朝日出版社のM&Aをめぐる混乱:何が起きているのか?

語学教材で知られる中堅出版社「株式会社朝日出版社」(以下、「朝日出版社」)において、M&Aをめぐる混乱が発生していることがわかりました。2024年10月の報道によると、創業者の遺族が株式譲渡契約を締結したことをきっかけに、全役員が解任され、経営体制が大きく揺らぎました。
現在、M&A騒動は収束し、NOVAホールディングス株式会社(以下、「NOVAホールディングス」)が朝日出版社の全株式を取得し、業務が継続されていますが、経営の安定性に対する懸念が広がっています。
本記事では、本件M&Aをめぐる経緯と混乱の詳細について、各種ニュースメディアの報道内容をもとに整理・解説します。
朝日出版社の企業概要と背景
朝日出版社は1962年に設立された出版社で、月刊誌『CNN ENGLISH EXPRESS』の発行をはじめ、哲学や科学、実用書まで幅広いジャンルの書籍を手がけてきました。
朝日出版社の従業員数はアルバイトを含め約70名、売上は十数億円規模で、「株式会社朝日新聞社」や「株式会社朝日新聞出版」などとは資本関係がありません。
朝日出版社の創業者である原雅久氏は2023年4月、87歳で逝去しています。これにより、朝日出版社の株式は創業者の妻が7割、娘が3割を相続しました。創業者の娘は50代で、子会社の取締役を務めながら同年秋頃から週1度のペースで朝日出版社の本社に出社していたとのことです。
ただし、朝日出版社の創業者の遺族は長年にわたって原氏と別居しており、2022年に社長に就任した原氏の甥である小川洋一郎氏(52)ら経営陣に対して、不満を抱いていたとされています。
朝日出版社に対するM&Aの発端とホワイトナイトの登場
2023年、朝日出版社の経営陣は、創業家から自社株を買い取ることを検討していました。その際、朝日出版社が保有する都内の自社ビルや創業者遺族が住む戸建て住宅など複数の不動産が評価対象となり、買収には10億円程度が必要と見積もられていました。
しかし、翌年の2024年5月、創業者遺族の金融アドバイザー(FA)から、朝日出版社の株式を他社(都内の合同会社)に売却する予定であることが通告されました。提示された株式譲渡価格は4億6,600万円とされ、前年の見積もりと大きく乖離していました。
これに対し、社長の小川氏は創業者の娘との面談で「価格が安すぎる」と反発し、「もっと好条件の買い手が見つかるはずだ」と主張しています。対抗案を模索し始めますが、すぐには有力な候補は見つかりませんでした。その間にも、創業者の遺族側では、合同会社との面会や財務調査が着々と進行していきました。
転機が訪れたのは同年8月9日のことです。朝日出版社の取引先の印刷会社が買収の意向を示し、希望価格7億円での意向表明書を創業者遺族側に提出しました。電話でも検討を依頼しましたが、明確な回答は得られませんでした。最終的に創業者遺族側は、8月末に合同会社と株式譲渡契約を締結し、譲渡価格は8億円を超えていたとされています。
役員解任と混乱する経営体制
2024年8月末、創業者遺族側が依頼したFAが、朝日出版社の経営陣に対して、創業者遺族宅を約1億円で創業者の妻に売却する契約書への署名を求めてきました。朝日出版社の経営陣は売却に前向きな姿勢でしたが、この取引には取締役会の承認が必要です。また、前年夏以降、朝日出版社の経営陣が直接会えていない創業者の妻本人の意思確認が不可欠と判断し、創業者遺族側が依頼したFAを通じて面談を要請しましたが、拒否されました。
さらに同年9月初旬、朝日出版社の経営陣は譲渡額を知らないまま、「印刷会社が10億円での買収を希望している」と伝えていましたが、創業者遺族側が依頼したFAと創業者の娘は書面による確約がないことを理由にこの提案を却下しました。
そして同年9月11日、取締役会で創業者の妻の意思確認を求めた役員6人に対し、創業者遺族側が依頼したFAは「不動産売買契約に応じなかったため、全員を解任する」と通告しました。
朝日出版社では編集業務と役員職を兼任している社員も多く、小川社長は「解任は自分1人にしてほしい」と訴えましたが、創業者の娘側の弁護士は「株主総会で決議された」として一切応じませんでした。新しい取締役についてその場での説明はなく、登記上は同年9月11日付で遺族2人を含む3人が新たに就任しています。
しかし、創業者の娘は出社せず、新たに登記された代表者も「入院中」とされており、会社側とは面識がありません。創業者遺族側が依頼したFAが同行させた「新代表代理」と名乗る人物が銀行印などを要求してきたものの、会社側は株主本人の意思が確認できていないとして、提出を拒否しています。
労働組合の動きと従業員の不安
2024年9月中旬より、35人が所属する朝日出版社の労働組合は、会社側に対し団体交渉を申し入れてきました。会社資産を説明なしに売却することに強く反対し、同年10月16日にはストライキ権を確立しています。また、朝日出版社の役員解任に関する説明を新たに就任した3人の役員に求めていますが、いずれの役員からも交渉への応答はありません。
これに対し、新たな代表者の代理人を務める弁護士は、同年10月3日付で労働組合に通知を送り、「新代表は体調を崩して入院中であり、快復するまでの間は団体交渉について遺族側に連絡してほしい」と伝えています。
株式売却の正当性と経営陣の反論
小川氏は、朝日新聞による2024年10月17日の取材に対し、次のように語りました。
「株式の譲渡先を決めるのは株主の権限だと理解しています。ただ、従業員の生活や会社の将来も考慮し、冷静な判断をしてほしいと思っています。なぜ現在の買い手にこだわるのか、その理由も説明してもらいたいです」
一方で、創業者遺族と譲渡契約を交わした合同会社戸田事務所の戸田学社長は、「ご縁があれば、共にビジネスを進めたい。社内で対立が起きていると聞いているが、それは相手側の問題だ」とコメントしています。
創業者遺族の代理人弁護士は、「旧取締役が新代表代理への引き継ぎに応じず、進行が滞っている。労組対応は新代表の代理人が担い、解決に向け努力している」と説明しました。また、創業者の妻の意思確認は創業者遺族側のFAと司法書士が立ち会い対面で行われたとし、買い手については「会社の業績や資産状況、提示条件などを総合的に判断し、適正で妥当な価格と認識している」と述べています。
創業者遺族側のFAを務めるマクサス・コーポレートアドバイザリーは、「限られた時間の中で売却額の最大化に努めた」とし、最終的な譲渡額は8.5億円超であったと明かしました。対抗提案を出した印刷会社については「法的拘束力のある提示がなかったため、日程や実現性を考慮して戸田事務所を選んだ」としています。
さらに、「旧経営陣が株主の売却判断に同意しなかったことで、今の混乱を招いている。すべての関係者が納得できる理想的なM&Aではなかったことは残念だが、問題の早期解決と会社の経営安定を願っている」旨のコメントをしています。
解任された前取締役6人による提訴
2024年10月29日、朝日出版社の前取締役6人が、解任の無効を主張して東京地方裁判所に提訴しました。これは、同年9月11日に行われたとされる朝日出版社の株主総会で、全取締役が解任されたことに対するものです。しかし、その後に新たに選任された役員は出社しておらず、旧経営陣が業務を継続している状況が続いています。
原告側は、朝日出版社の役員解任および選任に関する株主の同意を示す書類が法的に必要な形で本店に備え付けられておらず、確認も不可能であると指摘しています。特に創業者の妻による同意は「意思表示がないか、無効である可能性が高い」と主張しています。さらに、出版・営業・財務を担う全取締役の一斉解任は合理性に欠けると訴えました。
朝日出版社の代表取締役を解任された小川洋一郎氏は会見で、「訴訟を通じて新たな経営陣に責任を果たしてもらい、朝日出版社の歩みを止めないようにしたい」と語っています。
一方で、創業者遺族側の代理人弁護士は、創業者の妻からの意思確認は遺族側のFAや司法書士立会いのもとで行われ、株主総会の手続きも適法に完了したと説明しました。また、遺族側のFAも「議事録や同意書は確認済みであり、混乱の原因は前経営陣が新代表への引き継ぎに応じないことだ」としています。
NOVA HDによる朝日出版社の全株式取得
NOVAホールディングスが、2025年2月14日付で朝日出版社の全株式を取得したことを、同月17日に発表しました。
今回の買収に伴い、朝日出版社の新たな経営体制が発足しています。NOVAホールディングスの代表取締役社長・稲吉正樹氏が、朝日出版社の代表取締役会長に就任しました。また、一時解任されていた小川洋一郎氏が取締役社長として復帰し、朝日出版社の経営を引き続き担うことになりました。
取締役体制は、NOVAホールディングス側から6名、朝日出版社側から5名が就任しており、定年退任者を除いた取締役は全員が復職しました。
小川社長は、東京商工リサーチの取材に対し、「株主総会決議不存在確認訴訟も取り下げ、M&Aに関する一連の混乱は終息した。従業員にとっても安心して働ける体制が整い、関係者に感謝している」旨を語りました。また、「NOVAによる株式取得を通じて、朝日出版社の可能性がさらに広がった」旨も述べています。
M&A騒動の収束と朝日出版社の今後
NOVAホールディングスの稲吉社長は、朝日出版社の今後の経営方針について「出版社としての本来の事業性を損なわないよう、経営の独立性はしっかりと尊重していきたい」旨を述べました。また、「電子化などの投資を積極的に進めることで、朝日出版社をさらに魅力ある企業へと成長させていく確信がある」旨を語っています。
一方、今回の騒動で解任された小川氏らの代理人を務めた河合弘之弁護士は、「100%株主と対立するのは本来非常に困難なことだが、出版文化を守りたいという従業員や役員の熱意に心を動かされ、この案件を引き受けた」と経緯を明かしました。
さらに、「仮に裁判で勝ったとしても、根本的な解決にはならないと判断した。最終的には我々が信頼できる経営者に株式を譲ってもらうしかないと考え、日本M&Aセンターに協力を依頼した」旨を語りました。
本件の結末については、「M&A業界ではトラブルが多い中、今回の解決は非常に意義深いもので、『三方よし・四方よし』の理想的な着地になった。奇跡的な結果だと言ってくれる人もおり、関係者全員の努力と運の後押しがあってこその成果だった」と締めくくっています。
当初の買収候補とされていた戸田事務所の戸田学代表も、「最終的に取引の成立は困難と判断し、契約解除に応じた。これでM&A騒動は終息したと考えている」旨を述べています。
まとめ
本件は、朝日出版社の創業者の死去に伴い、創業者が保有していた株式が経営陣に承継されず、経営陣と対立する創業者遺族に承継されたことで、結果としてM&Aによって第三者に自社株式が売却された事例です。
経営陣からすれば、先代経営者からの事業承継にあたって、自社株式の引継ぎ対策をしっかり講じておかないと、会社の乗っ取りなどを目論む第三者が現れて、結果として会社が経営危機に陥る可能性があります。
事業承継に際して、自社の乗っ取りを目論んでいたり、自社に敵対的な立場を取ったりする第三者が現れた場合には、弁護士法人M&A総合法律事務所にご相談ください。先代経営者からの自社株式の引継ぎに関する疑問点や不安を解消し、M&Aおよび事業承継のプロセスをサポートすることが可能です。
参照文献:朝日新聞「朝日出版社「経営陣全員クビ」の大混乱 M&Aで創業者遺族と対立」2024年10月22日
Yahoo!ニュース「朝日出版社 M&A騒動は収束 NOVA HDが全株式を取得」2025年2月23日
日本M&Aセンター「朝日出版社が会見、NOVAホールディングスによりM&Aトラブルが収束」2025年2月26日