を売らないから株価は関係ない」が通用しない
- リスク17 経営者死亡時に巨額の資金需要が同時発生する
- リスク18 節税のために株式を分散させたことが将来の経営権紛争につながる
- リスク19 経営者の知らない株主が増えていく
- リスク20 敵対的少数株主との交渉が厳しくなる
- リスク21 株式買取業者との交渉が厳しくなる
- リスク22 会社法上の株式価格決定事件が複雑になる
- リスク23 企業買収価格と税務評価額との乖離が縮小する
- リスク24 会社と経営者・親族間の株式売買における税務リスクが高まる
- リスク25 離婚・財産分与でも自社株価が重大問題となる
- リスク26 経営者個人の債権者による株式差押えの問題が大きくなる
- リスク27 「まだ制度が決まっていないから何もしない」こと自体が最大のリスクになる
- 今回の見直しの本当の意味―税務上の株価が企業価値に近づく
- ただし「税務上の株価=会社法上の株価」ではない
- 優良企業ほど「自社株式」が経営上のリスクになる可能性
- 問題は「税金」から「株式集約」、そして「経営権」へ進む
- 経営者が今確認すべきこと
- まとめ―自社株式を「税務問題」ではなく「経営問題」として考える
なぜ今、非上場株式の評価制度が見直されているのか
現在の非上場株式の相続税及び贈与税上の評価では、会社を大会社、中会社及び小会社に区分した上で、類似業種比準方式や純資産価額方式等によって株価を算定します。
また、同族株主以外の一定の少数株主については、配当還元方式という特例的な評価方式が認められています。
ところが、現行制度については、会社規模や株主属性などによって評価方法が変わり、結果として企業の経済的価値と税務上の評価額との間に大きな差が生じる場合があることが問題となっています。
会計検査院の調査では、類似業種比準価額と純資産価額の双方が算定されていた会社について、類似業種比準価額の中央値が1万1,622円であったのに対し、純資産価額の中央値は4万2,648円でした。
類似業種比準価額は、純資産価額の27.2パーセント程度にとどまっていたことになります。
さらに、純資産価額に対する実際の申告評価額の割合についても、大会社0.32倍、中会社0.50倍、小会社0.61倍となっており、会社規模によって大きな差が生じていました。
こうした問題等を背景として、国税庁は2026年4月に「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」を設置しました。
そして、2026年8月20日に開催された第5回有識者会議では、従来の制度の一部を修正するという程度ではなく、評価体系そのものを大きく変更する方向性が示されています。
「大会社・中会社・小会社」という区分がなくなる可能性
現在の制度では、会社規模によって株式評価方法が異なります。
しかし、国税庁は第5回有識者会議において、
「規模別の区分を廃止し、広範の企業を共通の評価方式で評価することが考えられるか」
という方向性を示しています。
制度化された場合、これまで事業承継対策の重要な前提となっていた会社規模区分自体がなくなる可能性があります。
類似業種比準方式がなくなる可能性
さらに重要なのが、類似業種比準方式です。
国税庁は、類似業種比準方式について、理論的根拠や実証的裏付けがなく、他の企業価値評価では使用されていないことなどを指摘した上で、
「類似業種比準方式を存置することは困難ではないか」
との方向性を示しています。
これは計算式を若干修正するという話ではありません。
現在の非上場株式評価の中心的な評価方式そのものがなくなる可能性があるということです。
新しい評価方法として検討されている「残余利益方式」
類似業種比準方式に代わる候補として具体的に検討されているのが、インカム・アプローチを基本とする残余利益方式です。
非常に簡略化すると、
株式評価額=簿価純資産±将来の超過収益力
という考え方です。
つまり、会社が現在保有している純資産だけではなく、
「その会社が今後どれだけ利益を生み出せるのか」
を株式評価額に反映させます。
例えば、同じ5億円の簿価純資産を持つ会社でも、高収益を継続している会社と赤字会社とでは、株式評価額が大きく異なる可能性があります。
国税庁資料でも、期待収益率を上回る会社は簿価純資産価額以上、期待収益率以下又は赤字の会社は簿価純資産価額以下となる評価イメージが示されています。
したがって、今回の改正によって全ての会社の株価が一律に上昇すると断定することはできません。
しかし、高収益企業や、これまで類似業種比準方式等によって相対的に低い評価を受けていた会社については、株式評価額が大幅に上昇する可能性があります。
そして、この問題は相続税だけでは終わりません。
以下、経営者が考えておくべき27のリスクを見ていきます。
経営者が知っておくべき27のリスク
リスク1 相続税及び贈与税の負担が増加する
最も直接的な問題は、相続税及び贈与税です。
自社株式の評価額が上昇すれば、当然、それを相続又は贈与によって取得する後継者の税負担が増加する可能性があります。
特に問題となるのは、非上場株式は上場株式と異なり、容易に換金できないということです。
例えば10億円と評価された自社株式を相続しても、相続人の手元に10億円の現金が入るわけではありません。
それにもかかわらず、株式価値を前提とした相続税の納税が必要となります。
そのため、優良企業であればあるほど、「会社には価値があるが、後継者には納税資金がない」という問題が深刻になる可能性があります。
リスク2 後継者が自社株式を取得できなくなる
事業承継は相続だけで行われるわけではありません。
現経営者から後継者へ非上場株式を売却することもあります。
株価が上昇すれば、後継者が株式を取得するために必要な資金も増えます。
現経営者が100パーセント保有している会社について、株式価値が数億円又は数十億円となれば、後継者個人が買い取ることは容易ではありません。
結果として、後継者は決まっているのに、株式を移転できないという事態が起こり得ます。
リスク3 少数株主から要求される株式買取価格が高くなる
今回の見直しで特に重要なのは、税務上の株価に会社の収益力をより反映させる方向が検討されていることです。
これは、税務上の株式評価額が、従来より企業の経済的価値に接近する方向であると評価できます。
その結果、少数株主との株式買取交渉において、
「国税庁の評価方法でもこれだけの株価になる」
という主張がされる可能性があります。
もちろん、税務上の株価と会社法上の公正な価格は同一ではありません。
しかし、交渉材料として利用される可能性は十分あります。
リスク4 少数株主の株式を集約する費用が増加する
非上場会社では、創業者の兄弟姉妹、叔父叔母、元役員、従業員などが少数株式を持っていることがあります。
経営の安定化のためには、これらの株式を後継者や会社に集約することが望ましい場合があります。
しかし、株価が高くなれば、当然、集約に必要な資金も増加します。
現在であれば数千万円で整理できる株式が、将来は1億円を超えるという可能性も否定できません。
リスク5 株式集約を後回しにするほど問題が大きくなる
少数株主問題には、株価だけではなく「人数」の問題があります。
少数株主が死亡すると、その株式は相続人に承継されます。
現在5人の株主が、次世代には10人、その次の世代には20人になることもあります。
株価上昇と株主数増加が同時に進めば、株式集約の困難性は急激に高まります。
リスク6 配当還元方式を前提とした低額の株式整理が難しくなる
現在、一定の少数株主については配当還元方式による低い税務評価額が認められています。
しかし、国税庁は配当還元方式について、適用範囲を見直した上で例外的な制度として存置する方向を検討しています。
適用対象が縮小すれば、従来低額に評価されていた少数株式の税務評価額が上昇する可能性があります。
リスク7 親族間の相続争いが激化する
自社株式の価値が高くなれば、遺産全体に占める自社株式の割合も大きくなります。
例えば、長男が20億円の自社株式を取得し、次男が2億円の不動産を取得するという遺産分割であれば、次男が不公平感を持つ可能性があります。
会社経営に参加していない相続人から見れば、自社株式も父親又は母親の財産だからです。
株価上昇は、相続人間の利害対立を大きくする可能性があります。
リスク8 遺留分侵害額請求の負担が増加する
後継者一人に自社株式を集中させても、他の相続人の遺留分の問題は残ります。
自社株式の価値が高ければ、遺留分侵害額請求の金額も大きくなる可能性があります。
後継者が多額の現金を用意できなければ、せっかく承継した株式やその他の財産を処分する必要が生じる場合があります。
税務上の評価額と民法上の遺留分算定における株式価値は当然に同一ではありませんが、企業の収益力を反映した税務評価が導入されれば、税務評価と企業価値との関係は従来以上に意識されることになるでしょう。
リスク9 会社による自己株式取得の資金負担が増える
少数株主から会社自身が株式を買い取る自己株式取得も重要な株式集約方法です。
しかし、株価が高くなれば、会社が用意しなければならない取得資金も増えます。
さらに、自己株式取得には会社法上の分配可能額による財源規制があります。
会社に現預金が十分にあっても、無制限に自己株式を取得できるわけではありません。
リスク10 役員や従業員から株式を買い戻せなくなる
過去に役員や従業員へ株式を保有させている会社では、退職時の株式処理が問題となります。
当初は少額だった株式でも、会社が成長すれば価値は大きくなります。
退職者が多数発生した時点で買戻しを行おうとしても、会社側が想定していた金額では買い戻せなくなる可能性があります。
リスク11 従業員持株会の制度設計を見直す必要が生じる
今回の有識者会議では、従業員持株会等についても検討が行われています。
従業員持株会を長期間運用している会社では、現在の税務評価制度を前提として取得価格、売却価格、退会時の処理等を設計していることがあります。
その前提となる評価制度が変更されれば、持株会規約や運用方法を再検討しなければならない可能性があります。
リスク12 持株会社を利用した従来の事業承継対策が機能しなくなる
国税庁は、完全支配関係にある企業集団について、グループ全体を一体として評価する考え方も検討しています。
これが導入されれば、親会社と子会社との間で資産や利益を移転することによって親会社株式の評価を低くする方法について、従来と同じ効果を期待できなくなる可能性があります。
リスク13 利益を一時的に圧縮する株価対策が効かなくなる
今回の見直しでは、会社の「正常利益」を把握する方向性が示されています。
オペレーティング・リース、多額の役員報酬、一時的な役員退職金などによって評価直前の利益を減少させても、それが非経常的な損益として除外されれば、株式評価額を十分に下げられない可能性があります。
つまり、単年度の利益を操作する対策から、会社の継続的な収益力を見る評価へ移行する可能性があります。
リスク14 高収益企業ほど事業承継が困難になる
これは経営者にとって非常に重要な問題です。
残余利益方式は、会社の収益力を株価に反映する考え方です。
したがって、利益を増やし、会社を成長させるほど、株価が高くなる方向に作用します。
経営者が何十年も努力して優良企業を作り上げた結果、
「会社は非常に順調だが、高くなり過ぎた株式を子どもへ承継できない」
という問題が生じる可能性があります。
リスク15 内部留保が厚く、かつ高収益な会社は二重に影響を受ける
長年利益を蓄積してきた会社は、既に簿価純資産が大きくなっています。
さらに残余利益方式によって超過収益力まで加算される方向になれば、純資産が厚く、かつ高収益な会社については、株価が高く算定される要素が重なることになります。
歴史の長い優良オーナー企業ほど、影響を慎重に検討する必要があります。
リスク16 「会社を売らないから株価は関係ない」が通用しない
経営者の中には、
「会社を売却するつもりはないから企業価値は関係ない」
と考える方もいます。
しかし、自社株式の価値は、会社売却時だけに問題となるものではありません。
相続、贈与、遺産分割、遺留分、少数株主からの株式買取り、自己株式取得、役員退職、離婚、強制執行など、多数の場面で問題となります。
会社を一生売却しなくても、自社株価の問題から逃れることはできません。
リスク17 経営者死亡時に巨額の資金需要が同時発生する
経営者が突然死亡した場合には、自社株式の相続だけが問題になるわけではありません。
相続税の納税資金、遺留分への対応、少数株主対策、役員退職慰労金、経営者保証への対応、会社運転資金等、複数の資金需要が同時に発生する場合があります。
株価が高くなれば、その負担がさらに大きくなる可能性があります。
リスク18 節税のために株式を分散させたことが将来の経営権紛争につながる
税務上のメリット等を考えて、親族、役員、従業員などに株式を分散させている会社があります。
しかし、株式には議決権その他の株主権があります。
現在は経営者に協力的な株主でも、死亡すればその相続人が株主になります。
節税目的で分散した株式が、将来、株主総会、取締役選任、帳簿閲覧請求、役員責任追及その他の株主紛争につながる可能性があります。
リスク19 経営者の知らない株主が増えていく
非上場株式も相続財産です。
少数株主が死亡すれば、配偶者や子どもが株式を相続します。
さらにその相続人が死亡すれば、その次の世代へ分散します。
数十年後には、現在の経営者や後継者が一度も会ったことのない株主が存在することも珍しくありません。
その段階で株式を集約しようとしても、交渉は極めて困難になります。
リスク20 敵対的少数株主との交渉が厳しくなる
少数株主が常に会社に協力的とは限りません。
経営方針に反対する親族株主、退職した元役員、経営者と関係が悪化した株主等が存在する場合があります。
税務上の評価額が企業の収益力をより反映するようになれば、こうした株主が高額な株式価値を主張する材料として新しい税務評価を利用する可能性があります。
リスク21 株式買取業者との交渉が厳しくなる
近年、非上場会社の少数株式を取得する株式買取業者も存在します。
少数株主から株式を取得した第三者が会社に対して株主権を行使し、会社又は経営者に対して株式買取りを求めることがあります。
税務評価が企業価値に接近する方向に変化すれば、株式買取業者が高い価格を要求する際の交渉材料の一つとなる可能性があります。
もちろん、税務評価額がそのまま法的な買取価格になるわけではありません。
しかし、会社側としては、従来以上に合理的な企業価値評価と法的対応を準備する必要があります。
リスク22 会社法上の株式価格決定事件が複雑になる
非上場株式の価格は、会社法上の株式買取請求や譲渡制限株式の売買価格決定等でも問題となります。
これらの手続では、企業の収益力、純資産、将来事業計画その他の事情を踏まえた株式価値が問題となります。
今回の税務評価制度の見直しによって収益力を反映する評価方式が導入されれば、
「新しい税務評価ではこの価格になる」
という主張が、裁判や交渉において提出される可能性があります。
税務評価と会社法上の公正な価格は異なりますが、両者の距離が従来より縮まれば、その関係性自体が新たな争点となる可能性があります。
リスク23 企業買収価格と税務評価額との乖離が縮小する
企業買収では、会社の将来キャッシュ・フロー、収益力、純資産等を考慮して企業価値を評価します。
今回検討されている残余利益方式も、収益力を株価へ反映するという点で、従来の税務評価より企業価値評価に近い考え方です。
したがって、税務上の評価額と企業買収その他の場面で算定される企業価値との乖離が、従来より小さくなる可能性があります。
これは、親族間で株式を低額移転する場合等に、その価格の合理性についてより慎重な説明が必要となる可能性があることを意味します。
リスク24 会社と経営者・親族間の株式売買における税務リスクが高まる
非上場会社では、経営者、親族、会社との間で株式を売買することがあります。
取引価格が時価と著しく乖離すれば、所得税、法人税又は贈与税等の問題が生じる可能性があります。
税務上の評価方法が企業の収益力をより反映するものになれば、低額での株式移転について、その合理性を従来以上に慎重に検討する必要が生じる可能性があります。
リスク25 離婚・財産分与でも自社株価が重大問題となる
自社株式の評価は相続だけの問題ではありません。
経営者が離婚する場合、自社株式が財産分与の対象となるか、その価値をいくらと評価するかが問題になることがあります。
会社の株式価値が非常に高く評価されれば、経営者が会社を維持したまま相手方に財産分与を行うため、多額の現金を準備しなければならない場合があります。
税務評価と財産分与における株式評価は別の問題ですが、税務上の評価が企業の収益力に近づけば、交渉において参照される可能性があります。
リスク26 経営者個人の債権者による株式差押えの問題が大きくなる
自社株式は経営者個人の財産です。
経営者個人に債務問題が発生した場合には、自社株式が強制執行の対象となる可能性があります。
株式価値が高いと認識されるようになれば、債権者にとっても自社株式を差し押さえる経済的意味が大きくなります。
第三者が株式を取得すれば、経営権や少数株主問題に発展する可能性もあります。
リスク27 「まだ制度が決まっていないから何もしない」こと自体が最大のリスクになる
最後に、最も重要なのが時間の問題です。
確かに、現在議論されている新しい評価制度はまだ確定していません。
残余利益方式の具体的な計算方法、期待収益率、対象となる会社、配当還元方式の適用範囲、経過措置、施行時期等については、今後さらに検討されることになります。
したがって、報道を見ただけで株式を急いで贈与したり、組織再編を行ったりすることは適切ではありません。
しかし、
「まだ決まっていないから何もしない」
という判断も危険です。
株主構成の整理、少数株主との交渉、自己株式取得、種類株式の設計、遺言、遺留分対策、持株会社の整理、後継者への株式移転等は、数週間で完了するものではありません。
少数株主との株式集約交渉には数か月又はそれ以上を要することもあります。
その間に株主が死亡すれば、株式はさらに相続人へ分散します。
また、経営者自身に突然相続が発生する可能性もあります。
制度が確定してから初めて対策を考えるのでは、既に手遅れとなっている可能性があります。
今回の見直しの本当の意味―税務上の株価が企業価値に近づく
以上の27のリスクを考える上で、今回の制度改正について最も重要なのは、
「税務上の株価が企業の経済的価値に近づく方向にある」
という点です。
従来の財産評価基本通達による評価では、会社規模、株主属性、配当等の形式的な要素によって、同じ会社の株式であっても税務評価額が大きく変化することがありました。
特に配当還元方式が適用される少数株主の株式については、会社全体として巨額の企業価値があっても、極めて低い税務評価額となることがあります。
これに対して、現在検討されている残余利益方式は、簿価純資産だけではなく、その会社が利益を生み出す能力を株価に反映するものです。
これは、企業買収や会社法上の株価算定で使用される企業価値評価と同じ評価方法ではありません。
しかし、
「会社がどれだけの利益を継続的に生み出せるのか」
を株式価値へ反映するという発想は、従来の税務評価より企業価値評価に近いものです。
したがって、今回の見直しは、
税務上の株価と企業の実際の経済的価値との距離を縮める方向の改革
として理解する必要があります。
ただし「税務上の株価=会社法上の株価」ではない
もっとも、ここは厳密に区別する必要があります。
税務上の株価と会社法上の株価が同じになるわけではありません。
相続税及び贈与税における株式評価は、租税負担を算定するための評価です。
これに対して、会社法上の株式買取請求、譲渡制限株式の売買価格決定、少数株主との株式買取交渉等では、それぞれの法的場面に応じて株式価値を検討します。
また、企業買収における株式価値についても、ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー方式、類似会社比較方式その他の企業価値評価方法によって算定することがあります。
したがって、
税務評価額が1株1万円だから、会社が少数株主から1株1万円で買い取らなければならない
ということにはなりません。
反対に、
税務評価額が1株1,000円だから、1株1,000円で買い取れば適正である
ということにもなりません。
しかし、税務評価に収益力が反映されるようになれば、税務評価と会社法上の株式価値の間に存在していた大きな乖離が縮小する可能性があります。
これは、少数株主との交渉や株式価格を巡る裁判においても無視できない変化です。
優良企業ほど「自社株式」が経営上のリスクになる可能性
経営者にとって最も重要なのは、今回の問題が経営不振企業だけの問題ではないことです。
むしろ、
利益を継続的に上げている、
内部留保が厚い、
純資産が大きい、
創業から長期間経過している、
将来も安定的な収益が期待できる、
という優良な非上場会社ほど、自社株式の価値が高くなる可能性があります。
会社を一生懸命成長させる。
利益を上げる。
借入金を返済する。
内部留保を積み上げる。
その結果、会社の財務内容は強くなります。
しかし同時に、自社株式の価値も高くなります。
その結果、
「会社経営には何の問題もないのに、株式が高くなり過ぎて次世代へ承継できない」
という逆説的な問題が生じます。
これは、オーナー企業にとって非常に重要な経営リスクです。
問題は「税金」から「株式集約」、そして「経営権」へ進む
今回の問題は三段階で考えると分かりやすいでしょう。
第一段階は、
「税金が増える」
という問題です。
自社株式の評価額が上昇すれば、相続税及び贈与税の負担が増加します。
第二段階は、
「株式を集められなくなる」
という問題です。
後継者への株式移転、少数株主からの株式買取り、自己株式取得、親族株主の整理等に必要な資金が増加します。
そして第三段階が、
「経営権を守れなくなる」
という問題です。
株式を集約できなければ、相続のたびに株主が増えます。
親族間で対立が生じる可能性があります。
少数株主が第三者へ株式を譲渡する可能性があります。
敵対的少数株主や株式買取業者が登場する可能性もあります。
そして、最終的には、後継者が安定した経営権を確保できなくなる可能性があります。
したがって、今回の非上場株式評価制度の見直しは、
「相続税の改正」ではなく、「オーナー企業の経営権承継に関する問題」
として捉えるべきです。
経営者が今確認すべきこと
では、経営者は今何をすればよいのでしょうか。
制度が確定していない以上、直ちに特定の節税対策を実行すべきということではありません。
まず確認すべきなのは、自社の現状です。
現在の税務上の自社株評価額はいくらなのか。
類似業種比準価額と純資産価額はそれぞれいくらなのか。
過去数年間の利益はいくらなのか。
収益力を重視する方式になった場合に株価が上昇する可能性が高い会社なのか。
株主は誰なのか。
少数株主は何人いるのか。
その少数株主は何歳なのか。
その相続人は誰なのか。
従業員持株会はあるのか。
退職した役員や従業員が株式を保有していないか。
持株会社や資産管理会社を利用しているのか。
後継者は決まっているのか。
後継者にどの程度の株式を取得させる必要があるのか。
他の相続人の遺留分はどうするのか。
相続税及び株式買取りに必要となる現金を確保できるのか。
これらを一度整理する必要があります。
まとめ―自社株式を「税務問題」ではなく「経営問題」として考える
非上場株式の評価制度は、現在、大きな転換点を迎えています。
現時点では最終的な制度は確定していません。
しかし、国税庁の有識者会議では、会社規模区分の廃止、類似業種比準方式の見直し、残余利益方式を含むインカム・アプローチの採用、純資産価額方式の位置付け変更、配当還元方式の適用範囲見直し、企業集団の一体評価、利益操作等による評価額圧縮への対応など、現行制度の根幹に関わる議論が行われています。
経営者が認識すべきなのは、この問題が相続税だけにとどまらないということです。
株価が高くなれば、相続税及び贈与税が増える可能性があります。
後継者が株式を取得できなくなる可能性があります。
少数株主から株式を買い戻す費用が増えます。
自己株式取得が困難になります。
遺留分問題が大きくなります。
親族間紛争が起きる可能性があります。
従業員持株会や持株会社を利用した従来の制度設計を見直さなければならない可能性があります。
敵対的少数株主や株式買取業者との交渉にも影響する可能性があります。
そして、最終的には経営権の安定そのものに影響します。
特に重要なのは、
「自社株式は、価値が高ければ高いほど良い資産である」とは限らない
ということです。
上場株式であれば、市場で売却して現金化できます。
しかし、オーナー経営者が保有する非上場株式は、会社の支配権そのものです。
簡単に売却することはできません。
にもかかわらず、相続、贈与、遺留分、少数株主からの株式買取りその他の場面では、その高い株式価値が現実の金銭負担として経営者や後継者に返ってきます。
しかも、今回の見直しでは、その株式価値について、会社の収益力をより反映する方向が検討されています。
つまり、優良企業を作れば作るほど、事業承継時の自社株問題が大きくなる可能性があります。
だからこそ、自社株式については、
「相続が発生したときに税理士へ相談する問題」
ではなく、
「経営者が元気なうちから弁護士、税理士その他の専門家と検討しておくべき経営問題」
として考える必要があります。
制度が確定するまで何もしないのではなく、まず現在の株価、企業価値、株主構成、少数株主、後継者、遺留分、納税資金及び株式集約の必要性を確認することです。
今回の制度改正がどのような形で最終決定されるとしても、この確認を行うこと自体が無駄になることはありません。
自社株式の問題は、税金の問題から始まり、株式集約の問題となり、最後には経営権の問題になります。
「誰に会社を継がせるか」だけではなく、「その人に本当に株式と経営権を承継させられるのか」。
非上場会社の経営者は、今こそこの問題を確認しておく必要があります。


